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90 .健気なビスタ

「お嬢様、買いますか?」


「うん。チャイブが知らなかったってことは、本当に珍しいんだと思うの。だから、食べてみたい」


「分かりました。ビスタはどうします?」


「んー、欲しいですけど高いので我慢します」


肩を落とすビスタからチャイブに視線を動かせると、チャイブは朗らかに頷いた。


「店主。全部もらえますか?」


「は?」


さっき来た客と会話が終わった店主も、話していた客も、値段を見て落ち込んでいたビスタも、「買ってあげちゃダメなのかな?」という思いを視線に乗せたアイビーさえも、チャイブの言葉に耳を疑った。


「あ、もしそちらの方が買われるなら、その後で結構です。全てください」


「いやいや、お兄さん。今日食べないと駄目なんだ。何人家族か知らないけど、さすがに無理だろ」


「うちは大人数なので問題ありません。ただ1つお願いがありまして、運送料を払いますので家まで届けてもらえないでしょうか?」


「そりゃあ、全部売れたら店仕舞いだから構わないが……本当にいいのか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


何度確認しても「問題ない」と言うチャイブに店主は折れ、「まいどあり」と笑顔を携えた。

そして、買うかどうか悩んでいた客は「そんなに美味しいのか」と2つ購入していたので、残り全てをヴェルディグリ公爵家に運んでもらうことになった。

しかも、ちゃっかり他の荷物も託していた。


ただ代わりにポーポーが4つ入った紙袋を受け取っていたので、アイビーは「もしかして!」と期待の眼差しをチャイブに向け、鼻で笑ったチャイブに頭を撫でられている。


「おじさんの驚き様、すごかったな」


急にペコペコしだした店主に見送られ、少し進んだところでビスタが笑いながら言ってきた。


「本当だよね。チャイブが勢いよくおじさんの口を押さえたのって、きっと驚きすぎて名前を叫びそうだったんだろうね」


「その通りですよ。こんな人混みでバラされたら、色んな人たちに物を売りつけられて自由に動けなくなるか、怖がられて敬遠されるかで、大きな騒ぎになりかねませんからね」


「敬遠する人の方が多いと思いますよ。だって、怒らせたら牢屋行きって言われてますから」


アイビーにはアイビーに言われたからタメ口だが、チャイブにはきちんと敬語を使うビスタである。


——私も昔は「貴族と関わるなよ。くっそ面倒臭いことになるからな」ってチャイブに言われてたなぁ。だから、ビスタくんが言うように遠巻きにされていたと思うな。でも、貴族の中でもいい人と悪い人がいるから、いい人相手ならチャイブが言う「これもどうですか?」っていうのになりそう。でもなぁ、見た目じゃ分からないから、やっぱりビスタくんの意見に1票かな。


「あのさ、アイビー」


「ん? なに?」


「あの、その、今日ポーポー食べるんだろ」


「うん、美味しかったらいいよね」


「だから、その、食べたらどんなだったか教えてほしいんだ。できれば、すぐ教えてくれたら嬉しいというか」


アイビーがチラッとチャイブを見ると、チャイブは苦笑いをしていた。

高くて買わない選択をしたのは本当だろう。

あの時に「またアイビーに会える口実を」と考えていたとは思えない。

お別れの時間が近づいてきているから、きっと頭をフル回転させたのだろう。

健気に頑張るビスタの気持ちをそう推し測れて、チャイブはポーポーが入った紙袋が少し重くなったような気がしたのだ。


「ビスタ、申し訳ございません」


「あ、チャイブさん、すみません。またすぐとか、忙しくて無理ですよね」


「そうではなくてですね。これ……」


チャイブが持っていた紙袋をビスタに差し出すと、ビスタはチャイブと紙袋を交互に見た。

顔を上へ下へと動かす度「え?」「え?」と呟いている。


「今日、お嬢様を案内してくださったお礼です」


「いただけません」


「そう言わずに。ご家族分ありますので、皆様で食べてください」


「うん、ビスタくんのおかげで楽しく過ごせたお礼だから受け取って」


嬉しいような悲しいような困ったような喜んでいるような、色んな感情が混ざっている複雑な顔でビスタはチャイブから紙袋を受け取っている。


「ありがとうございます」


「ほんのお礼ですよ。だから、お嬢様のお転婆に愛想を尽かさず、また遊んであげてくださいね」


「私は別にお転婆じゃないけど、また遊んでね。お花畑も川もあるし、またモーランイブ市にも来たいし」


「うん、いっぱい遊べたら嬉しい。だから、遊べる日をまた教えてくれ」


笑顔で頷いたアイビーと、入れた気合いが空振りになりどこか意気消沈していたビスタは、その後もモーランイブ市を余すところなく楽しみ、集合場所だった東通り広場で別れたのだった。


その日の夕食談だが、アイビーがポーポーを「頬っぺた落ちるー」と悶えるほど気に入ったため、自領で育てられないかと考えた家族によって、本邸の温室に種が蒔かれた。

庭師が試行錯誤してくれるも、最初の1年は失敗の連続だった。

だが、庭師たちの努力が実り、ポーポーは6年の時を経てヴェルディグリ公爵家本邸にて食べられるようになるのだった。

それまでは騎士団が訓練と称して、アイビーのために毎年取りに行ってくれるのだった。






次話、バイオレット視点になります。

(新キャラも登場するよ)


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