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87 .冒険者だったお婆さん

「ここにある本全部が冒険の物語なんですよね? だったら、こんなにも冒険したっていうお婆さんは、ものすっごくカッコいいです。私、お婆さんに出会えて嬉しいです」


「なんて可愛い子さね。私こそ嬉しいよ。ありがとうね」


元から垂れていた目尻を更に下げているお婆さんと微笑み合い、アイビーは閃いたように手を叩いた。


「お婆さんお勧めの冒険譚は、どの本ですか? 私、その本が欲しいです」


「そうさねぇ……ドラゴンの子供の誕生に立ち会ったことが1番の思い出だから、その本かねぇ」


「え? え? ドラゴンって災害級第1位の魔物ですよね? お婆さん、戦ったことあるんですか?」


「お嬢ちゃん、それは誤解さね。ドラゴンの知能はとても高いんさね。彼らを他の魔物と纏めるのはよくないさね」


「そうなんですか?」


アイビーのその問いには答えず、お婆さんは「どこだったかねぇ」と呟きながら杖を持ち上げて、わずかに振った。

すると、天井近くに並べられていた1冊の本が淡く光りながら本棚から抜け出し、鳥のようにパタパタと動きながらお婆さんの手元にやってくる。

そして、お婆さんが上に向けていた手のひらに平置き状態で着地した。


「お婆さん、魔術が使えるんですね。本当にすごいです」


「大したことないよ。剣士だった爺さんの補助をしてただけさね」


話しながら差し出された本を、アイビーは無意識のうちに受け取っていた。


——え? 木の板が2枚合わさっているだけ? ページがないけど、どこをどうやって読むの? 裏表紙に書かれているだけとかなのかな? だとしたら、ものすっごく短いよね。


知っている本とは全く異なっていて、頭の上にハテナを浮かべながら顔を上げると、口元を綻ばせるお婆さんと視線がぶつかった。

不思議そうに本を見てから表紙を開くと、自然と感嘆の声を上げていた。


「なにこれ! すごい! 素敵!」


ページがない本は文字を読むのではなく、映像として物語が浮かび上がる本だったのだ。

若かりし頃のお婆さんと思われる女性と、筋肉ムキムキの剣を腰に携えている男性が鬱蒼としている森を歩いている。


「素晴らしい魔術ですね。どうしてこのような本を?」


アイビーの頭上から覗き込むように見ていたチャイブが、にこやかにお婆さんに問いかけた。


「文字を読んで想像するよりも、魔物の倒し方や危険性が分かるからさね。平民街では難しい文字を読めない子もいるからね。というのは建前で、ただの暇潰しさね。思い出を形にするのは楽しいからね」


「ってことは、お婆さんたちが魔物を倒してきた方法が分かるんですね」


瞳を輝かせるアイビーに、お婆さんは愉快だと言わんばかりに笑っている。


「なんさね。お嬢ちゃんは冒険話が好きなのかね?」


「ものすっごく好きです。それに、お兄様が騎士を目指しているんです。だから、お兄様のためになる本ならたくさん欲しいと思ったんです」


「だから、そんなに嬉しそうなんさね。だったら、私がお兄さん用に見繕ってあげようさね」


「やった。ありがとう、お婆さん」


「いいさね、いいさね」


柔らかく微笑んだお婆さんがまた杖を振ると、店内のあちらこちらから飛んできた本が、店の奥からふよふよと浮かんできた箱に入っていった。

箱に10冊全てが収めると、箱の蓋が被さり、突如現れたリボンが箱に巻き付いている。

箱は、チャイブが手を振れると光りを消した。


「お婆さん、本当にありがとうございます。また来てもいいですか?」


「お店だからね。いつでも来たらいいさね」


「うん、ありがとうございます。次来た時にはドラゴンの感想を伝えますね。本に載っていないことがあったら教えてください」


「楽しみにしているさね」


もう一度お礼を伝えて、お店から出る。

アイビーは見送ってくれるお婆さんに大きく手を振り、チャイブは小さくお辞儀をしていた。


「すごいお店だったね」


「ああ。本の中身次第だが、全部の本を買ってもいいかもな」


「うん、面白い冒険がいっぱいありそうだもんね」


どうしてチャイブに白けた顔で呆れた息を吐き出されたのか分からず、チャイブを見やった。


「ドラゴンに会ったっていう冒険者だ。相当の腕だろう。ということは、強い魔物と戦っている本があるかもだろ。俯瞰して見られるなんて、これほどの攻略本はないからな。まぁ、全部本当の話だった場合だけどな」


「うーん……あのお婆さんは嘘ついてないと思うな」


「そう願うよ」


早々に荷物を持つことになったチャイブは、「馬車止めておける場所があったらよかったのになぁ」と少しボヤいていた。

もちろんその言葉はアイビーに届いていたが、初めて探索できる平民街が楽しくて、東通り広場に到着するまで「あの店も」「あ、このお店も」と寄り道をし、チャイブの両手を荷物いっぱいにして怒られたのだった。


「アイビーが小さすぎて荷物で見えねぇから、絶対に逸れるなよ」


「見えてるよ! 今だって目が合った!」


「声しか聞こえねぇなぁ。ちゃんと俺の服を掴んどけよ」


「そこまで子供じゃないもん!」


「ガキが何を言ってんだか」


「あ、あれだ。チャイブはおじさんになっちゃったから目が悪くなったんだ」


「誰がおじさんだ。こんなにイケてる大人はいないだろが」


「お父様の方が綺麗だよ」


「だから、俺はカッコいいってことだろ」


「えー、うーん、えー」


「こいつ」


なんて言い合いもしたりしながら、立場が変化しても変わらない穏やかな時間に幸せを感じていた。






火曜日の投稿は12時の1話のみになります。

ビスタとの待ち合わせシーンになります。

デート開始です。


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