15 .みんなでお買い物
「アイビー、今日は街に買い物に行こう」
「お買い物ですか?」
「そろそろ聖夜祭と祝福祭の服を仕立てないと間に合わないだろうからね」
朝食時に、父であるクロームに誘われた。
聖夜祭とは1年の終わりの日に行うお祭りのことで、祝福祭とは1年の始まりの日に行うお祭りのことだ。
この国最大のお祭りになり、どこの地域を訪れてもお祝いをしている。
聖夜祭では青い服を、祝福祭では白い服を着用することが慣例になっていて、国民のみならず旅行者たちも身に纏って参加する人が多いらしい。
これは、初代両陛下の髪色に由来しているそうだ。
そして、この国は他国と1年の始まりが異なり、初代両陛下の結婚記念日が1年の始まりとされている。
といっても2ヶ月違いで、月日の呼び方は変わらない。
他国が1月1日から始まるのに対し、3月1日から始まるだけだ。
アイビーは、1度だけお祭りを見に来たことがあったし、チャイブから習っていたから知っていた。
だから頷いたが、早くから準備することが不思議でならなかった。
「まだ11月なのにな。もう準備するなんて、お父様は心配性なのかも」と思い至ったくらいで、採寸から調えていくとは予想すらできていない。
「それと、画材店にも寄ろうね。絵の具をたくさん買おう」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。欲しいと思ったものは、全部買っていいからね」
今度は、大きく頷いた。
1度でいいから絵の具で描いてみたかったのだ。
住むところを転々としていたので、荷物は極力減らさなくてはいけなかった。
そのせいもあり、画材道具は嵩張るので買ってもらえなかった。
喜んでいるアイビーを見ながら、家族は全員複雑な想いを抱えていた。
ドレスや買い物くらい、商人を呼んで自由に購入させてあげたい。
口が固いデザイナーも商人も知っている。
アイビーを少しの危険からも守るためには、1日でも多く屋敷の中で過ごさせる方がいい。
だが、もうすぐ王子殿下がやってくる。
今朝方書簡が届き、3日後に到着することが分かった。
3日後に王族にバレるのなら、もっと自由にさせてあげようと、街の案内を兼ねて買い物になったのだ。
変な憶測ばかりが飛び交って、思慮がなく無分別な言葉がアイビーを傷つけることを避けるためには、大切にしていると分かるように示そうと。
どうせバレるのなら、仲睦まじい姿を見せておくべきだと。
アイビーは、クロームに誘われたから2人で出かけると思っていたが、祖父母と兄のラシャンもいて、全員で大きな馬車に乗り込んだ。
クロームとラシャンに挟まれるようにアイビーは座り、対面に祖父母が寄り添うように腰を落としている。
チャイブとマラガと他2人の使用人は、別の馬車で同行するそうだ。
「街に行ったら、迷子にならないように手を繋いでいようね」
「はい、お兄様」
溶けるように微笑むラシャンに、少し気恥ずかしくなるが嬉しくもある。
家族から心を配られて、幸せが体を満たしていく。
家族から向けられる愛情がこんなにも心地がいいものだと知れて、笑顔が生まれる。
もちろん、大勢の人に好かれることも喜ばしかった。
でも、色んな人に取り合いをされ、目の前で喧嘩をされるのは悲しかった。
簡単に言えば、同年代の子供たちによるアイビーの取り合いだ。
みんなで一緒に遊べばいいものを、なぜか「私と遊ぶの」という争いが起こってしまうのだ。
親が子供の味方をして、というケースも少なくなかった。
宥めるのが年々面倒になり、年を重ねる毎に誰かと遊ぶということをしなくなっていた。
街に到着したが、馬車が止まらないので散策はしないのだろう。
目的のお店まで馬車で行くと分かり、街の様子が知りたくて、窓から外を見ようとした。
気づいたクロームに持ち上げるように抱えられ、膝の上に乗せられる。
「見えるかい?」
「はい。ありがとうございます」
頭を撫でられ、微笑み合ってから、窓の外に視線を移した。
公爵家の馬車だと分かるらしく「領主様だわ」という声が微かに聞こえてくるし、馬車に向かって手を振っている人たちもいる。
アムブロジア王国では見かけなかった光景に、ポルネオたちは平民に対しても優しいのだと気づき、胸が温かくなった。
街中を数分走り、馬車はゆっくりと止まった。
ポルネオが先に降り、アイビーを席に戻したクローム、続いてラシャンが降りていく。
ローヌが降りると、外からクロームに「アイビー」と声をかけられ、クロームの手を取って外に出た。
横で待機していたラシャンに、すぐに手を繋がれる。
見目麗しい公爵家の人たちを見にきたのか、周りにはそこそこの人が立ち止まっていて、内緒話をするような「女の子?」「可愛いわね」「あの瞳って」などの声が耳に届いてきた。
騎士も含め、ヴェルディグリ公爵家の面々が周りに視線を投げかけると、話していた人たちは気まずそうに顔を背けながら離れていく。
「お祖父様たち、ありがとうございます。でも、私はお祖父様たちがいるので大丈夫です」
強がりではなく、本当に気にもしていない。
出かける支度をしている時にチャイブに「心無いことを言われると思いますが、誰がなんと言おうと、あなたはアイビー・ヴェルディグリ公爵令嬢です。偉大な師匠である私が証人です。だから、無視して胸を張っていればいいですよ」と言われていた。
街を転々として、行く先々で情報を得るために、街の人たちと話していたから知っている。
案外みんな自分のこと以外は、面白おかしく噂を教えてくれるものだ。
自分が確かめていない話だとしても、予想を加えて耳打ちしてくれる。
だから、旅をしている自分たちのことも、色々噂されていると知っていた。
見た目で視線を奪っていたから仕方がないが、アイビー自身から情報を得ようと話しかけられることも多かった。
その経験が、どれだけ今の自分が珍獣かと教えてくれている。
チャイブの言葉の意味も、ちゃんと分かっている。
気後れするほど噂の的になり、侮られるということも理解している。
——まぁ、どんなに悪く言われても、笑顔1つで変わるけどね。私の可愛さに、みんな優しくしてくれるもの。
ラシャンと手を繋いで堂々と歩くアイビーは、後ろで人知れず小さく微笑んだチャイブに気づいていない。
チャイブは、アイビーの性格を熟知しているが、それでも子供の心を心配して言葉を贈ったのだ。
杞憂で終わったことに、胸を撫で下ろしたのだ。
ただ、周りにいる野次馬たちに笑顔で手を振っているアイビーの姿には、苦笑いが出そうでもあった。




