41.ペットの名前
ラシャンから「旅疲れもあるだろうから、1日のんびりしよう」と提案されたが、アイビーは動物が放し飼いされている森に行ってみたくて「元気だから大丈夫です」と言い張った。
困ったように微笑んだラシャンに「無理だけはしないでね」と頭を撫でられ、森の散策を勝ち取っていた。
そして、朝食後早速ジョイの案内で、子供たち全員で森に訪れた。
屋敷の裏にある庭だが、頑丈な壁で隔てられているので、行き来できるドアの鍵を持っているジョイがいないと遊びに行けないようになっている。
ちなみに、動物がどこかに行ってしまったり、狩られたりしないように森を囲う壁もあるそうだ。
鳥がいるところの上空には、網がかかってもいるらしい。
「飼っている動物は、リス・うさぎ・モモンガ・デグー・フェレット・モルモット・ハリネズミ・フィンチ・オウム・フクロウ・アヒル・亀になります」
「うわー! 全部小さな動物ばかりなんだね! 可愛いよね!」
声を上げたのは、顔を輝かせているイエーナだ。
「どこにいるの? 動物によって分けてあるんだよね?」
「イエーナ。アイビーのための森だからね。興奮しすぎだからね」
ラシャンの刺すような視線に、イエーナは瞬時に口を閉じた。
でも、輝きが増している瞳だけはキョロキョロと忙しなく動かしている。
あまりにも必死に動物を探し出そうとしているイエーナが面白くて、アイビーが笑うと、レガッタもつられたように声を上げた。
「散歩をされれば、ひょっこり出会えますよ。自由に散策されてください。ただ必ず公爵様が考案された防犯魔道具はお持ちくださいね。もしもがございますから」
ジョイに言い聞かせるような口調で言われ、アイビーはしっかりと頷いた。
ラシャンに手を差し出されたので、愛らしく微笑みながら手を繋ぐ。
自由に動いていいと言われても、バラバラに動くようなことはしない。
ジョイがいないと迷子になってしまうかもしれないほど、森は広いのだ。
全員で散策しながら、誰かが見つけたら指して教え合い、動物の種類を当てっこしたり、観察したりした。
人慣れしている動物は近づいてきてくれるので、ふわふわを堪能させてもらっている。
といっても、ジョイが餌をくれる人と認識されているのか、ほとんどの動物が近寄っても嫌がらず触らせてくれた。
「アイビー、難しい顔をしてどうしたの?」
だらしない顔をしたイエーナに撫でられているウサギを見ていると、ラシャンに声をかけられた。
「名前をつけたいなぁと思っていたんですが、考えていた名前が多すぎて、どの子にどの名前をつけようかと悩んでいたんです」
「パッと思い浮かんだ名前でいいんじゃない? 直感大切だと思うよ」
抱いていたウサギを地面に下ろしたカディスが、会話に参加してきた。
レガッタは、そのウサギに餌をあげて、「お口が可愛いですわ」と幸せそうに眺めている。
「そうですね。その子に合っているっていうことですもんね」
「直感も大切ですけど、気にいる名前の方がいいですよ」
ウサギを撫でるのに満足したのか、イエーナが立ち上がりながら言ってきた。
「雰囲気しか伝わっていないと思うんですけど、反応してくれる名前と反応してくれない名前があるんです。だから、何個か試しに呼んでみることをお勧めします」
「イエーナ様って、本当に動物に詳しいんですね」
「まだまだですよ。でも、何でも聞いてください。答えられることは答えますし、飼育の協力もしますから」
「ありがとうございます」
アイビーの花が綻ぶような笑顔に、淡く頬を染めるイエーナの頭をラシャンが叩いた。
「痛いです!ラシャン、本当にひどいですよ!」
「大声出さないでよ。みんな怖がって逃げちゃうよ」
「だったら殴らないでくださいよー」
「殴ってないよ。叩いたの」
「一緒です!」
昨日からラシャンとイエーナの似たようなやり取りを何回も見ているので、もうこれが2人の交流の仕方なんだなと認識している。
なので、アイビーは気にせず腰を下ろし、餌を食べているウサギを真剣に見つめた。
「プリン……チョコ……クッキー……ケーキ……マドレーヌ……フィナ――
「ちょっと待って、アイビー。それなに?」
同じようにしゃがんできたカディスに、呆れたように尋ねられる。
「名前です。美味しいと思う食べ物で統一しようと思ったんです」
「可愛らしい名前とかにしないの?」
「十分可愛いと思います」
「えー、うーん、まぁ、アイビーのペットだし、いいか」
「何ですか、その言い方」
ぷくっと頬を膨らませるが、カディスは気にする素振りさえしてこない。
「そのまんまだよ。アイビーの感性は独特だってこと」
「天才肌だって褒めてくださっていいんですよ」
「それはないかな」
「ふふ、お兄様ってば、そんなにアイビーに相手してほしいんですのね」
隣で会話を聞いていただろうレガッタが、1人で小さく笑い出した。
カディスは心外だと言わんばかりに顔を歪ませているが、レガッタにはそれさえも照れ隠しに見えるようだ。
「ウサギさんたちにアイビーを取られて寂しいって、正直に言った方がよろしいですわよ」
「レガッタ、違うからね。それ、勘違いだからね」
「そんなに恥ずかしがることありませんのに」
「レガッタ」
いつもの言い合いをアイビーは聞き流しながら、「ステーキ……シチュー……コーンスープ……」と呟き続けたのだった。




