54 .マーリーの謝罪
アイビーとダフニがお昼休憩時に話し合いをした後から、たくさんの噂が学園内を駆け巡った。
その中で多かった噂は「全てダフニと友人たちの嘘」だった。
ありがたいことに、ファンクラブの人たちが早々に動いて「アイビーの1週間の行動」を広めてくれたそうだ。
何人いるのかは知らないが、アイビーを見守っている人たちなので学園内でアイビーを拝まない日はないらしく、全員の情報を繋ぎ合わせて検証してくれたアイビーの行動範囲には、ダフニと絡む時間がないことが分かったのだ。
当然、噂は加速し、ルージュの話題にも触れられる。
1ーAのみんなも、散々「ルージュ公爵令嬢ってどういう子?」と聞かれたらしい。
ルージュはどこか申し訳なさそうにしていたが、みんなは「本当のことを言うだけだから気にしないで」と笑っていた。
なんでも、「怖くないよ。いつもレガッタ殿下とアイビー公爵令嬢と楽しそうにしているよ」と答えているそうだ。
それと、お茶会やパーティーでのルージュの姿は「静かだから近寄りがたいだけで、何かをされたことはない」というものが出回り、今までの印象をガラリと変えることになった。
ちなみに、ダフニは数日休んだが、周りの視線を物ともせず元気に登校しているらしい。強者である。
ルージュとダフニの仲がどうなったのかは聞けていない。
ただ「喚き散らしていて最悪よ」と、ルージュは溢していた。
ダフニからの謝罪はないままだが、周りの認識を変えることができたので、話し合いは大成功だったと思っている。
そんな中迎えた休日の朝早くに、マーリーからアイビー宛に手紙が届いた。
手紙には「今日会って話がしたい」という旨が綴られており、特にマーリーに嫌な印象がないため「ぜひお茶をしましょう」と返している。
そして、同席すると騒ぐラシャンを遊びに来たカディスに託し、同じく「帰りませんわ」とアイビーに抱きついてくるレガッタと共にマーリーを出迎えた。
「レガッタ様が突然遊びに来られまして……事前にお伝えできず申し訳ございません……」
「まぁ! アイビー、私が遊びに来るのは毎週のことですわよ。ひどいですわ」
「休日ですし、イエーナ様と遊びに行かれると思ったんです」
「イエーナは勉強を詰め込むようになったらしく忙しいんですのよ。でも、夕食を一緒に食べる約束をしていますわ」
「休みの日まで勉強されるなんて勤勉ですね。頭が痛くなりそうです」
「私も同じ気持ちですわ。しかし、午前中は詰め込まれますから、午後は遊びたいんですの」
「レガッタ様も十分すごいですよ。午前中だけでも嫌です」
「アイビーはされませんの?」
「はい、休日はのんびり過ごすと決めているんです」
「羨ましいですわ」
などと、出迎えの場でレガッタと盛り上がってしまい、マーリーの目を点にさせてしまった。
でも、緊張していると分かるほど強張らせていた顔を解すことができたようで、小さく笑ったマーリーにアイビーとレガッタもつられるように笑ったのだった。
お気に入りの温室に到着し、着席する前にマーリーが深々と頭を下げてきた。
「この度は本当に申し訳ございませんでした」
「え? 何がでしょうか?」
「私は片方の話しか聞かず、ヴェルディグリ公爵令嬢が悪いと決めつけ、失礼な態度を取ってしまいました。深く反省しております。誠に申し訳ございませんでした」
「はい、分かりました。謝罪を受け入れます。ですので、もう顔を上げてください」
アイビーはしゃがんで、腰を折っているマーリーを覗き込んだ。
顔を伸ばしたマーリーだったが、おかしそうに小さく笑い出し、穏やかになった面持ちを上げている。
「可愛らしいと思いますが、淑女としては減点されますよ」
「ここにはレガッタ様とマーリー侯爵令嬢しかいらっしゃらないので大丈夫です」
朗らかに笑ったマーリーは、チャイブが引いた椅子に腰掛けた。
アイビーも椅子に座り、ルアンが配ってくれるお茶の匂いを楽しむ。
「まぁ! フラワーフルですわ! いつも嬉しいですわ!」
「レガッタ殿下、カディス殿下には秘密でお願いいたします。もうありませんので、バレると怒られてしまいます」
「分かりましたわ。お兄様には絶対言いませんわ」
歓喜の声を上げていたのに、チャイブが小声で諭すように言うものだからレガッタも囁くように話している。
マーリーは、その会話を聞いてから、目の前に置かれているフラワーフルを興味深げに見ている。
「マーリー様、これ美味しいんですよ。食べてみてください」
「はい。いただきます」
上品に切った小さな一口を食べたマーリーは顔を輝かせた。
大人びた雰囲気のマーリーが初めて年相応に見えて、アイビーとレガッタは瞳を合わせて微笑み合った。
フラワーフルがどう珍しいかの会話をマーリーと済ませたところで、マーリーが表情を引き締めた。
何か大事な話をしに来たんだと察し、アイビーもレガッタも姿勢を正す。
「今回、私の不甲斐なさを痛感し、信じられる友人2人に手伝ってもらい、私自身で1から調べ直しました。もちろんヴェルディグリ公爵令嬢が虐めている場面を見たと言う子たちとも話し合いました。彼女たちの証言が本当か嘘かによって真実は変わってきてしまいますから」
辛そうに視線を落とすマーリーを、真っ直ぐに見つめる。
「狼狽えるだけで中々口を割ってもらえませんでしたが、あの子たち以外目撃者がいないこと、ヴェルディグリ公爵令嬢の行動に空白の時間がないことを真摯に伝えると、ようやく話してくれました。皆、ダフニさんからボロボロになった持ち物を見せられ、ヴェルディグリ公爵令嬢にされたことだと涙ながらに語られたそうです。『相手はカディス殿下の婚約者だから飽きてもらうのを待つしかなくて辛い』という言葉に同情をし、見たという証言をでっち上げたそうです」
「騙されたのは可哀想だと思いますわ。でも、だからといって嘘をついていい理由にはなりませんわよ」
「レガッタ殿下の仰られる通りです。ただあの子たちが嘘をついたのは、私が原因のようなのです」




