33 .街を散策
王族がグルーミットに来ていると公言しているので、お忍びとは違い変装をせずに堂々と普段着で街中を歩いている。
普段着といっても上質なワンピースなだけで、ゴテゴテと着飾っているわけではない。
「カディス様、この街の特産品は何ですか?」
「透明な茶器ととうもろこしだったはずだよ」
「ルージュ様へのお土産は茶器がよさそうですね。ヴェルディグリ公爵家のみんなにはとうもろこしにして、お兄様には何がいいんでしょう?」
「ラシャンなら何も買わなくていいよ」
「どうしてですか?」
「アイビーに会えただけで、泣くほど喜ぶと思うから」
「確かに私に代わる喜びはないでしょうが、それはそれ、これはこれですよ」
——カディス様が言い出したのに、呆れたように見てくるなんて失礼だわ。
「お兄様! 私、あのフロートが飲みたいですわ!」
アイビーとカディスの前を、イエーナと並んで歩いていたレガッタが振り返りながらカディスに伝えている。
「イエーナに買ってもらいなよ。それで、数口飲んで、後は全部イエーナが飲むんだよ」
「買うのはかまいませんが、レガッタは全部飲めるんじゃないですか?」
「ダメだよ。レガッタとアイビーは暑さ対策くらいじゃないとね」
「え? 私もですか?」
「そりゃあね。どこに目があるか分からないから」
「そうですわよ、アイビー。気を抜いたら、晩餐で何を言われるか分かりませんわよ」
考えるように俯いたイエーナが、「なるほど」と呟いている。
アイビーも、カディスたちが何のことを言っているのか分かって小さく頷いた。
フロートを売っている屋台で、レガッタはイチゴ味をアイビーはレモン味を頼み、数口飲んだ後、それぞれイエーナとカディスに渡した。
「レモンでよかった。あのイチゴ、嫌になるくらい甘いんだよね」
イエーナが持っているイチゴ味を見て首を振ったカディスが、レモン味のフロートに口をつけた。
イエーナは、なぜか狼狽えている。
「なっ! で、でんか! なななんで、そんな普通に飲めるんですか?」
「飲み物なんだから飲むよね」
「だだって、くくちつい……え? もしかして、もうそこまで……仲良いと思っていたけど、そこまで進んでいるんですか?」
全員が、真っ赤になっているイエーナが何を言いたいのか理解した。
1人動揺しまくっているイエーナの横で、レガッタは両手で口元を隠しながら瞳を輝かせている。
「なんて答えるんだろう?」と興味深げにカディスを見ると、丁度視線がぶつかった。
甘く微笑んでくる面持ちに、アイビーではなく周りの女の子たちが悲鳴をあげている。
「イエーナ、そういうことは秘密にするものだよ。ゲスな奴らにアイビーをそんな目で見られたくないからね」
「「きゃー」」
カディスが人差し指を口元で立てウィンクした姿に、レガッタと合唱するように周りからも黄色い声が木霊した。
男の子のイエーナでさえ、手まで真っ赤にしている。
みんなの反応に気分をよくしただろうカディスは鼻高々に満足気にフロートを飲んだ後、1人静かなアイビーを訝しげに見てきた。
「アイビー、もう少し反応してくれていいんだよ」
「あ、すみません。カディス様って、本当に王子様だなぁと見ていました」
「あっそ」
カディスはもう飲まないのか、飲みかけをフィルンに渡した。
「4人で1つでもよかったかな」
「殿下、それはそれで怒られますよ」
「王子がケチくさいって言われるか」
「しばらくの間は持っていますので、飲みたい時は仰ってください」
イエーナも、ナンキンにイチゴ味のフロートを預けている。
レモン味のフロートと同じくらい残っていて、「カディス様の言う通り、ガブ飲みしちゃいけないんだったら4人で1つがよさそうなのにな。貴族だとしてはいけないんだ。勿体ない」と口に出してしまいそうだった。
その後は、雑貨屋や食器屋を巡り、買い物を楽しんだ。
レガッタが欲しがったものは、イエーナが全て購入しプレゼントという形で渡していた。
アイビーが気になった物をカディスは買おうとしてくれたが、チャイブが「公爵様が一緒に遊べない分、気にしている物は1つ残らず買うようにと言われておりますので、こちらで全て支払います」とカディスに断りを入れていた。
「ねぇ、チャイブ。本当に何を買ってもいいの?」
「よろしいですよ。何が欲しいんですか?」
「あそこにある、小さなテディベアがたくさん欲しいの」
アイビーが指したのは、高さ3cmほどの小さなテディベアが座って並んでいる屋台だった。
突然やってきた王子王女様御一行に、店主の女性と手伝いをしていただろう子供が目を白黒させている。
「まぁ! 可愛いですわ!」
レガッタが、1つ手のひらに乗せて眺めている。
チャイブが覗き込むように布と綿で作られているテディベアを見た後、姿勢を正してからアイビーに問いかけてきた。
「たくさん買ってどうされるんですか?」
「ファンクラブのみんなにお土産を渡したいと思ったの」
「ファンクラブの皆様にですか。まぁ、綺麗に製縫されていますので問題なさそうですが……そうですね……」
「ダメ?」
おねだりするように可愛らしく小首を傾げると、チャイブに鼻で笑われた後、軽く頭を撫でられた。
「このお店ごと買い取りましょう」
「ええ!」
声を上げたのはアイビーではなく、お店の手伝いをしていた少女だ。
「お母さん! この人何を言っているの!?」と、店主である母親に言い迫っている。
アイビーも、何を言われたのか分からなくて何度も瞬きをした。
——聞き間違いかな? 随分とチャイブにおねだりをしていなかったけど、いつもなら「そんな金どこにあるんだよ」と財布を見せられて終わっていたのに。今日のお金はお父様のお財布から出るから、大盤振る舞いなのかも。お父様は何でも買ってくださるからお金持ちなのよね。公爵様だもんね。でも、本当にいいのかな? ファンクラブのみんなが何人いるか知らないから、有り難いと言えば有り難いんだけど。んー、欲しいって言ったのは私だけど、うん、本当にいいのかな?
お店ごとと言われると買う規模が大きくすぎて、プチパニックが起こった。
アイビーが混乱している間にチャイブは店主の女性と話を詰めていて、後日正式に契約を交わすことになっていた。
お店を後にする時には、店主と少女に頭を深く下げられて見送られたのだった。




