58 .ヤキモチ
今、9月後半にある陛下の誕生日に向けて、陛下の肖像画を描くために王城に通っている。
父のクロームにカディスの絵を持っていってもらったのだが、陛下がいたく気に入ってくれ、自身の絵を誕生日にプレゼントしてほしいとお願いされたのだ。
大好きな絵を欲しがってくれることが嬉しくて、聞いた時はクロームに飛び跳ねるように抱きついたほどだ。
もちろんクロームはデロデロに顔を溶かしていた。
ちなみに、カディスの絵は回廊に飾られることになったらしく、その話をカディスに振ったら遠い目をされた。
「アイビー、今日もよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
学園の送り迎えにはいないチャイブだが、アイビーを1人で王城に行かせられないと、学園に迎えに来てくれ一緒に登城している。
今もアイビーの斜め後ろで頭を下げた後、絵を描く準備をしてくれている。
陛下は「時間なら作るから大丈夫だ」と言ってくれたが、陛下は忙しく、学園に通っているアイビーと何日も合わせるのは難しかった。
それならばと、執務室にお邪魔をして動く陛下を見ながら描くことになったのだ。
アイビーが耳に入れてはいけない話の時は席を外すことになっているため、執務室の近くに休憩室を用意してくれている。
アイビーが描き始めようとした時、ドアがノックされた。
「今日もか」とおかしそうに笑う陛下はもちろんだが、アイビーも誰が訪ねてきたか分かっている。
「父上、失礼します」
アイビーのお茶を準備してくれていた侍女がドアを開けると、カディスとフィルンが入ってきた。
カディスはソファに腰を下ろし、フィルンは持っていた勉強道具をソファ前のローテーブルに置いている。
「お前は、もう許可も取らないのか?」
「取っても取らなくても許してくださるんですから、取る必要ありませんよね?」
「はぁ、可愛くない。どうしてレガッタのように素直にお願いをしてくれないのか」
「そのレガッタですが、今日から来るそうですよ」
「……バレたのか?」
「僕ではなく、素直で可愛いレガッタが来てくれると嬉しいんでしょう?」
「本当に、お前という奴は……」
陛下の深いため息に、アイビーは心の中で同意しながら「カディス様の思春期の闇は深いのね」と思っていた。
程なくして足取り軽く現れたレガッタは、「お父様、私もここでお勉強をさせてくださいまし。お父様と同じ空間にいたいのですわ」と可愛らしくお願いをしていた。
陛下は目元を緩ませて了承していたが、「静かにするようにな」と注意もしていた。
アイビーは知らなかったというか、考えたこともなかったのだが、カディスとレガッタは王族としての勉強を詰め込まれているそうだ。
特に後継者のカディスの勉強量は多く、毎日毎日細かい字で書かれている何かを読んでは、紙に纏めている。
昼食時に尋ねてみると、今は過去に起こった被害の対策法をカディスなりに立てて、その施策が有効かどうかを先生と論じているらしい。
難しいことをしているんだなと、とりあえず笑顔で頷いておいた。
レガッタが加わった執務室では、時々レガッタがカディスに話しかけ、「レガッタ、静かに」と注意されるという時間が過ぎていく。
アイビーは、ただただ静かに絵を描き続ける。
アイビーは、毎日2〜3時間ほど描いたら帰宅することになっている。
そうしないと夕食に間に合わないので家族が拗ねてしまうし、頑張りすぎはよくないと心配されるからだ。
今日も時間になるとチャイブが声をかけてくれ、陛下と別れの挨拶をして執務室を後にしようとした。
「あの、ヴェルディグリ公爵令嬢……」
呼び止めてきたのは、初日の顔合わせで自己紹介をして以降、話したことがないスクワル・プルシアン侯爵だった。
陛下の側近で、毎日陛下と一緒に執務室で書類仕事をしている。
「はい、なんでしょうか?」
「あの、こ、これを……」
近くまでやってきたスクワルに差し出されたのは、小さな箱だった。
首を傾げながら受け取ろうとしたが、横から誰かにサッと取られた。
視線を滑らせると、不機嫌な面持ちで箱を眺めているカディスがいた。
