52 .いつでしょうか?
「カディス様、少し黙っていてください」
「どうして?」
「論点がズレてしまうからです」
肩をすくめられたがカディスに「分かったよ」と了承をもらい、アイビーは改めて愛らしく微笑みながらダフニを見やった。
「パーティーの件は言った言わないの水掛け論になってしまいますので、一旦置いておきましょう。他には何かありますか?」
泣いているダフニは何も言おうとしない。
マーリーが心配そうにダフニを見ている中、マーリーの軍団の1人が手を上げた。
いつもマーリーの横を陣取っている令嬢だ。
「ダフニさんが可哀想で見ていられません。殿下がヴェルディグリ公爵令嬢を庇われるなら、怖くて何も言えなくなります」
アイビーがカディスを睨むと、カディスは眉間に皺を寄せた。
「だから、お兄様たちには遠慮してもらったのに」「僕は悪くないでしょ」と視線だけで自分の言いたいことだけを伝え合っている。
アイビーが更に頬を膨らませて抗議すると、カディスは諦めたように息を吐き出して首を緩く左右に振った。
「大変申し訳ございませんでした。私は1人で行くと申したんですが、カディス様が『1人では行かせられない』と我が儘を言われまして」
頬に手をあて、困ったように眉尻を下げる。
「でも、もう大丈夫ですわ。何も仰られないと約束してくださいましたから。ですので、できましたら、私がしたという虐めについて教えてほしいんです」
「はぁ、分かりました」
呆れたように溢されたが、さっきまであった敵意は引っ込めてくれたようなので、この令嬢も特にダフニの協力者ではないのだろう。
「私が聞いた話になりますが、ヴェルディグリ公爵令嬢は度々ダフニさんにカディス殿下に近づくなと牽制されているそうですね」
「私がダフニ公爵令嬢にですか? する理由がありませんよね?」
「私に尋ねられても困ります。そう聞いただけですから。ただ『精霊魔法を羨んで』という理由をよく耳にしましたから、それが理由ではないのですか?」
アイビーは頬に指をあて、考えるように視線を落とした。
「うーん……私、精霊魔法は素晴らしいと思っていますが、羨ましいと思っていないんですよね。精霊魔法の有無でカディス様の婚約者が決まるわけではありませんし、カディス様と仲良くさせていただいていますのでカディス様の心変わりを心配することもないんですよね。それに、ダフニ公爵令嬢とはほとんど話したことがありませんの。ですので、教えてほしいんです。私はいつダフニ公爵令嬢とお話ししたんでしょうか?」
一見病気を疑うようなとんちんかんな言葉だが、いつも注目を浴びているアイビーの言葉となれば話は変わってくる。
だって、周りは「2人が話しているのを見たことあるか?」と囁き合っているのだから。
「あ、会えば言われるので、いつというのは難しいです」
声を若干硬くしたダフニに返された。
簡単には引き下がらないと思っていたが、本当にとことん話し合わないといけないようだ。
「会えばと仰いますが、教室は違いますし、廊下ではすれ違いませんよね? 会う場所がありませんよ。どこで私はダフニさんに言えるんですか?」
「すれ違ったりした時もありますし、放課後帰宅前に出会った時とかです。その後に『大丈夫でしたか?』と声をかけてくれる方もいらっしゃいました」
ダフニがチラッとレネットを見たが、レネットは瞳を逸らした。
とても分かりやすく逸らしたから、何人かは気づいただろう。
ダフニを見守っていたマーリーの体は、かすかに揺れていた。
「わ、わたし、目撃したことがあります」
マーリーの軍団の1人が、意を決したように声を上げた。
真剣な面持ちで告げてくる。
「放課後ですが、馬車を待っている時に人気がないところから声が聞こえて確かめに行きました。そこではヴェルディグリ公爵令嬢がダフニ公爵令嬢に怖い顔で迫っていました。ダフニ公爵令嬢は青い顔で震えて泣いていました。怖くて助けられませんでしたが、間違いなくお2人でした」
この声を皮切りに数人、「私も見たことがあります」と言い出した。
アイビーは2回顔を縦に動かし「なるほど」と呟いてから、柔らかい笑みを浮かべる。
「自分の行動を疑問に思うのは変だと分かっているんですが、謎なので聞いていただけますか?」
アイビーの邪気のない眼差しに、誰もがつい頷いてしまう。
「ありがとうございます。私、家族から1人で移動をしないようにと言われているんです。ですので、必ずレガッタ様と一緒に行動をしています。何より、お兄様が1秒でも長く一緒にいたいと仰ってくださるので、すぐに馬車まで行くようにしているんです。御者も分かっているのか、待たずに帰られるよう必ず我が家の馬車が先頭にいますしね。皇室の馬車と並んで待機している光景は、皆様もご存知だと思うんです。それなのに、そんな言わなくてもいいことを話すために、ダフニ公爵令嬢を人気のない場所に連れて行ったりしません」
「で、でも、私は、お2人の姿を見たんです」
「レガッタ様はいらっしゃらなかったんですよね?」
「……はい」
声が小さくなる令嬢が気の毒のように感じなくもないが、嘘で誰かを陥れようとする子を庇ってあげようとは思わない。
「本当におかしな話ですよね。少しでも遅かったらお兄様が大声で私を探してくださるはずですが、誰もそんな光景を見たことがないと思うんですよ。でも、ここでお兄様やレガッタ様に証言をとお願いをしても、私と仲がいいですから共謀していると言われるかもしれませんしね。お兄様やレガッタ様にまで有りもしない虐めを背負わせることはできませんし、本当にどうしたらいいのか分かりませんね」
ラシャンもアイビー並みに注目をされているので、みんなラシャンがどれだけアイビーを溺愛しているのか知っている。
だから、アイビーの言葉はすんなりと入ってくる。
となると、同じように疑問を抱き、さっきよりも「おかしくない?」という囁き声が多くなっていく。




