72 .耳障りな訴え
ポルネオが指示を出した騎士に呼び戻された、師団長のクロームとラシャンと執事長であるシュヴァイは慌ただしく屋敷に帰ってきた。
チャイブが説明をした後、3人は安堵の息を吐き出しながらも、いまだ怖い思いをしているだろうアイビーを想って顔を歪めている。
どのように包囲をするかを軽食を口にしながら話し合おうとした時、大きな足音を立てて侍従が部屋に駆け込んできた。
眉根を寄せたシュヴァイが、落とした声で「どのような用件で、そのような行動に出たのですか?」と詰問した。
「もももも申し訳ございません。で、ですが、シャトルーズ子爵令嬢が騎士によって保護されてきたのです。騎士が言うにはアイビーお嬢様を庇ってとのことでして……子爵令嬢は大怪我をしておりまして、ですので、その急いでお伝えしないとと思ったのです」
シャトルーズの名前が出たところで、部屋に異様な空気が流れた。
誰もが視線だけを合わせ、瞬きで頷きを表している。
「行こう。アイビーに繋がる話なら聞いてみないとね」
カディスがソファから立ち上がると、クロームたちも全員腰を上げた。
冷え切っているような雰囲気になっているのは、レネットに対しての怒りを抑えているからだろう。
カディス自身も、レネットがどういう言い訳をするつもりなのかと、ある意味楽しみでならない。
嘘を重ねれば重ねるほど罪を重くするつもりだからだ。
玄関ホールに到着すると、肩にかけられた騎士の上着を必死に握りしめて胸を隠しているレネットが震えながら蹲っていた。
髪は乱れ、頬には殴られただろう痣がある。
レネットの隣には侍女と思われる女の子が、レネット以上にボロボロの姿で倒れている。
演技にしては本格的すぎる装いに眉を顰めそうになった。
「公爵様、シャトルーズ子爵令嬢を保護してまいりました」
騎士の声にレネットは俯いてた顔を上げ、大粒の涙を流しながら泣きはじめた。
「ラシャン様! 申し訳ございません! アイビーがっ! アイビーが連れ去られてしまいました!」
この時間に屋敷にラシャンやカディスがいることを不思議に思わないのだろうかと息を吐き出しかけたが、ラシャンの怒りで震えているだろう握りしめている手が視界に入り吐き出さずに済んだ。
今にも殴りかかりたいだろうラシャンの気持ちは、手に取るように分かる。
だって、カディスも同じ気持ちなのだから。
今ここで「犯人はお前たちだろう」と詰め寄ってしまいたい。
けど、今日の引き渡しがなくなってしまうかもしれないのは困るから、それはできないのだ。
アイビーが手の届かないところに連れて行かれるかもしれないし、警戒したシャトルーズ子爵を逃してしまうかもしれない。
だから、アイビーを救い出すために気持ちを抑えつけるしかないのだ。
「私っ、助けようとしたんですが、暴れることしかできなくてっ……途中で馬車から投げられたので、どこに連れていかれたかは……親友なのにっ……アイビー……」
歯軋りが聞こえた。
きっとラシャンからだろう。
「ご令嬢は背中に大きな傷を負っております。話をうかがったところ、アイビーお嬢様を庇われて切られたそうです。公爵様、一刻を争うようです。ご令嬢を見つけた地域に騎士を集めて捜索をいたします」
騎士の強張っている顔や声にも怒りが滲んでいる。
子供にこんな酷い仕打ちをする輩に腹が立っているのと同時に、アイビーを心配しているのだろう。
早く探しに行かせてほしいという気持ちが透けて見えている。
「ああ、すぐに頼む。必ずアイビーを見つけ出すんだ」
「はっ!」
騎士は、敬礼をしてすぐに駆けていった。
しくしくと泣いているレネットの声が耳障りで仕方がない。
「シュヴァイ。すぐに主治医を呼んで令嬢の手当てをしてくれ」
「かしこまりました」
レネットたちのことはシュヴァイに任せて、部屋に戻り作戦会議を続行しようということだと分かった。
こんな嘘つきな令嬢に構っている暇はない。
だが、捕まえるために目を離すわけにはいかないので、手当てという名目で監視下に置くということだ。
クロームが背を向けたので、蔑むような視線を何とか堪え、ラシャンの背中を叩いてから歩き出そうとした。
「お待ちください、ラシャン様! 私、わたし、怖くて……お願いです……少しでいいので側にいてくださいませんか?」
唇を噛んだラシャンの腕を掴んだ。
レネットを殺してもおかしくないほどの瞳をしていたからだ。
「ラシャン」
冷静に名前を呼んだはずなのに、カディスの声も震えてしまっていた。
カディス自身、自分がどんな顔をしているのか自覚はないが、相当鬼のような面持ちになっていたのかもしれない。
睨むように見てきたラシャンが目を点にした後、辛そうに目を閉じて「すみません」と言ってきたのだから。
小さく深呼吸したラシャンは、真顔をレネットに向けた。
「アイビーがまだ見つかっていないんだ。人手は多い方がいいからね。僕も探しにいくんだよ」
「で、でも、私はアイビーを守るために怪我を……」
「すぐに主治医が来てくれるから」
「ラシャン様!」
ふいと視線を背けて歩き出すラシャンの背中を柔らかく叩いた。
前方で足を止めていたクロームたちも、もうこちらを見ていない。
「殿下、顔と行動が一致していませんよ」
「そう? 頑張って気持ちを押し殺しているんだけどな」
「全くですよ。怖くて泣いてしまいそうです」
「おかしな話だね。ラシャンの顔の方がよっぽど怖いよ」
「何を言いますか。僕はとっても綺麗な顔をしているんですよ。アイビーのお墨付きです」
「綺麗だと余計に怖いはずだけどね」
肩をすくめると、ラシャンに「そういえば、殿下は美的感覚がおかしいんでしたね」と溢されたので、「綺麗だとは言っているよね!」と言い返した。
肩から力を抜くように笑い出したラシャンにカディスは虚をつかれ、変に強張っていた体を解すことができたのだった。
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