「スクワル殿、僕の婚約者に何を贈ろうとしているんですか? 僕の許可を取ってください」
アイビーは、瞬かせそうになった瞼は必死に止めた。
いつもより口角を上げて顔に力を入れる。
「あ、いや、殿下、失礼いたしました。ただ、それを見かけた時にヴェルディグリ公爵令嬢の顔が浮かびまして、ぜひプレゼントをしたいと思ったのです」
「僕の婚約者は可愛いですからね。全部似合ってしまうから、僕も何かと贈りたくなるんです」
「まぁ! お兄様ってば、本当にアイビーが好きなんですから。動物にもヤキモチを妬いていましたし、スクワル様にも妬かれるなんて、心が狭いですわ」
「レガッタ、うるさいよ」
陛下は愉快だと言わんばかりに笑いながら側に来て、カディスの手から取ったプレゼントをチャイブに渡した。
「カディスや。心が狭すぎると鬱陶しがられるからな。丁度いいところを勉強しないとな」
「そこまでではありませんので、今のままで大丈夫です」
「だったらいいが、私は可愛いアイビーが娘になるのを楽しみにしているんだからな。振られるなよ」
「分かっています。それに、アイビーも僕を好きなんですから問題ありません」
「ね?」と笑顔を向けられて、愛らしく微笑んだ。
さっきと変わらず、陛下は楽しそうに笑っている。
「馬車まで送ってきます」
カディスに手を差し出されたので、迷わず手を重ねると、すぐに部屋から出ようとされた。
慌てて斜め後ろを見ながら、スクワルにお礼を伝える。
「プレゼントありがとうございました。後で開けさせていただきます」
小さくお辞儀をすると、スクワルは幸せそうに微笑み返してくれたのだが、その姿はすぐに見えなくなった。
なぜなら、スクワルがというか、部屋の中が見えなくなるように、カディスに廊下に引っ張り出されたからだ。
「カディス様、一体どうされたんですか?」
「ただのヤキモチだよ。って、そんなに疑わしそうに見ないでよ」
——だって、ヤキモチなんて妬くはずないって分かるんだもん。仕方がないよね。
「すみません。でも、あの箱に何かあるんですか?」
箱を持って後ろを歩いているチャイブが見えるわけではないが、視線を動かしてしまう。
「んー、別に。ただスクワル殿って、ティール公爵夫人に惚れていた1人らしいんだよね。だから、念のためってやつだよ」
「そうなんですね。お母様は、本当に色んな方を虜にしていたんですね」
「虜って……まぁ、いいや。だから、スクワル殿には気をつけた方がいいよ」
「気をつけるようにしますが、チャイブがいるので大丈夫ですよ」
「そう、僕は注意したからね」
「はい、ありがとうございます」
呆れたように息を吐き出されたが、チャイブがいれば安心なのは本当なので笑顔を返した。
カディスには少し顔を顰められたので、可愛らしく小首を傾げてもみた。
今度は視線を逸らされたので、笑顔のままカディスの視界に入るよう視線を追ってみると、カディスとぶつかってしまった。
「あぶなっ」
「今のはカディス様が悪いです」
「どこが」
ポンポンとしていたやり取りが途切れ、1拍おいて笑い合う。
チャイブに近い自然体で接せられるカディスは、遠慮せずに話せる友達感覚で、毎日に楽しさを運んできてくれる。
ラシャンやレガッタたちの前で猫を被っているつもりはないが、やっぱりカディスとはどこか違うのだ。
カディスも同じように感じてくれていたらいいなと、笑っているカディスを見て思っていた。
ちなみに、スクワルがプレゼントしてくれたのは、サテン生地で作られたバラが付いているリボン式のブレスレットだった。
チャイブに「1度だけつけて差し上げたら満足されるでしょうから、明日1回だけつけてあげてください」と言われたので、その通りにしている。
瞳を潤ませて喜ぶスクワルを、カディスは怪訝な顔で見ていたが、そこまで喜んでくれるならつけてよかったとアイビーは微笑んだのだった。
本日は1話のみの更新になります。
(金曜日は2話更新します)
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