50 .アイビーの計画
長い夏の休みが明け、後期初日は始業式のみで解散になる。
例のごとく時間があればヴェルディグリ公爵家に遊びにくるカディス・レガッタと、レガッタが来る時だけ来てくれるルージュと、新たにイエーナを加えて、ヴェルディグリ公爵家で昼食をとることになった。
ルージュにイエーナの説明をすると、ルージュは「本当に殿方って頭が悪いのね」って呆れていた。
イエーナは、「ルージュの嫌味は久々だと堪えますね」と顔を萎めていた。
昼食後には、今日の始業式でも噂されていたダフニの虐めの件を話し合い、アイビーが「こうしようと思っています」と意見を出した。
勝ち気に「やりますわよ」と同意してくれる女の子たちに比べ、男の子たちは3人とも渋い顔をしていた。
だが、意気込んでいるアイビーたちを止めることは叶わず、「僕たちの前でだからね!」と渋々了承をしてくれた。
「行きます!」
そう、アイビーが立てたその計画を、今まさに実行しようとしている。
「アイビー、大丈夫? 僕、心配だよ」
「大丈夫ですよ。ただ皆さんの前でダフニさんとお話しするだけですから」
アイビーがやろうとしていることは、昼休憩で生徒たちが食堂に集まっている中、マーリーがいる目の前でダフニと話をすることだ。
「そうだよ、ラシャン。僕が一緒に行くんだから何も起こらないよ」
「殿下。もしアイビーに擦り傷1つでもついたら、殿下を刺しますからね」
カディスの両肩を掴まえて、唸るように言うラシャンの顔はおどろおどろしい。
カディスは頬を引き攣らせながら「あ、ああ、任せて」と言って、肩からラシャンの手を無理矢理外していた。
ラシャンとレガッタは「一緒に話し合う」と協力を申し出てくれたが、相手は「虐められている」と豪語している令嬢だ。
ぞろぞろと会いに行けば、それだけで「従わせようとしている」やら「抑えつけられている」と騒ぐかもしれない。
だから、本当は1人で乗り込みたかったが誰からも許しが出ず、それならばと1番興味がなさそうなカディスと一緒に行くことにしたのだ。
「アイビー、さっさと終わらせよう」
「はい。ルージュ様の株を上げにいきましょう」
「は? あなた、何を言っているの?」
キョトンとするルージュに、アイビーはいたずらっ子のように微笑んだ。
「私の噂が嘘だと証明されたら、ルージュ様の噂も嘘だって分かるじゃないですか。というか、実はそっちが本当の目的です。任せてください」
「ちょ、ちょっと!」
ルージュの呼び止める声を背中に聞きながら小さく笑うと、隣を歩いているカディスからわずかに息が吐き出された気がした。
「どうしてダフニに突っかかるのかと思ったら、そういうこと」
「はい。何か機会はないかなぁと窺っていたんですが、前期は私に接触してこられませんでしたから叶わなかったんです。こんなことをする理由がダフニさんにあるんだとしても、誰かが傷つく嘘をでっちあげていいわけではありませんから」
「……誰も傷つかない嘘なんて、ないと思うけどな」
カディスに、ボソッと呟かれた。
アイビーの言葉に返したというより、考えたことを無意識に溢したような雰囲気だったので、アイビーは斜め上を見上げるだけに留めておいた。
アイビーの視線に気づいたカディスからは、とぼけるような笑顔を見せられている。
食堂内を仲睦まじく歩きながら、ダフニたちの姿を探す。
昼休憩途中で食堂内を2人で歩く姿は珍しいので、否応にも注目を集めている。
願ったり叶ったりだ。
ダフニとの話し合いの見届け人は、多ければ多い方がいい。
奥にある日当たりのいい席に、マーリーの団体を見つけた。
ダフニはマーリーの目の前の席にいて、ダフニの隣にはレネットが座っている。
レネットが口を出してくることはないと思うが、今日もたぶんというか絶対に睨まれるだろう。
一行に近づくと、誰よりも早くマーリーに気づかれた。
カディスがいるからか、マーリーは席を立ち、丁寧に頭を下げてきた。
そして、マーリー御一行様が一斉に立ち上がって腰を折ってくる。
ただ、ダフニとレネットだけは少し遅れていた。
「学園だから、かしこまらなくていいよ」
「ありがとうございます」
浅く頭を沈ませてから、マーリーは顔を上げた。
軍隊かと思うほど、ダフニとレネット以外は動作を揃えて姿勢を正している。
綺麗に伸びている背筋に、ここがパーティー会場のような錯覚を起こしそうだった。
「殿下、どのようなご用件でしょうか?」
「用事があるのは僕じゃないよ。僕はただの付き添いだよ」
「そう仰られるということは……」
すっと瞳を鋭くさせるマーリーに見られたので、愛らしく微笑み返した。
「マーリー侯爵令嬢もご存知だと思いますが、とある噂を私は今されておりまして、そのことでダフニ公爵令嬢とぜひともお話をしたいんです」
「もちろん存じていますわ。しかし、お話したいと仰られる意味が分かりません。悲しまれているダフニさんを追い詰めたいのですか?」
「いえいえ、私はどうしてそんな噂をされているのかの真相を、ダフニ公爵令嬢と解明したいだけです。ですので、場所を移動しようなんてしませんよ。ダフニ公爵令嬢の安全を保証するために、今ここで話をしようと思っていますから」
怯えるように手を握りしめて俯くダフニに向かって、柔らかく微笑む。
チラッと見てきたダフニの瞳にはすでに涙が溜まっていて、レネットがすかさず「大丈夫ですよ」とダフニの背中を撫でた。




