65 .どこからが友達?
翌日、レネットがまた教室にやってきた。
「昨日はどうして誘ってくれなかったの? 友達なのに」と大声で言われ、目を点にしながらも笑顔を作った。
何も知らないフリをして尋ねると、「遊びに行ったら街に出かけたって言われたの」と返されたので、「全員とお友達ではない方を急に誘うことはできません」と丁寧に説明をした。
「それと、使用人たちが戸惑ってしまうので、約束もなく訪ねてくるのは遠慮してください」と伝えると、渋々といった様子で帰っていった。
アイビーも周りに届くように少し声を張ったので、悪い噂が流れないことを祈るしかない。
お昼休みになると、今度は食堂の出入り口ではなく迎えに来られた。
レガッタが「私もアイビーと食べたいからご一緒しますわ」と言い、ルージュも「私も今日はそっちに混ぜてもらうわ」と冷たい瞳をレネットに向けていた。
そして、その翌日にはレネットから「美味しかったからアイビーにも食べてみてほしくて」とクッキーをプレゼントされた。
「よかったら一緒に買いに行かない?」と誘われたが、放課後は先約があるから無理だと断っている。
今日も来るだろうと予想したお昼休みは、考えていた通り食堂近くの廊下で待たれていた。
連日マーリーの軍団席でお世話になっている。
他にも、レネットから「今日、遊びに行ってもいい?」と問われ、こちらも先約があると断っている。
更には休憩時間に度々来るようになり、「殿下はいつもどの休憩時間に挨拶に来ているの?」と聞かれた。
「あ! なるほど、お兄様とばったり会うために休み時間に教室に来ていたのね」と合点がいき、その日の帰りの馬車の中でラシャンに注意してほしいと伝えている。
ラシャンからは「僕よりもアイビーが心配だよ。疲れていない?」と頭を撫でられている。
またある時は、「ねぇ、どうして遊んでくれないの?」と口を手で隠しながら俯かれ、震えていない体に「嘘泣きが下手だなぁ」と思ったものだ。
きちんと「放課後は本当に埋まっているんです。すみません」とお断りをしている。
また違う日には、「アイビーとお揃いにしたいと思って」とバレッタをプレゼントされた。
レネットは髪に付けている色違いのバレッタを指して微笑みかけてきたが、アイビーは「カディス様の許可が取れたら付けさせてもらいますね」とカディスをヤキモチ妬きに仕立て上げて回避をした。
苦い顔をしたカディスから「ああ、うん、それでいいよ」と許してもらっている。
また別の日には、「放課後は難しいみたいだから夜はどうかな? うちに夕食を食べに来ない?」と提案され、「朝食と夕食は家族全員で食べるという規律がヴェルディグリ公爵家にはあるんです。ですので、カディス様に誘われても断っているんです」とカディスを引き合いに出した。
カディスからは「あー、そうだね。もう何でも僕の名前を出していいよ」と遠い目をされている。
レネットの付き纏いがひどく、一緒にいる姿を見られる回数が多くなり、いつの間にかアイビーとレネットが友達だと定着してしまったように感じる。
実際にキャンティ会長からも、「シャトルーズ子爵令嬢を許されたのでしょうか?」と確認の手紙が送られてきたくらいだ。
「ルージュ様にも謝ってくださったから許しましたけど、友達にはなっていないんです。でも、邪険にするのは違うと思うので会話はしています」と返している。
ただ書きながら、「でも、どこからが友達の定義になるのか微妙なところだよね」と頭を捻った。
毎日待ち伏せをされて、昼食を一緒に取っている。
アイビーから誘ったりプレゼントを渡したことはないが、毎日話している姿を見られたら友達だと思われても仕方がないような気がする。
それに、ラシャンに会いたそうな素振りを時々されるだけで、初日のように家に押しかけられることはない。
——もしかして、本当に仲良くなりたいって思ってくれているだけなのかな? そうだとしたら、すごい失礼なことをしてるよね。うーん……信じてもいいのかなぁ。喧嘩していたのに次の日には仲良くしている不思議な光景って、よくあったことだもんねぇ。
レネットの真意が分からず、宙ぶらりんの状態がこのまま続くのは、楽しい学生生活に黒いシミが付くような感覚に近い。
どうにか疑う気持ちを真っ新にできないかと頭を悩ませる。
——あ! お兄様の婚約が発表されても今と変わらなかったら、私からも仲良くなる努力をしてもいいのかも。うん、こういうはっきりとした目安をつけよう。本当はこんなことしちゃいけないんだろうけど、少し違和感がある気がするからね。
もうこれでモヤモヤしなくて済むとすっきりし、次の日も元気よく登校した。
「ヴェルディグリ公爵令嬢! あ、あの、手を貸してくださいませんか?」
ラシャンと別れて教室に向かっている途中で、見たことがない令嬢に声をかけられた。
大きな学園なので、今だに顔を知らない生徒がいてもおかしくはないので不思議に思わなかった。
「どうされました?」
「シャトルーズ子爵令嬢が体調が悪いのか蹲まられておりまして、男性と触れ合うのはダメかと思って何人かの女生徒に声をかけたんですが断られてしまいまして……」
周りを見渡すが、肝心のレネットの姿は見当たらない。
「お手伝いしますが、シャトルーズ子爵令嬢はどこにいらっしゃるんですか?」
「こっちです。色んな方に声をかけていたら、いつの間に進んでしまいまして」
慌てた様子で足早に歩きはじめられ、アイビーは後を追った。
どこまで行くんだろうと思いながら角を曲がった時、突然横から羽交締めにされ、口にハンカチを押し付けられた。
「叫ばないでよ」
——あ、ダメ……
急激に意識が遠のいていき、最後に浮かんだのはそんな言葉だった。
金曜日はラシャン視点の1話のみの投稿になります。
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