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69 .捜索

焦燥感がひどいラシャンが突然馬で帰ってきて、屋敷は一時期ひどく騒がしくなった。


ポルネオの命令で騎士たちはすぐに捜索に向かい、一室にてラシャンから誘拐の経緯を聞いている時に、クロームが血相を変えて部屋に飛び込んできた。

「父様には殿下が伝えに行ってくれた」とラシャンから説明されていた通り、クロームはカディスから簡潔に聞いて急いでタウンハウスに帰ってきたそうだ。

すぐに探しに行こうと思ったそうだが、自分も捜索にあたることを伝えないとと1度戻ってきたとのこと。


チャイブも聞いた瞬間に飛び出したかったが、シュヴァイに腕を掴まれて冷静さを取り戻していた。


部屋は重たい空気に包まれていて、誰もがじっとなんてしていられない雰囲気を醸し出している。


「陛下はきっと門を閉鎖してくださいます。だとしても、時間との勝負だと思います。どこかの屋敷に連れ去られてしまったら、決定的な証拠がない限り屋敷の中を調べることはできませんから」


「そうだな。協力的な者なら中を調べさせてくれるだろうが、そもそもそういう奴らがアイビーを誘拐せんだろう。一体どこのどいつがアイビーをっ」


ポルネオの苦しそうな声に、隣に座っているローヌが涙ぐみながらポルネオの手を取った。


「僕が……僕が教室までアイビーを送ればよかったんだ」


「違うよ、ラシャン。学園内は人が多いから無理だろうと決めつけていた私たちのせいだよ。ラシャンのせいではなく、誰1人として思いつかなかった私たちのせいだ」


ラシャンの頭を撫でながら「私たちのせい」と言ったのは、クロームの優しさだ。


実際ラシャンに落ち度はない。

クロームが伝えたように、まさか学園内に侵入して人目を忍んで誘拐されるなんて、誰も想像できていなかった。

誰もが、どうして考えが及ばなかったのかと後悔している。

誰のせいにもならないし、誰かのせいにするべきでもない事案だ。


だけど、大人のせいだと伝えると、自分もアイビーを守ると頑張っているラシャンは余計に傷ついてしまう。

だから、「大人のせい」ではなく「私たちのせい」という言葉にしたのだ。


チャイブは歯を噛みしめたい気持ちを押さえつけて、落ち着いた声を出した。


「お嬢様には、誘拐された際に殺されないための行動を叩き込んでいます。それに、初級ですが魔術も使えるようになっています。ですので、きっとお嬢様は耐え抜いてくださいます。お嬢様を信じて、我々にできることをしましょう」


小さく頷いたシュヴァイが、言葉を続けてくれる。


「騎士たちは、逃げ込みやすい貧民街に近い平民街から探すことになっています。治安が悪い分、空き家が多いですからね。ひとまず身を隠すだけなら利用している可能性が高いと思われます」


「そうだね。馬車が貧民街まで行くと逆に目立ってしまうからね。不特定多数が出入りしていても誰も気にしない場所までだろう。チャイブ、お前も捜索に加われ」


「かしこまりました。すぐに出発いたします」


立ち上がろうとするクロームと一緒にチャイブが部屋を出ようとした時、カディスがフィルンを伴って入ってきた。


案内しただろう侍従は、深くお辞儀をして顔を青くしながら下がっている。

カディスが来たことを先に伝えようとしたが、カディスに押し切られて案内をしてしまったんだろう。

不作法になるから怒られると怯えたんじゃないだろうか。


カディスは、空いている席に堂々と腰を下ろしている。


「ラシャンから聞いていると思うけど、独自で動くと言っていたチェスナットが情報をくれたよ」


「本当ですか!?」


身を乗り出したラシャンを見て、カディスはしっかりと頷いた。


「アイビーのファンクラブって本当何人いるんだろうね。どうしてアイビーが見知らぬ女生徒についていったのかが分かったよ」


「どうしてでしょうか?」


「シャトルーズが蹲って動けないから手を貸してほしいと頼まれたらしい。でもね、アイビーが向かった先にはシャトルーズはいなかった。というより、今日は学園を休んでいるそうだ」


