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74 .チャイブの温もり

気持ちを持ち直せた時くらいに、袋の外から声が聞こえてきた。

揺れが少ないから分かりづらかったが、どうやら目的地に到着したようだ。


「待っていたぞ」


「あんたが依頼人で間違いないな?」


「そうだ。早くその子を渡してくれ」


「その前に依頼達成のサインをしている書類と依頼料を渡せ」


「きちんと用意している」


重たいだろう何かが投げ置かれたような音がした。


「サインした書類は金を一緒に入れている」


今まで聞こえなかった足音が普通に聞こえて、体に伝わってくる振動から、クレーブスが歩いていると分かった。

同時に、走っていた時はやっぱり何かの術を使っていたということを確信した。


「確かに入っているな」


「さぁ、早くその子を。今も捜索隊が彷徨いているからな。すぐに隠させばならんのだ」


「中を確認しなくていいのか?」


「貴様たちが失敗しないという噂は聞いている。だから、依頼をしたんだ」


「そうか。アイビー、またな」


「何を!!」


突然浮遊感がして、大きく投げられたのだと分かった。

肩を上げたり目を丸くさせる前に誰かに抱き止められ、ザザッという着地音が聞こえた。


「貴様、誰だ!!!」


さっきからクレーブスが話していた相手、シャトルーズ子爵だろう男が怒鳴っている。


——え? え? 私、誰に抱きかかえられているの?


「アイビー、大丈夫か?」


耳に届いた声に目頭が熱くなった。

返事をしたいのに、喉が引き攣って声が出てこない。


「ん? アイビーだよな?」


周りが一気に騒がしくなる中で、ふんわりと地面に下ろされた。

開いた口から飛び出すように開けてくれた人物に抱きつく。


「チャイブ!」


「おっと」


驚きながらも受け止めてくれ、優しく抱きしめられる。


「アイビー、無事でよかった」


「チャイブ! チャイブ!」


「ああ、もう大丈夫だ。安心しろ。よく頑張ったな」


「うん、うん。絶対に助けてくれるって信じてた。だから、頑張れたの」


「お前は最高に可愛くて、最高に強い女だよ」


チャイブの温もりを感じてからというもの、信じられないくらい涙が溢れてくる。

柔らかく撫でてくれるチャイブの手から広がっていく安心感に反発するように、押し込んでいた恐怖や孤独が一気に膨れ上がりチャイブから離れることはできない。

強く、必死にチャイブにしがみつく。


「アイビー!」


大声で名前を呼ばれ、チャイブの服を握りしめている手はそのままで顔を向けた。


泣き出しそうな顔で駆けてくるラシャンが見えて、その向こう側では髪の毛が乱れ服や顔が血で汚れているシャトルーズ子爵が騎士によって縛られている。

他にも数人膝をついて縄をかけられているので、その人たちはシャトルーズ子爵家のお供と騎士なのだろう。


シャトルーズ子爵の前にはクロームが立っている。

ここからでは顔が見えないが、背中だけでも相当怒っていると分かった。


「アイビー、よかった。本当によかった」


目の前までやってきたラシャンは、ほっとした顔で微笑みながら涙を流している。

そして、抱きしめようとしてきてくれたが、どうしてかチャイブから離れることができなかった。


戸惑っているラシャンに「見つけてくれてありがとうございます」と言いたいのに、ラシャンとも抱きしめ合いたいのにチャイブから手を離すことができない。


自分の体なのに動かすことができなくて困っていたら、チャイブがアイビーを抱きかかえながら立ち上がった。


「ラシャン様。お嬢様は大層お疲れのようですので、すぐに屋敷に戻りましょう。ずっと緊張をしていたせいで筋肉が固まってしまっているんです。温かいお湯に浸かり、体を解してからになるでしょうが、たくさん抱きしめてあげてください」


「あ、うん! そうだね。アイビー、早く帰ろう。お祖父様たちも今か今かとアイビーの帰りを待っているからね」


声は出なかったが、なんとか頷くことができた。

それだけで嬉しそうに微笑んでくれるラシャンに、胸が締めつけられる。


「アイビー!!!」


「おい」


空気を震わせるほどの大声でチャイブごと抱きしめてきたクロームに、チャイブの声は本当に低かった。

だが、クロームはチャイブが気にならないのだろう。

そのままで状態で、頭や背中に頬擦りをしてきた。


「アイビー、怪我はしていないかい? お腹は空いていないかい? しんどいとか気持ち悪いとかはないかい?」


「たぶん大丈夫だ」


「チャイブじゃなくてアイビーに聞いているんだ」


「バカか。まだ緊張状態が続いていて声が出ねぇんだよ。察しろ」


勢いよく離れたクロームは、眉尻を下げた面持ちで顔を覗き込んできた。

壊れ物を触るかのように優しく頭を撫でられる。


「本当によく頑張ったね。無事に戻ってきてくれてありがとう。疲れているだろう。このまま眠るといい」


慈愛に満ちた顔で微笑むクロームに、小さく頷いてから瞳を閉じた。

チャイブの肩に頭を預けながら、温もりに身を委ねる。


「ちゃんと生かしているな。よかった」


「陛下から生捕りにするように言われたからね。それに、今殺すより一生泥水を啜るような生活を強いられる方が辛いだろ。最も苦しいと思う生き地獄を味あわせてやるんだよ」


「父様、僕は賛成です! 二度とアイビーには会えない所に送って、死にたくなるような罰を与えましょう」


「もちろんそのつもりだよ」


意地悪く笑っているクロームとラシャンの声を聞きながら、「どうしてチャイブ以外と話せなかったんだろう」と考える間もなく深い眠りに落ちていった。






いいねやブックマーク登録、読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。


金曜日の投稿にて年内の投稿は終了となります。

ラシャン視点を2話を投稿します。

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