34 .晩餐会
休憩時間になったクロームが、アイビーの部屋を訪ねてきた。
夕食前のひと時で、今日の晩餐にはクロームも一緒に席に着くそうだ。
食堂までエスコートしてくれるとのこと。
「なるほどね。テディベアのお店をね」
「はい。生地とパーツを変えれば、貴族に売れますよ」
「そうだね。アイビーが可愛いって思うテディベアが売れないわけないよね。アイビー、天才だね」
隣に座っているクロームから抱きしめられて、アイビーは何が何だか分からない。
でも、クロームに褒められたら嬉しいし、ファンクラブのみんなへのお土産を確保できたので気分上々だ。
口元がニヤけてしまうのは仕方がない。
クロームとチャイブの話を聞いていて分かったことは、店主とその家族、テディベアを作っている人たちはヴェルディグリ領に引っ越してくるそうだ。
そして、まずはアイビーが欲しい分を作ってもらえるということ。
その後は、ヴェルディグリ領の特産である百合と掛け合わせて、百合の匂いがするテディベアとしてヴェルディグリ領で売り出すということ。
それ以降の展開も話していたが、よく分からなかった。
とにかく、アイビーが気に入っているのならと一大事業にするらしい。
そんなことで決めていいのかなぁと思いながら、白熱するクロームの熱弁を聞いていた。
晩餐会の時間になり、クロームにエスコートしてもらい、食堂に足を運んだ。
カディスだけが到着していて、アイビーたちの後に、イエーナにエスコートされたレガッタが到着し、クロームが「へぇ」と漏らしていた。
最後に両陛下がやってきて、厳かな晩餐会がはじまる。
「アイビー。到着したばかりだが、グルーミットはどうだ? 楽しいか?」
「はい、陛下。とても楽しいです。お誘いくださりありがとうございました」
「いい、いい。楽しんでもらえているなら嬉しいからな」
「ありがとうございます」
陛下に慈しむように目元を緩められ、アイビーは可愛らしく微笑み返した。
「そうだ。明日の乗馬の時に、ティールが気に入っていた場所に案内しよう。きっとアイビーも気に入るだろう」
「わぁ、楽しみです」
「父上、そんな場所があるんですか? 僕は初耳なんですが」
「カディスよ。どうしてお前に、私の幼馴染のお気に入りの場所を紹介するんだ? おかしいだろ」
「素敵な場所なら知っておきたいじゃないですか」
「お父様、私も行きたいですわ」
「もちろんみんなで行こう」
ワインのグラスを置いた王妃殿下が、静かに声を出した。
「私は行きませんわ。ティールのお気に入りの場所は、虫が多いんですもの」
「そうだったな。では、土産に花を摘んでこよう」
「私を1人にしますの?」
「そうは言ってもだな。途中まで来るか?」
「行きません。どうぞ勝手に楽しんできてください」
「そう拗ねるな。明後日は、君と2人で過ごすと約束するよ」
「約束ですわよ」
「ああ」
——カディス様の顔が能面みたいだわ。表情がないと、本当にお人形さんみたい。あれかな? 思春期の男の子に、両親のイチャイチャは気まずいのかな? だから、反抗期なのかな? 私ならお父様とお母様のイチャイチャ見てみたいけどな。
カディスを見つめてしまっていたようで、ふいに目が合った。
眉間に皺を寄せそうになった顔を伸ばし、綺麗に計算された笑みを向けられる。
「嘘くさ」と言いそうだったが、愛らしく微笑んで誤魔化した。
そのやり取りが王妃の目に止まってしまったのか、話かけられた。
「そういえば聞いていませんでしたね。ヴェルディグリ公爵令嬢は、カディスのどこを好きになったのかしら?」
隣のクロームから、「ぐっ」という苦しそうな声が聞こえた。
横目で確認したかったが、目力が強い王妃から視線を逸らすことはできない。
「カディス様の好きなところは、私の考えを馬鹿にせずに、まずは話を聞いてくださるところです。意見もくださいますし、応援し合える仲でいられるところも好ましいです。少しズレていて完璧すぎないところも好感度が高いです。あ、後、レガッタ様を大切にされているところも好きです」
「あら? カディスの見た目は好みじゃないのかしら?」
「いいえ、絵のモデルになっていただいたほど、とてもカッコいいと思っています」
「アイビー!」
突然カディスに声を上げられ、アイビーはキョトンと首を傾げた。
「ほう、カディス。お前、いつの間に肖像画を描いてもらっていたんだ」
「ち、ちちうえ……ははは、いつでしょうね」
「お兄様、ボケてしまったの? 去年の年末ですわよ。アイビーはとても上手でしたわ」
「レガッタ、余計なこと言わないで」
「私も見たいな。アイビー、よかったらプレゼントしてくれないか?」
「えっと……」
カディスを見やると、苦悶に満ちた顔をしている。
「父上、アイビーの絵をどうするつもりですか?」
「上手ならば回廊に飾ってもいいと思っている」
「あー、はい、そうですか、はい」
意気消沈しているカディスを見て、王妃が小さく息を吐き出した。
その姿がいつも呆れて息を吐き出しているカディスとそっくりで、アイビーは微笑ましさに小さく笑みを漏らした。
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