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46 .嘘偽りない言葉

「あのさ、頭大丈夫? どっか腐ってんじゃない?」


分かってもらえるように真剣に説明したのに、心底呆れたと言わんばかりの息を吐き出され、アイビーは頬を膨らませた。

イラッとした気持ちが口から出てしまう。


「カディス様って、時々人の心が無くなりますよね」


「どこが? 僕は人が喜ぶだろうことも、人が傷つくだろうことも分かって示しているんだよ。心があるから分かるんだよ」


その屁理屈なに? と思ったが、言い返さなかった。

このままでは関係ないことで口論になって、契約解除ができない気がしたからだ。


「はい、そうですね」


「今のすっごいムカついた。それに、アイビーの考え方にも怒っているよ、僕。本気で師団長たちが幸せじゃないと思っているの? 不幸になったって? 辛い思いをしている人間が、ラシャンのような溶けた顔で笑うって本当に思ってんの? それなら、頭だけじゃなくて目も腐ってるからね。そういうのを救いようがないって言うんだよ」


「……カディス様っていいの顔だけですね」


「はぁ? どこが? 中身もものすっごくカッコよく育ってるよ」


「……自分で言っちゃうんですねぇ」


「君もでしょ! そこまで可愛くないのに可愛いって思い込んで、男受けするような仕草ばっかりじゃないか」


「私はめちゃくちゃ可愛いです! それに、男受けじゃなくて全人類受けするんです!」


「僕には受けてないのに、全人類なわけないよね?」


「カディス様は美意識が歪んでいますからね。本当に気をつけたほうがいいですよ」


「歪んでないよ。歪んでいるのは、ラシャンを応援しようとしないアイビーじゃないか」


「なっ! 私はお兄様を応援していますし、私のせいでお兄様の幸せをたくさん奪ってしまったんだから、誰よりも幸せになってほしいと思っています」


「あー、やだやだ。勝手に被害者扱いされるラシャンが可哀想でならないよ」


「勝手じゃありません! 私のせいでお兄様からお母様を奪ったんです! 私じゃなくてお母様がいたらもっと幸せだっただろうし、無理矢理相手を決めるような結婚をしなくてよかったんです!」


ポンポンと返ってきていた返事がなくなった。

痛いくらい刺すような視線が、怒りで吊り上がっていると思われる瞳から放たれている。


「本気で言ってんの? ラシャンに向かって、今と同じこと言える?」


我慢できずに流れてくる涙を腕で拭いながら、ゆるゆると首を横に振った。


「ごめんなさい……もう思っていないのに、たくさん愛してもらって、生きていていいって気づかせてもらったのに……ごめんなさい……2度と言いません……」


数秒の沈黙の後、カディスに柔らかく頭を叩かれた。

さっきまで流れていたピリついた空気も和らいでいる。


「何に納得していないの?」


「みんなが私を守ることで幸せを犠牲にすることです」


「その犠牲ってアイビーの思い込みでしょ」


「違います!」


勢いよくカディスを見やると、カディスは優しく微笑んでいた。


「違わないよ。だって、誰も幸せを犠牲にしていないんだから」


「……していますよ」


「してないでしょ。確かに不幸なことはあるよ。欲深い人たちが自分にある幸せに気づかず、誰かの幸せを奪い取ろうとするんだから。いい例は、ティール公爵夫人に惚れたアムブロジア陛下じゃないかな。結果、奪えずに壊したよね。それに、バイオレット・メイフェイアは大きな幸せをもぎ取るために、周りの幸せと不幸を寄せ集めて道を作ろうとしている。踏んでも壊れない道を作るために、何も気にせずごちゃ混ぜにしている。アイビーはどう? 誰かの幸せを奪ったり、周りの人たちを利用したりしているの?」


「私は……」


「ラシャンの婚約には僕も驚いたよ。でも、それはラシャンが幸せになるためにはって悩んで決めたことだよ。そして、その相手がたまたまエーリカ・フォンダントってだけ。もし、敢えて誰かのせいにするのならバイオレット・メイフェイアであって、決してアイビーじゃない。アイビーがこの場にいてもいなくても、今の状況ならエーリカを選ぶのは英断だからね。それに、アイビーが帰ってきてからラシャンには笑顔が増えた。僕はそれが嬉しいし幸せだ」


カディスのふわっと微笑んだ面持ちが、嘘偽りなく幸せだと伝えてくれている。


「あ、僕の婚約者の役をしてくれていることも感謝しているよ。君がいなきゃこんなにも穏やかな日々は過ごせていない。父上は亡くなっていたかもしれなくて、バイオレット・メイフェイアのことで頭を抱えていたはずだから。今の幸せは君が運んできてくれたものだよ。きっとラシャンも、ううん、ラシャンだけじゃなくてみんなそう思っている」


真っ直ぐ届けられる言葉に割れたはずの風船が復活し、凪いだ風にふよふよと漂いはじめる。

それはカディスの綺麗な青色の瞳に似ている青空に吸い込まれそうなほど上を向いていて、もう地面に落ちることはないほど軽くなっている。


ヴェルディグリ公爵家に帰ってきてから、何度周りに救われただろうか。

何度、心を包み込んでもらっただろうか。

何度、元気をもらっただろうか。


家族や使用人たちの笑顔や嬉し泣きが、脳裏に浮かんでは消えていく。


——そうだった。みんなは、私と一緒に幸せになるために頑張ってくれているんだった。私も、みんなと一緒に幸せになるために努力しないといけないんだった。旅に出るのは最終手段なのに、手っ取り早く逃げようとしていたんだ。


「目が覚めました……ありがとうございます、カディス様」


「僕は自分のために君を引き留めたんだよ。だって、アイビーがいなくなるとイケていない令嬢と婚約させられるんだから」


「可愛い私じゃないと周りは納得しませんもんね」


白けた瞳で見られるが、構わず愛らしく微笑んだ。

いつも通りのやり取りに、どちらからともなく吹き出し笑い合う。


「僕はアイビーの一生懸命なところは評価するよ。でも、その自意識過剰なところは隠した方がいいと思うよ」


「自意識過剰じゃなくて真実です」


頬を膨らませると、カディスに冷めた視線を向けられ、また笑い合った。

お互い緊張の糸が切れたようにベッドに倒れ込む。


「ふぁ、ねむ……僕の睡眠を妨げたこと悪いと思ってよ」


「すみませんでした」


「チャイブは迎えに来るんだよね?」


「たぶん……」


「まぁ、ドアからは出られないし、来たら起こすでしょ。だから寝よう。本当に眠たい」


「は、い……おやすみな、さい……」


名前を呼ばれたような気がしたが、返事をする気力も体力もなく、目の前は真っ暗になった。

ただ手を包み込む温もりは確かに感じていた。






来週、新事実が判明します。


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