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57 .エーリカからの手紙

甘いケーキを食べた帰り道、カディスから「可能なら週1で出かけるようにしよう」と提案され、アイビーは大きく頷いた。

公爵家でお茶するのも楽しいが、行ったことがないお店、見たこともない物、食べたことのない物はそれだけで胸が踊る。

新しい発見ができることも、好きな物が増えることも嬉しい。

断る理由なんて何一つなかった。


家に帰ると、チャイブから「今後は当日に決まる予定には頷かないこと」とお叱りを受けた。

「外出する時は、必ずチャイブを伴ってください」とシュヴァイからもお願いされてしまった。

しかも、『予定はチャイブと決める。破ったら1ヶ月外出禁止』という誓約書まで書かされた。


頬を膨らませて拗ねてみたが、ラシャンに「僕がしっかりしていればアイビーが怒られることはなかったのにね。ごめんね」と謝れたため、ラシャンを悲しませないように機嫌を治した。


ちなみに、カディスが次にヴェルディグリ公爵家に来た際に、チャイブがカディスを注意するそうだ。

チャイブが「徹底的に分からせてやる」と呟いていたので、その日は絶対にレガッタと離れていようと心に決めたのだった。


「夕食前に終わらせてくださいよ」


そう言ってチャイブが持ってきたのは、3通の手紙だった。

受け取り送り主を見やると、キャンティ会長、バイオレット・メイフェイア、そしてエーリカ・フォンダントからだった。


「これ、私宛なの?」


エーリカからの手紙をチャイブに向けて掲げる。


「そうですよ。宛先はきちんとアイビーお嬢様の名前でしょう」


「うん……そうだけど……」


会ったこともないのだから、エーリカが嫌いとかじゃない。

でも、どうしてもモヤモヤしてしまう。

読みたくないと思ってしまう。

だから、手に持っていたエーリカの手紙を置いて、キャンティ会長からの手紙を開けた。


チャイブの視線が何か言いたげに感じたが、そこは気づかないふりをして、手紙に目を通しはじめる。


「よかったー。みんな、テディベア喜んでくれたんだって」


キャンティ会長からは、テディベアのお礼と、まだ手元にあるテディベアは今後加入者があった場合にあげてもいいかの確認の手紙だった。

もちろん自由に使っていいと返事をしようと思っている。


後、先日食堂でラシャンのファンと声を上げた女生徒のことが書かれていた。

名前はマルーン・シノワズリ男爵令嬢。

数年前にお金で爵位を買った商家の家らしく、貴族たちからあまり相手にされていない令嬢だそうだ。

マルーン・シノワズリ男爵令嬢は友人が少ないらしく性格を調べられなかったが、ラシャンへの熱は本物で少し危険なくらいだから関わらない方がいいと綴られていた。

信じられないくらいラシャンを尾行していて、ラシャンのゴミを拾っているとのこと。


読んでいたアイビーは瞳を瞬かせて、チャイブに視線を投げた。


「これ、お兄様にも伝えた方がいいよね?」


「どちらでもいいですよ。執事長には伝えておきましたから」


「うーん、知りたくないかもだけど話しておく。知っていた方がいいような気がするの」


「ご自由に」と言われたので、小さく頷いた。

キャンティ会長の手紙を横に置き、ルアンが淹れてくれたお茶で喉を潤してからバイオレット・メイフェイアの手紙を手に取る。


バイオレットの手紙には、いつもより手紙を書くのが遅くなってしまった理由が記されていた。

ラシャンから聞いていたムスタヨケルの街を守ったことと、その事後処理が大変だったということが記載されている。

そして、アイビーがした質問の答えが書かれていた。


「冷たそうに見えるけど本当は優しい人が好み、か。じゃあ、どうしてお兄様なのかな? お兄様は綺麗なだけで、冷たそうには見えないけどなぁ」


「そう思われているのはお嬢様だけだと思いますよ」


「そうなの?」


チャイブにしっかりと頷かれたが、やっぱり分からなくて首を傾げた。

答えの後に続いている「アイビー様の好みはカディス殿下ですか?」の文字の先も読み進めていく。


「ん? 懐かしいと感じられるだろう食べ物をお送りしましたので、ぜひお楽しみください?」


アイビーが手紙から顔を上げると、チャイブに首を横に振られた。


「調べ終わってからでもダメなの?」


「どこに毒を入れられているか分かりませんからね」


「そっか。じゃあ、懐かしいって感じる食べ物ってどんな食べ物だったの? 感想書かなくちゃいけないし、教えて」


未知の食べ物に興味が湧き、期待いっぱいに尋ねてしまう。

呆れたように肩をすくめられたが、チャイブはきちんと教えてくれた。


「ものすっごく甘くて、私も執事長も勢いよく苦いコーヒーを飲みましたよ。ねっとりとしていて、少しざらついていました。口の中に纏わりつくような感じです。色は焦茶というか、赤が混ざった黒に近いというか……」


「全然想像できない」


「見た目はゼリーみたいでしたよ。本当にただただ甘い食べ物でした」


「今日食べたケーキみたい。本当にね、笑っちゃうほど甘かったんだよ」


「私たちは吐き出しそうでしたよ」


苦い顔をするチャイブが可笑しくて、クスクスと笑う。


「じゃあ、返事は甘すぎたけど懐かしくて嬉しかったですって返そうかな。食べられなかったとは書けないもんね。あ、そうだ。お礼にバイオレットさんにもテディベアって贈っていい?」


「そうですねぇ、メイフェイア公爵家に贈れるような物を1体作ってもらいましょう」


「ありがとう、チャイブ」


柔らかく微笑んでくれるチャイブに、アイビーは嬉しそうな笑みを溢した。


バイオレットの手紙を読み終わり、残すのはエーリカからの手紙のみ。

気が重たくなったとしても読まないわけにはいかないので、お茶を一気に飲み干すことで気合いを入れ、エーリカの手紙に目を通しはじめた。


手紙は突然送ったことへの謝罪から始まり、ラシャンの妹が同じ歳だと聞いたから仲良くなりたいと思ったことが書かれていた。

そして、貴族になったばかりだから不作法があった場合は許してほしいと綴られていた。


一文字一文字丁寧に書かれているが、所々震えているようにも見える。

緊張から震えているのか、ラシャンの家族を怖がっているのか分からないが、とても慎重に書いたということは読み取れた。


「ねぇ、チャイブ。エーリカさんって、もう1人の聖女だよね? どんな人なの?」


「必死に努力されている方だそうですよ」


「バイオレットさんみたいに警戒しなくて大丈夫なの?」


「ラシャン様の婚約者になられる方ですからね。今のところ問題ないと思われます」


「そっか。お兄様は手紙をやり取りして、優しい子だと思うって言ってた」


「まだ分かりませんが、そうかもしれないですね」


エーリカの手紙を見つめて、アイビーは大きく頷いた。


「うん! 私、エーリカさんと友達になる。仲良くなって、お兄様に優しくしてくれる人かどうか探るの」


「好きなようにされて大丈夫ですよ。ただ無茶はしないでくださいね」


「しないわ。本当に手紙のような人なのか観察するだけだもの」


「はいはい」と流すチャイブに頬を膨らましそうだったが、「早くしないと夕食に間に合いませんよ」と告げられ、慌てて返事を書きはじめたのだった。






ほのぼの回はもう少し続きます。


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