「協力をしているのか、名前を利用されたか、ですか……」


代表して話しているクロームの言葉に誰もが心の中で頷き、どっちだろうと頭を悩ませる。


「そして、ダフニの機嫌がすこぶるいいんだって。しかも、昨日ダフニとシャトルーズは会っていたらしいよ。今日、チェスナットに報告が上がる予定だったんだって。昨日伝えておけばと、その子は泣いているそうだよ」


「協力したというより犯人だということですね」


「その線が濃いだろうね。チェスナットには他にも分かったら教えてくれるように伝えているよ。それと、僕の近衛には探すように命じてきた。本当は僕も行きたいけどね。父上にそれだけはダメだと怒られたよ。なんとも歯痒いよね」


顔を歪ませるカディスから憤りを感じる。


「僕は探しに行けないから、ここで待たせてもらう。師団長たちならきっとアイビーを探し出せるよね。僕、待つのは嫌いだから早く見つけてきてよね」


カディスらしいようならしくないような不貞腐れた態度で伝えられ、変に力んでいた体から力が抜けた。


ティールは確かに何度も襲われたし、色んな人物に狙われていた。

でも、全て未遂で終わっている。

だから誰もが、変態たちと攻防を繰り返していただけで、誘拐されるという事件が初めてなのだ。

無事かどうか分からない不安が、心も体も思考も焦らせていた。


そんな強張りすぎている心を王族といっても小さな子供に見透かされて、大人たちは自分自身に呆れるように息を吐き出したのだ。

ジレンマで歯痒くて辛くて苦しかった胸が少しだけ軽くなり、全員の顔に力強さが戻ってくる。


「もちろんです。私の可愛いアイビーを汚い奴らの元に居させときたくないですからね。すぐに見つけて、犯人たちは血祭りにあげますよ」


クローム・チャイブ・シュヴァイが個別で捜索に当たることになった。

ラシャンが捜索隊に加わりたいと切望してきたので、シュヴァイと一緒に行動を共にすることになっている。

カディスのより不機嫌になった顔が面白くて、つい吹き出しそうになったチャイブを、カディスは刺すように睨んでいた。

ポルネオは屋敷に残り、持ち帰られる情報を元に指揮を執ることになった。


チャイブは瞬足の魔術を自身にかけ、クロームたちとは違う商業地区に向かって走り出した。

平民街は、タウンハウスにいた騎士全員がバラけて探している。

同じところを探すよりも範囲を広げようということで、商業地区内を捜索することになったのだ。


だが、無印の馬車に特徴がなさすぎて、聞き込みをしても数台の目撃情報がある。

1つ1つあたってはいるが、途中で情報が途切れ、馬車を最後まで追いかけられない。

黒装束の男の目撃情報は皆無だ。


広い公園内で日向ぼっこをしていた老人にも聞き込みをし、「見ていないねぇ」という言葉に肩を落とした。

深いため息を吐きながら老人から離れ、目の前に生えている木を見上げる。


「俺にも木と話す力があれば……お前たちなら知っているよな? アイビーはどこに行った? なぁ、教えてくれ」


見つからない焦りから、はじめからかすかにしか残っていなかった余裕がなくなっていく。

震えるほど握りしめている手が痛いはずなのに、手よりも胸が痛くて大声で叫びたくなる。

ずっと側にいた、誰よりも大切なアイビーの笑顔が脳裏に浮かぶ。


「あいつは平気なフリが得意だから、早く見つけて泣かせてやらねぇとな」


気合いを入れて深呼吸をし、再び探し出そうとした時、風も吹いていないのに突然木々が騒めいた。

こんな街中で襲撃かと思って神経を尖らせたが、何の気配も感じない。

空に近い場所の木の葉が揺れ、視線を上げたら、青い蝶々が消えかけながら降りてきていた。


「アイビー!」


両手を伸ばし、蝶々を包み込もうとした。

だが、蝶々はチャイブの手を避け、木に留まった。


『あー、時間がない。伝言だけだ。誘拐犯と交渉した。助けてくれる。犯人は親子。1人は何かを仕出かすらしい。今日の夜引き渡される』


最後の方は掠れて聞こえなかったが、その前の言葉自体が衝撃で耳を疑った。

怖いはずなのに、小さい体で踏ん張っているアイビーを思い浮かべて少し泣きそうになり、自分で頬を殴ってから屋敷に急いで戻った。






来週火曜日はアイビー側のお話に戻り、1話のみの投稿になります。


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