63 .目的はなに?
放課後、馬車の前で待ってくれていたラシャンに会うなり、強く抱きしめられた。
「アイビー! 会いたかったよ!」
「お兄様、私もです」
「そういうのはいいから。早く帰るよ」
「お兄様の言う通りですわ。早く帰りましょう」
「私たちの馬車が出ないと邪魔だものね」
「今日のおやつは何でしょうね。楽しみだなぁ」
6人様々な反応をしながらも、レガッタ・ルージュ・イエーナはヴェルディグリ公爵家の馬車に乗り込んでいる。
アイビーは、カディスにラシャンごと背中を押され馬車に押し込まれた。
当のカディスは盛大に息を吐き出してから、続いて馬車の中に入ってきた。
イエーナ・レガッタ・カディス、ルージュ・アイビー・ラシャンの並びで、向かい合わせに腰を下ろす形になった。
「殿下、狭くないですか?」
「全然。それに、公爵家に着く前にシャトルーズの話をするんじゃないの? 僕たちが別々に乗ったら、公爵家でもう1度話すことになって二度手間になるじゃないか」
「だから、僕は馬車の中では、あの子のことは話さないでおこうと思っていましたよ」
「あ、そうなんだ。でも、もう動き出したからいいよね」
しっかりとカディスの隣でレガッタが頷いていて、みんな一緒に馬車に乗っていることが楽しいんだと分かった。
とても満足げな表情のレガッタに笑いが込み上げてくる。
「アイビー、何が面白いの?」
微笑みながら顔を覗き込んできたラシャンに、笑いながら小さく首を横に振る。
「何でもありません。レガッタ様が可愛くて好きだなって思っただけです」
「まぁ! 嬉しいですわ! 私もアイビーが大好きですわよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
ふふっと微笑み合った後、顔を隣に座っているルージュに向ける。
「ルージュ様のことも好きですよ」
「……そう」
ぷいっと顔を背けられたが、ルージュの耳が赤くてアイビーの頬は緩みっぱなしだ。
「アイビー、僕は?」
「お兄様のことも、もちろん大好きです」
「僕はアイビーを愛しているよ」
肩を合わせるようにラシャンに体を寄せられ、アイビーからも体重を預けにいった。
斜め前のカディスから、白けた瞳を向けられている。
「まぁ、いいや。アイビー、そんなどうでもいいことより、シャトルーズから何か言われたりした?」
「お兄様ってば、アイビーに言って欲しいなら自分から言えばよろしいんですわ」
「なに、レガッタ。何の話?」
「アイビーに『好き』と言ってもらえないから話題を変えたのでしょう?」
「違うからね」
「そう拗ねなくてもよろしいですのに」
「レガッタ、本当に違うからね」
言い合いをはじめた2人は放っておくようで、ラシャンが眉尻を下げながら問いかけてきた。
「アイビー、大丈夫だった? シャトルーズが謝罪してくるなんて絶対に何かあるんだよ。僕としては一緒にいてほしくないな」
ラシャンの声に、レガッタとの不毛な争いを止めたカディスが会話に加わってくる。
「僕も何かの策略だと思うよ。遊ぼうとアイビーを誘って、そのまま誘拐するかもしれないからね」
「まぁ! アイビー、絶対に1人でシャトルーズと会ってはいけませんわよ!」
「それを言うならレガッタやルージュがいてもだと思いますよ。殿下やラシャンくらい動ける人がいないと、女の子3人なんて簡単に捕まってしまいます」
「大丈夫ですわ、イエーナ様。私、初級ですが魔術を使えるようになっています。レガッタ様やルージュ様が逃げる時間は稼げます」
「あなた、何を言っているのよ。そういうことを言っているんじゃないって分かっているはずよ」
「そうだよ、アイビー。イエーナは頼りないから当てにできないけど、殿下はそれなりに戦えるし、殿下が傷を負えば逆賊として死刑にできるんだから、何かありそうな時は殿下を盾にするんだよ」
「ラシャンがひどいですー。私ははじめから自分を入れてませんのに」
「イエーナ、違う。今のはイエーナよりも僕の扱いの方が酷かったよ」
「どこがですか? 全部本当のことですよ」
「本当にアイビーのことになるとラシャンは壊れる」
「壊れていませんよ。殿下が戦っている間に、僕がアイビーを安全な場所まで連れて行くんですよ」
カディスが眉間に皺を寄せながらラシャンを睨むが、ラシャンはアイビーの手を取って「大丈夫。絶対に守るからね」と伝えてきた。
みんなは誘拐を危惧してくれているが、アイビーだけは違う考えが頭に浮かんでいる。
「誘拐なんでしょうか? 食堂前で待たれていたので、お目当てはお兄様なのかもと思ったんですが」
繋がれていない方の手を頬に当てて、斜め上を見やった。
——チャイブと仲良くなりたい女の人たちが、よく私を懐柔しようとしてきたんだよね。それと一緒かなぁって思ったんだけどな。レネットさんが私を誘拐する理由はないはずだし。でも、嘘がバレてお友達がいなくなってしまったから、という線も消せていないしな。どうなのかな?
みんながハッとしたようにアイビーに視線を送ってきたので、可愛らしく微笑んでからウインクもしてみた。
2名から冷めた息を吐き出されたが、残り3名から「可愛い」と褒めてもらえたので喜ばしい気持ちでいっぱいだ。
「アイビー、それかもしれない。アイビーといる時間が増えれば、おのずとラシャンといられる時間が増えるからね」
「お昼は王族専用テーブルで、ラシャン様とご飯を食べたかったのね」
「私の予想ですけど、そうかなぁって思うんです」
「きっとそうだよ。アイビーを利用しようとするシャトルーズは本当に許せないけど、アイビーが天才だと分かって誇らしいよ」
「ラシャン、口を挟まないでよ。話が進まない」
「まぁ、お兄様! 私、今ラシャン様と同じ気持ちですわよ」
「もう、レガッタもラシャンの味方をしなくていいよ」
終始何度も脱線する賑やかな会話は、ヴェルディグリ公爵家に到着するまで続いたのだった。
レネットの目的はなんでしょうね。
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