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37 .呼び出し

グルーミットからヴェルディグリ公爵領へ移動する日。


朝早くからルアンが荷物の整理をしてくれている様子を眺めていると、王妃の侍女が部屋にやってきた。

「少し話しましょう」という申し入れを断ることはできず、婚約者役として嫁姑問題を解決する場面だと気合いを入れた。


「2人にしてもらえる」


王妃の部屋に到着するなり、王妃は侍女たちを部屋から下がらせた。

チャイブだけ部屋に居座れることはなく、王妃の侍女たちと共に退出している。


「気楽に話しましょう」


「お気遣いありがとうございます」


用意されていた飲み物を見ると、透明のカップに入っているのは炭酸飲料で、底から泡が昇っている。


「王妃様も、この飲み物がお好きなんですか?」


「そうですね」


「やっぱりカディス様とよく似ていますね」


「私とカディスが?」


「はい。カディス様もこの飲み物がお好きですし、お2人はちょっとした仕草がそっくりです」


「そう。嬉しいわね」


柔らかく微笑む王妃を、初めて見たような気がした。


夕食時カディスと王妃はあまり会話をしていないが、それはカディスが反抗期だからだろう。

王妃はカディスが好きなんだ。

だから、カディスと似ていると言われて、普段と違う顔で笑うほど嬉しいんだろう。


「ヴェルディグリ公爵令嬢」


声色が変わった王妃に、アイビーはコップに伸ばしかけていた手を引っ込めて姿勢を正した。


「私、あなたの見た目には合格を出します」


「ありがとうございます」


「しかし、社交をしていないという点では不合格です」


「申し訳ございません……」


——レガッタ様やルージュ様とだけ、お茶会をしていたらダメってことだよね? 人脈は宝だから演技が終わっても繋がれる人は育てるべきだというチャイブの教えから、少しずつ手紙でやり取りする人は増えたんだけどな。会っていないと、やっぱりダメなのかな。


「もしあなたが不甲斐ないままだと、婚約者をルージュかダフニに代えます。特にダフニは頑張っていますからね」


「え? あの、それは……」


「いくら陛下が許可をした婚約だろうと、カディスの婚約者選びは私にも権利があるんですよ」


「でも、私とカディス様は想い合っています」


「それが何だと言うのですか?」


「好きな気持ちはやる気に繋がり、頑張ろうと努力する力になります」


「それだけですよね」


「私は大切なことだと思っています」


——あー、どうしよう。大人しく「ダフニさんに負けないように頑張ります」とだけ言えばよかったかな? でも、それだけだと、口では何とでも言えるみたいな空気になりそうだったし。でもでも、こんな風に言い合いをするつもりはなくて、ただ仲良くできればと思って来ただけなのに。


狼狽えても仕方がない。

カディスとの契約で、アイビーは負けるわけにはいかないのだ。

絶対に、この場面を乗り切らなければいけないのだ。


——うん! 私は可愛いから大丈夫! 仲良くなれるはず!


「ヴェルディグリ公爵令嬢。愛だけでは国を治めることはできないのですよ。必要なのは権力とお金と名声。愛は最後です」


「私は、ヴェルディグリ公爵家の娘です。全て兼ね備えているはずです」


「そうでしょうね。でも、それはルージュやダフニにも言えること。その上でダフニは王妃になるべく精進しています。私は、あの子の何が何でもカディスと結婚をするという努力を高く評価しているんです。あなたは、見た目以外に何か誇れるものはありますか?」


「カディス様を笑顔にできます」


「それだけで王妃を務められると思っているのですか?」


「たくさん勉強しなければいけないことがあると思います。でも、国を治めるからといって、心を殺さないといけないわけじゃないと思います。嬉しいことも幸せなことも楽しいことも分かるからこそ、国民に寄り添う政治ができると思います。カディス様と支え合える力は何よりも必要なはずです」


「私が先ほど言った言葉が理解できていないようですね」


絶対零度の冷めた瞳で見られ、笑顔を崩しそうになる。


——終わったかもしれない。ごめんなさい、カディス様。完璧な婚約者役をできなかったみたいです。


「もう戻っていいですよ」


「はい。失礼いたします」


立ち上がり、丁寧にカーテシーをした。

カディスにどう説明すれば、と頭を悩ませながら部屋を出ようとしたところで、悩むような声に呼び止められる。


「ヴェルディグリ公爵令嬢。あなた、ティールから何か聞いているかしら?」


答えるために振り返ると、王妃はこちらを見ていなかった。

物思いに耽るように窓の外を眺めている。


「お母様とは話したことがありません」


「そうでしたね。手紙が残っていたりもしないのですか?」


「はい。見たことありません」


「そう。引き止めてごめんなさいね」


見られていないと分かっているが、もう1度恭しく頭を下げてから廊下に出た。

すぐにチャイブが隣に来てくれ、安心したように息を吐き出される。

瞳だけで頷き合い、颯爽とアイビーが滞在していた部屋に戻った。


荷物を片付け終わっていたルアンにも心配をかけていたようで、姿を見せるとルアンは緊張を解すように肩から力を抜いていた。


チャイブとルアンに王妃と話した内容を伝えると、チャイブの顔が少し強張ったような気がした。






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