48 .チャイブがカディスを推す理由
「いいえ、狙われてはいました」
「は? 本当に不敬罪で牢屋にぶち込むよ」
「そう怒られなくても」
「君は僕の反応で遊びすぎなんだよ!」
「いつからバレていましたか?」
「いつから? さっきからじゃ……え? なに? 僕、何をされてきたの?」
「以後、気をつけますね」
「チャイブ! 答えになってないからね!」
チャイブに楽しそうに声を上げて笑われ、固まってしまった。
チャイブがこんなに純粋に笑えるとは思っていなかったから、意外すぎて思考が止まってしまったのだ。
「ティールお嬢様が見た未来の1つに、殿下ととある少女の婚約があったそうです。お2人はそれはもう幸せそうに笑っていたそうですよ。だから、私は密かに殿下をアイビーお嬢様のお相手に推しているんです」
「推してるとか嘘はいいよ」
「本当ですのに」
「あっそ。僕の相手が誰かなんてどうでもいいよ。だって、今は6つ目の未来なんでしょ。関係ないじゃない」
「それこそ殿下を推せる要素ですね。ティールお嬢様も『カディス殿下とアイビーが幸せになれる道はないのかしら?』と口癖のように仰っていました」
「あー、分かったよ。君が言いたいこと」
「と仰いますと?」
「そのティール公爵夫人の願いを叶えてほしいって言うんでしょ」
「いいえ、違います」
ガクッと脱力したカディスは、ソファに項垂れるように体を預ける。
「じゃあ、なに? 何を言いたくて、重大な秘密を打ち明けられたのか教えてよ」
「私とアイビーお嬢様が生きているのは奇跡に近いのです。そして、私は年齢的にもアイビーお嬢様より長く生きられません。ですので、私が守れなくなったら殿下にアイビーお嬢様を守っていただきたいのです」
「どうして僕なの? ラシャンだっているでしょ」
「ラシャン様はお願いをしなくても守ってくださいますから。それに、殿下はアイビーお嬢様に惚れられたのでは?」
「惚れたんならお願いされなくても守ると思わないの?」
「だって、殿下は捻くれられているじゃないですか」
カチンときて頭に血が上ったのが分かった。
「君がアイビーの育ての親だって、今本当の意味で理解したよ!」
声を荒らげると予想していたのか、言い返した途端チャイブは大笑いしだした。
目尻に溜まっている涙が憎らしい。
「いやー、あんなにしっかりとアイビーお嬢様の手を握られていたので、人前では恥ずかしくて示せないだけで、よほど大切なんだろうなと思っただけですよ」
「あれはっ……はぁ、もういいよ。アイビーは守るよ」
「一生、よろしくお願いします」
「分かってるよ」
チャイブはわざとらしく胸に手を当て、「安心しました」と体から空気を抜いている。
緊張していないくせに、大袈裟に安堵する素振りが鼻につく。
「フィルンに代わりますね」
「早く帰ってよ。もう疲れた」
頭を下げるチャイブに手を軽く振って下がるよう伝えると、チャイブはすぐに部屋から出ていった。
ソファに体を預け、今さっき打ち明けられた話を思い返す。
「なんだろな……何かを見落としている気がするのに分からない……」
ドアをノックする音が聞こえ、返事をするとフィルンが入ってきただろう音がした。
そして、不思議そうに顔を覗いてきた。
「殿下、随分とお疲れですね。そんなに訓練が大変だったんですか?」
「違うよ、チャイブと話して疲れたんだ」
「それ! どうして私に先に相談してくださらなかったんですか。チャイブさんから殿下がアイビー様を好きになったから協力要請されたって聞いた時、固まってしまいましたよ。本当、私には先に言っていてほしかったです」
「あいつ、勝手に」と思ったが、グッと我慢して口の中に押しとどめた。
だって、昨日感じたこの気持ちの正体が何なのか、自分でもよく分からないからだ。
「フィルン、僕はアイビーに馬鹿みたいに笑っていてほしいって思ったんだよ。泣いてほしくないって」
レガッタにも同じことは思っている。
でも、どこかレガッタを思う気持ちとは違うような気がする。
「なるほど、なるほど」
「契約の婚約者から本当の婚約者になれるよう動こうと思う」
「ラシャン様は強敵ですからね。一緒に頑張りましょう。チャイブさんは協力してくださるんですか?」
「うん、アイビーを僕に任せたいって」
「心強い味方ができてよかったです。この勝負勝ちましょうね」
「勝負なの?」
「勝負ですよ。アイビー様に好きになってもらい、ヴェルディグリ公爵家に了承させるという難関を越えなければいけませんから」
「その割には楽しそうだね」
「楽しいですよ。今まで見られなかった殿下のあんな顔やこんな顔が見られるかもしれませんからね」
「フィルンもチャイブといい勝負しそうだよ」
瞳をパチパチと瞬かせたフィルンに、にんまりと微笑まれた。
上手い具合に言えたと思う嫌味を、きちんと汲み取ってくれたようだ。
「私なんかがチャイブさんに勝てませんよ。あの人、隠している姿多そうですからね」
「確かに」
小さく頷き、「作戦会議をしたいですが、朝食の時間ですから一先ず向かいましょう」と言うフィルンと共に部屋を後にした。
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