85 .バイオレットからのお願い
聖夜祭や祝福祭の礼服をあつらえたり、ラシャンの誕生日プレゼントをどうするか悩んだりと、平和な日常が戻ってきたと思っていたら、バイオレットから謎の手紙が届いた。
チャイブがルアンを下げたので、秘密の話があるのだろうと身構えていたらバイオレットからの手紙を渡されたのだ。
「早いね」
「早いというか、返信を受け取る前に送ってきたんだろ。ぬいぐるみ付きで送った手紙は、数日前に届いたくらいだろうからな」
そう、アイビーの手紙は、バイオレットがアイビー宛の手紙を速達で出した翌日に届いていた。
そして、贈られた小さなテディベアを見て、「好感度アップの課金アイテム!」とバイオレットは驚いていた。
バイオレットが「アイビーは転生者で間違いない」と更に思い込んだ出来事になる。
「急用でもあったのかな?」
「読めば分かる」
少し怒っているのかもと感じるチャイブを不可解に思いながら、バイオレットの手紙に目を通す。
短い文章を2回、3回と繰り返し読んでみたが、何がどうなって訴えられているのかが分からない。
「ねぇ、チャイブ。私って、バイオレットさんと同じように予知できるって噂でもあるの?」
「ねぇよ」
「だよね。この『このままだと私がヤバいことになるってことは知っているよね? 力を貸してほしいの。エーリカ様はどの人を選んでも上手くいくから羨ましいよね。だから、ラシャン様の婚約者をエーリカ様から私に代われるように手伝って』って、どういうことなんだろうね。バイオレットさんの身に何が起きるっていうんだろう?」
「なんだろうな。まぁ、でも、念のため確認させてくれ。夢で未来を視たことあるか?」
「ないよ」
真っ直ぐ見つめてくるチャイブに首を横に振ると、チャイブは体から力を抜いた。
何をそんなに緊張していたんだろうと、首を傾げずにはいられない。
「バイオレット・メイフェイアは、今までの手紙でアイビーが未来視できると思ったってことだろうな」
「どこにそんな内容があったのかな? 無難なことしか書いていないし、カディス様や陛下が読んでも不思議に思われたことないよね」
「ないな。でも、色々謎だった言葉には納得したよ」
「なにかあったっけ?」
「暗号のような文章に甘いだけのお菓子とか、色々あっただろ」
「あったね! あれって未来で流行るものだったってこと? でも、お菓子は『懐かしい』じゃなかった?」
「そうだったな。未来を視たというより、2人して未来から戻ってきたみたいな話になるな」
「過去に戻れるとかあるのかな? 私、大人になった時の記憶なんてないんだけどな」
鼻で小さく笑ったチャイブに、少し強引に頭を撫でられる。
「アイビーが大人にか。どうせやんちゃなままなんだろうな」
「ぐちゃぐちゃにしないでー」
可笑しそうに笑ったチャイブの手は、ポンポンと頭を叩いてから離れていく。
「まぁ、バイオレット・メイフェイアには、このままアイビーも未来視できると思い込んでもらっておこう。気が緩んでいれば、他にも何か溢すだろう」
「分かった」
「後は、ラシャンの婚約者を代える手伝いの返事だが……どう濁すかが問題だよな。決めたのは陛下だから、殿下に言うくらいならって返しておくか……」
「バイオレットさんの味方のように振る舞うの? でも、それをエーリカさんに言われたら、エーリカさんは悲しくならないかな」
「なるだろうし、アイビーとの仲は悪くなるだろうな」
「だったら書けないよ。エーリカさんがまだどういう人か分からないけど、優しい人だったら仲良くなりたいもん」
「いい子だ」
今度は優しく撫でられ、満足げに顎を上げる。
クスクス笑うチャイブに、アイビーも楽しくなってくる。
「じゃあ、どうするかだなぁ。フォンダント公爵がどこまでエーリカに話しているかは分からないから、ここは殿下の名前を使わせてもらうか……」
「カディス様の名前を、どう使うの?」
「アイビーは、婚約のことをバイオレットの手紙で知ったことにしよう。確認をして本当の話だったこと、ラシャンの誕生日前日に教えてもらえる予定だったことにするんだ。それで、家族は教えてくれなかったから殿下に「どうしてラシャンとエーリカが婚約に至ったか」を尋ねたけど、殿下さえも理由を知らなかった。だから、秘密裏に進められた王命だと思う。私に何ができるかは分からないけど、どうしてエーリカなのかを調べてみるってことにするんだよ。エーリカじゃないといけない理由があるのかもって匂わせておくってことだ」
「手伝うとも手伝わないとも書かないんだね」
「そうだ。なんたってアイビーは教えてもらえず、カディス殿下も理由を知らない王命だからな。手伝えそうなら手伝うというニュアンスにしておくんだよ」
「うーん、分かった。すぐに書くね」
「頼むな。バイオレットが動き出すかもしれないって、陛下たちに伝えに行かないといけないからな」
アイビーが走り書きで記入した手紙はラシャンに届けられ、ラシャンが急いで清書した便箋はクロームによってバイオレットの手紙と共に王宮に運ばれた。
陛下の執務室でカディスを交えて、「ラシャンの妹という理由だけでアイビーを選んでいないのかも」「はじめからアイビーを探していたし」という出口がない迷路のような会議が長時間続いたのだった。
ちなみに、バイオレット宛の手紙は速達で送り返しているそうだ。
速達で届いたからという理由もあるが、通常の手紙の返信が出される前に到着すればという理由かららしい。
2通の手紙をやり取りしなくてもいいように、という配慮もあるとのこと。
確かにあっちもこっちもというのは文章を考えるアイビーもだが、確認をする人たちも大変だろうと気づき、バイオレットが纏めて返信してくれることを願ったのだった。
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