62 .不思議なレネット
学園の休憩時間、レガッタとルージュと楽しく過ごそうとしていたのに、どうしてかレネットが教室に訪ねてきた。
「話したいことがあるの」と言われ、教室の出入り口ではなく廊下の端に寄った。
ドアのところからレガッタが顔を半分出して、こちらを窺っているだろう視線を背中に感じる。
「今までごめんなさい」
思いもよらなかった言葉に目を瞬かせて、首を傾けてしまった。
「ラシャン様に大切にされているあなたが羨ましかったの。だから、ダメだと分かりながら意地悪をしてしまったわ。本当にごめんなさい」
「えっと、あの、どうして謝ってくれるんですか?」
「ダフニ公爵令嬢に真っ直ぐ意見するあなたが眩しくて、なんて言うの、そのすごいなって胸を鷲掴みにされたの。さすがラシャン様の妹だなって。それで、意地悪をするんじゃなくて仲良くなりたいって思ったの」
「えっと、ダフニ公爵令嬢とレネット子爵令嬢はお友達ではないんですか?」
「違うわ。私はただダフニ公爵令嬢に協力してほしいとお願いをされて手を貸しただけで、あんな大掛かりなことをするつもりなんてなかったわ。信じてもらえないかもだけど、あんなことをする時間があるのならラシャン様に会えるように頑張りたかったわ」
しゅんと肩を落とし背中を丸めているレネットは、反省しているように見える。
「分かりました。謝罪を受け入れます」
「ありがとう! 本当に今までごめんなさい」
「私への謝罪はもう必要ありませんので、ルージュ様に謝ってください」
「ルージュ公爵令嬢に?」
「はい。ルージュ様がダフニ公爵令嬢を落としたところを見た、と言われたのはレネット子爵令嬢ですよね? もしかして、違いますか?」
「いいえ、私よ。そうよね、あの嘘に協力したせいで迷惑をかけてしまったものね。でも、アイビー。どうして私が言ったって知っているの? その日ラシャン様もだけど、あなたも休んでいたでしょう?」
「ルージュ様に教えてもらったんです」
教えてくれたのはキャンティ会長だが、わざわざレネットが質問してきたので、あえてルージュと嘘をついたのだ。
本当に反省をしているのかもしれないが、どうしてかレネットに対して気持ちが緩まないのだ。
「そうなのね。あの場にいたルージュ公爵令嬢なら私を見ているものね」
早速謝ってもらおうと教室を振り返ると、レガッタだけではなくルージュも出入り口から顔を半分出してこちらを見ていた。
心配をしてくれる2人に嬉しくなって小さく笑い、2人を手招きした。
顔を見合わせたレガッタとルージュは、不思議そうにしながら足早で側まで来てくれる。
「レネット子爵令嬢がルージュ様に謝りたいそうです」
「まぁ!」
レガッタは手で口を隠しながら驚いているが、ルージュは訝しげな視線をレネットに投げた。
レネットは、アイビーに謝った時同様に身を縮めている。
「本当に申し訳ありませんでした。嘘の証言をすれば、公爵家の催しに招待してくれ、ラシャン様との接点を作ってくれると言われたんです。どうしてもラシャン様にお会いしたくて協力をしてしまいました。馬鹿なことをしたと反省しています。本当にすみませんでした」
頭を下げるレネットに、ルージュは「そう」と小さく溢した。
「理由は分かったわ。だから、この件はもういいわ」
「ありがとうございます! アイビーとは友達になりましたので、これから一緒に過ごすこともあると思いますが、よろしくお願いします!」
「「え?」」
アイビーとレガッタの声が見事にダブったが、レネットには聞こえなかったのか、はたまた聞こえないフリなのか分からないが、元気な笑顔を向けてきた。
「アイビー、これからよろしくね」
目を点にしている間に、レネットは手を振りながら去っていった。
呆然と後ろ姿を見送っていると、ルージュに声をかけられる。
「あなた、あんなのと友達になったの?」
「なっていません。謝罪を受け入れただけです」
「でも、シャトルーズははっきりと友達と言いましたわよ」
「言われていましたね。それに、これから一緒に過ごすことがあるとは何でしょうか?」
「お茶会に呼んでほしいってことでしょ」
「お茶会ですか? 私、開催したことありませんよ」
「した時に呼べばいいのよ」
「後は、誕生日パーティーの時とかも招待すればよろしいんですわ」
「うーん……でも、お父様もお兄様もシャトルーズ子爵家に招待状を出すことを反対されると思うんです」
「そうでしたわね。家同士の問題がありますから難しいですわね」
「はい、私には決められそうにありませんので、お昼休みにでもお兄様に話してみます」
なんて、3人で予想していたが、レネットの行動はアイビーたちの想像を遥かに超えてきた。
お昼休みになり食堂に行くと、入り口でレネットが待ち構えていたのだ。
「どうされました?」
「どうって? クラスが違うから一緒に過ごせるのってお昼くらいでしょ。だから、一緒に食べようと思ったの」
「えっと、いつも食べているお兄様たちの許可がないと難しいので、明日でも構いませんか?」
「友達になったのに輪に加えてくれないの?」
泣き出しそうな顔で俯かれて、頬に指を当てて首を傾げる。
早く行かないとラシャンが心配をするし、食堂の入り口で立ち止まっていたら邪魔になるし注目を浴びてしまう。
「ですから、今日は無理なので明日はいかがでしょうかと尋ねているんです。今日じゃないとダメでしょうか?」
「今日も一緒にとりたいと思ったの」
「うーん……分かりました。それでは、マーリー様たちの席に加えていただきましょう」
レネットが丸くした目で勢いよく見てきたから、アイビーは可愛らしく微笑んだ。
「今から空いている席を探すのは難しいでしょうから、マーリー様たちの席なら2席空いていないかなぁと思ったんです」
アイビーは、いまだ固まっているレネットから、レガッタとルージュに顔を向けた。
レガッタは頬を膨らませていて、ルージュは冷めた瞳をしている。
「私はアイビーと一緒に食べますわ。きっと3席ありますわ」
「じゃあ、私が殿下とラシャン様に伝えておくわ。怒られそうだけど」
「ルージュ様、ごめんなさい。お兄様には放課後説明をすると伝えてください」
小さく頷いてくれたルージュも一緒に昼食を受け取り、ルージュとだけ別れてマーリーたちがいる席に向かった。
マーリーに驚いたように見られたが快く了承してもらえ、マーリーは3席用意してくれた。
レガッタがいることにみんな恐縮している様子だったが、その中にあるレネットへの冷ややかな態度に「今までのお友達と仲違いしてしまったから、顔見知りの私を誘ったのかな?」と考えていた。




