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47 .6つ目の未来

朝起きると、先に寝落ちたはずのアイビーの姿はなくなっていた。

支度をしながら、「夢じゃないはずだから、チャイブが迎えに来て連れていったんだろうな」と軽く考えていた。


朝の訓練が終わり、汗を流して浴室から出ると、フィルンではなくチャイブが飲み物を用意している。


「いつから僕の従者になったの?」


「今だけですよ」


カディスが息を吐き出しながらソファに腰掛けると、机にコップを置いたチャイブがカディスを見て、魔術で一瞬にして髪の毛を乾かしてみせた。


「便利だね。どうせならこのまま僕の側近になる?」


「なりませんよ。私はお嬢様の育ての親でもありますからね」


「だからアイビーはラシャンと違って甘えたなんだね」


「耳が痛いですね」


わざと耳を隠そうとするチャイブを見ながら炭酸飲料で喉を潤す。


「昨日のことを謝りにきたの?」


「いいえ。昨日のことは殿下にしか解決できないことでしたから適材適所でした。手を貸していただき、ありがとうございます」


「あれくらい君が言っても十分だったでしょ。だから、既成事実を作らせようとして連れてきたのかと思っていたよ。まぁそれも、朝起きたらいなくなっていたから、違うんだって安心したけどね」


「殿下、既成事実はまだお早いかと。もう少し成長した方が抱き心地はよくなると思いますよ」


「その考え、師団長にバレたら殺されるよ」


「心得ていますよ」


澄まし顔のチャイブからは何も読み取れない。

会話の内容も、ただ話しているだけのようにしか感じない。

一体何をしに来たんだろうと、余計に疑いの目で見てしまう。


「殿下。私はティールお嬢様との約束で、アイビーお嬢様の幸せを探しております」


「今のアイビーが幸せじゃないみたいな言い方だね」


「そういうことではありませんが、まぁ似たようなことかもしれませんね」


わずかに眉根を寄せて見せても、チャイブは何も気にせず話し続ける。


「昨日の一件もそうです。乗り越えたと思っていましたが、すぐに考えが引っ張られてしまうんでしょうね。自分がいなければよかったなんて、私が何度も否定してきたことなんですよ。だから、今回も近すぎる私の言葉は届かないと思い、殿下に助けを求めました。本当にありがとうございました」


「理由は分かったよ。君じゃなくてラシャンだったとしても、アイビーには届きそうになかったってことでしょ。きっとラシャンは、アイビーの負担になるような説明はしてないはずだからね」


「どう伝えられたかは知りませんが、ラシャン様ならそうされたでしょうね」


お世辞でもにこやかとは言えないチャイブからは、これがフィルンを遠ざけてまで話したかったことなのかどうかも分からない。

たまにアイビーを見て微笑む以外チャイブは表情を変えないから、今も別段おかしいというわけじゃない。

ただ底が見えないから、自分に向けられている瞳から視線を逸らせないのだ。


「本題は?」


言ってみただけだ。

それなのに、チャイブは背筋が凍るような笑みを浮かべて「さすが殿下ですね」と微笑んだ。

無意識に唾を飲み込んでしまう。


「殿下、誰にも話さないと約束してくださいませんか?」


すぐに頷くことはできなかった。

ここで聞いてしまえば、何かに巻き込まれるのを肌で感じる。

でも、「できない」と言える雰囲気ではない。


「分かった。父上にもフィルンにも誰にも言わないと約束する」


「ありがとうございます」


チャイブが頭を下げたからチャイブの視線からは逃れられたのに、うるさいくらい鳴っている心臓の音は静まらない。

姿勢を正したチャイブにまたも射抜くように見られ、少し怯んでいる心を見破られた心地だった。


「まずは、ごく一部の人間が知る秘密をお伝えします。実はティールお嬢様も精霊魔法の使い手でした」


「は? え? 何を言って……」


「寿命を使って未来を知ることができたのです」


チャイブの言葉にたくさんの考えが一気に頭を駆け巡ったが、強く浮かんだのは「ティールが死んだ本当の理由は?」だった。


「小さい頃からちょっとした未来を見続けていました。明日のデザートはケーキだとか、何をプレゼントされるとか、誰と一緒に遊ぶとか。本当に些細な瞬間的な場面で、何かの役に立ちそうなものではありませんでした。ですので、狙われないために公表しなかったのです」


理解したと示すように頷くと、チャイブは話を続けた。


「そして、これは私だけが知る真実なのですが、グルーミットにある隠れ家にいる時だけ、ティールお嬢様は数秒から数分未来を見ることができました。あの場所は精霊の力が強いのか、ティールお嬢様とだけ相性がよかったのか分かりませんが、良くも悪くも見ることができたのです」


「それって……」


「先ほども申しましたが、私はティールお嬢様の命令でアイビーお嬢様の幸せを探しています。ティールお嬢様の命と引き換えに迎えることができた6つ目の未来で」


「6つ目の未来? どういうこと?」


「ティールお嬢様が仰るには、たぶん未来は5つだろうとのことでした。色んな場面、たくさんの登場人物、起こる出来事、それらを紙に書き出し、話が繋がるように並べた結果から導き出されたようです。そして、その全てに私は登場しないそうです」


「え? ちょっと待って。見なかっただけでしょ? 登場しないって言い方は違うんじゃない?」


「いいえ、登場しないんです。ティールお嬢様が見られる未来は、全てご本人視点。ティールお嬢様専属執事だった私が、どの場面だとしてもいないのです」


「待って……それって、本来ならティール公爵夫人は生きていたってこと?」


「はい、そうです。だから、今、ティールお嬢様が生きられていない6つ目の未来なのです」


この先を聞くにはもっと覚悟がいるんだろうと思い、気持ちを引き締めるために1度目を閉じた。

小さな深呼吸と共に力強く瞳を開ける。


「そして、私と同じようにアイビーお嬢様も登場しないのです。だから、ティールお嬢様は必死に未来を見たんです。どこかにアイビーお嬢様が現れると信じて」


「だとしたら、君とアイビーが2人で旅に出ていたってことじゃないの?」


「そうですね。その可能性はあります。ですが、どうしてアイビーお嬢様だけ家族と離れて私と旅に出る必要があるのですか?」


「え? だって、アムブロジア陛下にねらわ……れてないの?」


チャイブは縦にも横にも顔を動かさないが、返事がないのならそれが答えなのだ。

全員に嘘を吐かれていたと分かり、唇を噛んだ。






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