89 .一期一会を楽しむ市
チャイブに「遊ぶ時間が短くなりますよ」と促され、「いっぱい楽しみたいのに」とアイビーとビスタは足早にモーランイブ市に向かった。
ビスタの案内で到着した場所はたくさんの人で賑わっていて、活気ある雰囲気にアイビーの胸は一気に踊り出した。
「すごいね!」
「お嬢様、逸れないように私の服を掴んでいてください。絶対に離さないでくださいね」
東通り広場に向かう道中、同じことを軽い口調で言われた時は拗ねたが、今は大人しくチャイブの服を掴んだ。
人と人の間から道や屋台が見えているので、押し合い圧し合いになるほどの人混みではないが、逸れたら探すのに時間がかかると分かるほどには見通しは悪い。
アイビーも「ここで迷子になったら2度と遊びに行かせてもらえないかも」と危機感を覚えるほどの混み具合なので、何も言い返さずチャイブに従ったのだ。
「ビスタくん、お嬢様の反対側の手をお願いしますね」
「え? え? ええ!?」
「迷子にならないためだよ」
激しく動揺しているビスタに手を伸ばすと、四方八方と視線を動かしていたビスタは真っ赤になりながらアイビーの手を掴んだ。
——ビスタくん、震えてる……大丈夫かな? あ! あれだわ。いつも家族で来ているから、両親と手を繋いでいて逸れない安心感があるんだ。でも、今日は私とだから不安なのかも。迷子になるの怖いもんね。誘拐される心配だってあるもんね。ここはチャイブに警戒心を叩き込まれている私がリードしてあげなきゃ。
という見当違いなことに気持ちを引き締めていたアイビーだったが、市場を数歩進んだ時にはもう周りのお店のことしか頭の中になかった。
ちなみに、自分の可愛らしさを知っているアイビーだが、恋に関しては鈍感というより考えが恋に結びつかないだけである。
自分の微笑みで真っ赤になる人を見て、喜んでくれたと満足はする。
でも、それはアイビーが可愛いからであって、アイビーのことを恋愛で好きだからとは思わないのだ。
チャイブに「ああいう行動をとるのは好きだからだ」や「好きだからあんなことすんだよ」と愛情表現や嫉妬や羞恥心などを色んな人たちを見本にして教えてもらってきたが、それは周りにいる誰かと誰かの話で、自分がその立場になるとは考えていない。
まぁ、対人関係で「アイビーが可愛すぎて緊張すんだよ」と説明されたことはあるが、それは初対面の人たちがする反応の答えだと理解しているので、3回目のビスタには適用されていないのだ。
それに、「アイビーを好きだからだな」とチャイブに言われたところで、「人として好かれて嬉しい」という気持ちになるだけで、「恋愛で好かれた」という考えは頭を掠めることさえない。
なんていう、まだまだお子様なアイビー事情は置いておいて……
久しぶりに平民時代に戻ったように羽を伸ばしているアイビーの天真爛漫な行動をビスタに止めることはできず、「ビスタくん、あっち見てみよ」「あれ美味しそう。食べてみよ」「あれはなに?」「これ見たことないけど、どうやって使うのかな?」と終始アイビーの興味が赴くままの散策になった。
チャイブが止めてもいいようなものだが、1年間貴族の中で頑張ってきたご褒美のような気持ちがあり、度を越さなければとアイビーの好きなようにさせていた。
「チャイブ、ビスタくん。珍しい果物だって。何かな?」
斜め前付近から「珍しい果物だよ! 滅多にお目にかかれないよ!」と客を呼び込む大声が響いている。
「俺も気になる。行ってみよう」
ここに来るまでもビスタは楽しそうにしていた。
意見を言わずにアイビーに付き添う形だったが、それでも幸せそうにずっと笑っていた。
でも、今、その時間のビスタとは比にならないくらい、胸を躍らせて顔を輝かせている。
アイビーは小さく笑った後、足取り軽く珍しい果物の屋台に一直線に向かった。
「いらっしゃい。とっても美味しい果物だよ。1つ、買わないかい?」
にこやかな店主が出迎えてくれ、箱に入れられている果物に視線を注いだ。
細長くした梨のような、太くしたバナナのような、いや、それをいうなら黄緑色の太いヘチマというのが1番近い。
その初めて見る黄緑色の果物が50個ほど並べられている。
ただ空箱が目立っているので、きっと今ある分で最後なのだろう。
「俺も初めて見るな」
「チャイブが知らないって、本当に珍しいんだね」
「おじさん、この果物は何?」
興味津々に見ていると、隣でビスタが果物を差しながら店主に尋ねた。
アイビーも気になっているので、答えを聞こうと店主に顔を向ける。
「これは、ポーポーという果物だよ。ポポーという奴もいるな」
「美味しいの?」
「極上だよ。甘くてねっとりしていて香りもいい。森のカスタードって言われているくらいだからな」
「どうして珍しいの?」
「痛むのが早いんだよ。今日売っているものも、今日食べてもらわないといけないくらいだからな」
「そんなに早いの!?」
声を上げるビスタと同じように、アイビーも目を見開いていた。
平民時代に簡単な料理は作っていたし、食材の買い出しもしたことがあるから、鮮度についてはきちんとチャイブから習っている。
「痛むのが早いから市場に出回っていないの?」
「それもあるが、大体は冒険者が非常食として食べてしまうんだ。依頼を出したとしても腐る前に帰ってこれるか分からないしな」
「だったら、今回はどうして?」
「それがいつもなら森の奥でしか見ないのに、入り口付近で見つけることができてな。なんとかここまで運べたってことだ。ただ実がなる時期とは少しズレていてな。本来ならもう実っていない時期だから、次回も売れるかどうか分からないんだよ」
「え? おじさんが採ってきたの?」
「おう! これでも一応冒険者でもあるからな。って、珍しいものを探しに行くためになったみたいなものだけどな」
豪快に笑った店主は、店を覗きに来た他の客に挨拶している。
そして、つい先ほどビスタとしていた会話と似たような話をはじめた。




