51 .ダフニの主張
ポロポロと涙を流すダフニに、アイビーは拍手を送りたい気持ちになったが、何かを察したらしいカディスに「アイビー」と声をかけられたので笑顔を返した。
今止められていなかったら、普通に「すごい」と溢していたかもしれない。
「こんなに怖がっているんです。話し合いなんて無理ですわ」
ダフニを支えながら移動しようとするレネットに、わざとらしく首を傾げる。
「お待ちください。私には本当に、そこまで怖がられる理由が分からないんです。私はダフニ公爵令嬢を虐めたことはありませんし、もし何かしてしまっているのなら謝りたいんです」
ここでの話し合いを回避したいだろうダフニが立ち去る前に、少し早口で伝えた。
「それに、ここではたくさんの方がいらっしゃいますから、私が物理的に何かしようものならカディス様はもちろん周りの方が止めてくださいます。きつい言葉を投げるようでしたら、マーリー侯爵令嬢が止めてくださいます。この場以上に話し合いの場に適した場所はないと思いますが。それか、皆様の前だと都合が悪いことがあるんですか?」
周りの騒めきが、ダフニとレネットの移動を止めてくれた。
アイビーがここまで言っているのに、立ち去れば「都合が悪いことがある」と認めてしまうようなものだからだ。
アイビーがダフニを真っ直ぐ見つめていると、マーリーがダフニの横までやってきた。
そして、ダフニの手をとっている。
「ダフニさん、私が側にいますわ。ですので、今後何もされないためにもきちんと話し合いをして、アイビー公爵令嬢に謝っていただきましょう」
——うんうん、マーリーさんならそう言うんじゃないかなって思ってた。1度私に突撃してきた時も、本気で虐めをなくしてあげたいって感じだったから。それに、ダフニさんが何を言っているのかも代弁してくれるかもだしね。やっぱり正義感が強い人なんじゃないかな?
「……マーリー様、で、でも」
「大丈夫です。あなたは何も悪くないのですから」
「はい、頑張ります」
唇を引き結んでマーリーを見つめるダフニを眺めながら、「どうしてそんなに強気で嘘を言えるんだろう?」と不思議に思った。
——バレる心配がないってことなのかな? ルージュ様の件も、結局ルージュ様が悪いままなのは目撃者がいたからよね。ルージュ様が弁明しなかったって理由もあるんだろうけど。ということは、私がしたという虐めにも目撃者がいるのかな?
大袈裟に深呼吸をして、頑張っています感を出しながら睨んでくるダフニに、柔らかく微笑んだ。
同年代の女の子を怖いと感じていたのは5歳くらいまでだった。
全身全霊を使って激しく感情をぶつけられることが苦手だったのだが、チャイブに「あれも立派な武器なんだよ、こっちを見てほしいっていうな。怖いと思うのなら、あれに負けない武器を持てばいいんだ。というか、すでにお前には笑顔っていう負けない武器があるだろ。最高で最強の武器だと思うぞ」と言われてからは、自分の笑顔が負けることはないと思って怖くなくなった。
実際、臆せずにニコニコしていれば、喚くのは無駄と思うのか、みんな静かになった。
剣術や体術の訓練も欠かさなかったので、どう転んでも女の子相手に負けないと自負しているのだ。
「話し合いに応じてくださって、ありがとうございます。では、教えてください。私は何をしてしまったんでしょうか?」
「ル、ルージュ様と一緒になって私を虐めました」
「どのようなことをしたんでしょうか? 本当に思い当たることがないんです」
笑顔を絶やさず堂々と尋ねると、ダフニではなく周りが「おや?」と首を傾げている。
アイビーが本当はやっていないのかもと思っているのか、はたまた、シラを切り続けるような子なの? と訝しげにしているのかは分からないが、アイビーを非難しているような視線は感じない。
「ま、まず、レガッタ殿下の誕生日パーティーで、私に『あなたのような者がくる場所じゃない』と言いました」
「言っていません。あの時、ダフニ公爵令嬢は『ルージュ様がどんな風に虐めてくるか』をお話しされて、『もしかして私がルージュ様に命令しているんじゃ』と言い出されただけですよね? もちろん私は友達であるルージュ様に、そのようなことをお願いしていませんから否定しています。そうしたら泣きながら去られたので、私には意味不明でした」
「なっ! 違います! 私のことを『マナーがなっていないのは生まれが浅ましいから』って散々馬鹿にして笑ったじゃないですか!」
「していません。レガッタ様の大切な誕生日パーティーで騒ぎを起こしたくありませんもの。そんな幼稚なことしませんわ」
「あなたに虐められなければ泣いたりしませんでした!」
斜め上から大きなため息が聞こえた。
カディスを見上げると、嫌悪感丸出しの瞳をダフニに向けていた。
「その会話を聞いていた証人はいるの?」
「ルージュ様がいらっしゃいますが、共謀していると言われたらそれまでです」
「じゃあ、この話は平行線だね」
「しかし殿下、ダフニさんが泣いていたことは数人目撃者がいます」
凛とした声で抗議してきたのはマーリーだ。
ダフニを信じて疑わない瞳には、強い意志が宿っている。
「え? あの大人数のパーティーでたった数人しか見ていないの? 僕、そっちの方がおかしいと思うんだけど」
「いえ、走り去った姿は大勢見ていまして、泣いている姿は休憩室にいた者しか見ていないということです」
「会場を走り去ったの? マナーがなっていないって言われても間違っていないじゃない」
マーリーは、言葉を詰まらせて苦い顔をした。
ハラハラ泣いているダフニは、さっきよりも鼻をすする音を大きくしている。
次話は来週金曜日の投稿になります。
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