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73 .不安

窓から見える景色が段々と暗くなり、引き渡しが行われる夜になった。

アイビーは、クレーブスの脇に抱えられながら、ようやく建物の外に出ることができた。


空は雲が月を覆っていて、月がそこにあるんだろうなと思う程度に1部分だけほんのり薄い灰色がある。

閉じ込められていた屋敷の庭は、誰も住まなくなって何年も経っていると分かるほど荒れ果てていた。

窓から見て知ってはいたが、暗闇の中で見ると不気味に感じて仕方がない。


「いいねぇ、空は俺らの味方だな」


「油断するなよ。王室まで動いているんだからな」


「怖い怖い。今回は割に合わねぇよな」


「本当だよなぁ。あーんなに可愛い子に『助けて』って言わせたかったよな」


「最低だな」


「鬼畜だよな」


「あー、野蛮な奴と一緒だと思われたくねぇ」


成功を確信しているのか、大声で笑い合っている男性たちを見る。


犯人グループは、相変わらず視線が気持ち悪いディーマンと、ここにきて初めて見る男性が3人。

そして、4人の輪に入らずアイビーを担いでいるジェイミの5人組のようだ。


軽く周りを見渡していたジェイミが、男たちに声をかける。


「そろそろ出発するぞ」


「ああ、陽動は任せろ」


ニヤけ顔の男たちは、子供1人は入れそうな小袋を肩に担ぎ走り去っていった。

だらしなく見えた男性たちだったのに、一瞬にして見えなくなり闇に溶け込んでしまった。


「俺たちも行くぞ」


「私は袋に入らなくていいの?」


「……入りたいのか?」


「ううん、窮屈そうだからこのままがいい」


笑顔で首を横に振ると、胡散臭そうな瞳を向けられた。

小首を傾げてみるが、普通に無視される。


「引き渡し前には入ってもらうからな」


「分かった」


視線を外したクレーブスが軽くジャンプしたと思ったら、木の枝に飛び乗っていた。

そして、次から次へと違う木の枝に飛び移っていく。


あまりにも軽やかすぎるクレーブスの動きに、アイビーは顔を大きく引き伸ばした。


「すっごい! クレーブス、すごいね!」


「静かにしてろ。舌を噛むぞ」


「ねぇねぇ、どうしたらこんなにも羽のように動けるの? もしかして魔術が使えるの?」


「本当に舌を噛むぞ」


木から屋根の上に飛び移ったクレーブスは走り出したが、足音はほとんどしない。

これくらいの音なら家の中で過ごしている人はおろか、庭や道に出ている人にも届かないだろう。


——本当にすごい。チャイブの瞬足みたい。でも、瞬足は走っている音が聞こえるし、風が起こるんだよね。今、そよ風くらいの風しか感じないのに、ものすっごく早い。一体、どんな方法を使ってるんだろう? 瞬足よりも使い勝手が良さそうだから教えてほしいな。


何度か「ここはどの地区になるの?」や「私って重くない?」や「これって魔術なの?」などを話しかけるが、だんまりを決め込んだっぽいクレーブスは視線さえも返してくれなかった。


15分ほど走ったくらいでクレーブスは足を止めて、アイビーをゆっくりと下ろしてくれた。

クレーブスの体に結びつけていた袋を外し、口を大きく広げて見せてくる。


「数分後に着く。入ってくれ」


「うん、分かった」


大人しく袋の中に立つと、中に閉じ込めるように袋の口を頭上に引き上げられる。


「クレーブス。約束だからね。依頼成功させてね」


「ああ、受け付けたからな。任せろ」


口が閉じられて見えなくなるまで、アイビーはクレーブスに笑顔を向けていた。


袋の外から「抱えるぞ」という声が聞こえ、先ほどと同じように腰に腕を回され、宙に浮いたような感覚がした。

自分の手すら見えない空間に急に孤独が押し寄せてきて、キュッと唇を結ぶ。


——蝶々さん、チャイブに届いたかな? 親子としか伝えられなかったけど、シャトルーズ子爵家って分かるかな? お兄様は、レネットさんの嘘に騙されていないかな?


クレーブスは、きっと助けてくれると思う。

でも、もう二度とみんなに会えなくなったらどうしようという不安が押し寄せてくる。


ポルネオやローヌとはまだまだ話したいし、クロームとも色んな場所に出かけしたいし、ラシャンともたっくさん一緒に過ごしたい。

ジョイに動物たちのお世話のお礼を言いたいし、ルアンたちみんなにも「いつもありがとう」ってもっと伝えたかった。

レガッタやルージュとも遊びたいし、イエーナには動物のことを教えてもらいたい。

キャンティ会長たちとも会ってみたかった。


ヴェルディグリ公爵家に帰ってきてから知り合った人たちの笑顔が浮かんでは消えていく。

そして、最後にカディスの笑っている顔が思い浮かんだ。


——カディス様にムカつくことはあったけど、口を大きく開けて笑った回数が多い気がする。

婚約者役を最後までしなきゃなのに。「可愛い」って認めさせなきゃなのにな。何度「自意識過剰」って言われようと、私が可愛いのは真実だもん。今だって可愛いから誘拐されてるんだから。

まぁ、カディス様はそれでも認めようとしないんだろうけど。本当に捻くれてるんだもんなぁ。


呆れ顔のカディスを思い出し、小さく笑いそうになった。

恐怖で震えていた心が、いつの間にか凪いでいる。


——大丈夫。きっと大丈夫。クレーブスは依頼を受けてくれたもの。もしダメだったとしても、絶対にチャイブが助けに来てくれる。いつだってチャイブは私のところに駆けつけてくれる。ずっと一緒だって約束したんだもん。チャイブがきっと見つけ出してくれる。






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