【短編】《GTO》Genesis・Tale・Online ~オレだけゲーム世界に閉じ込められたよオンライン~
初挑戦のVRMMOもの。
正直、壮大なプロローグみたいになって上手く纏められた自信はありませんけど、暇な方は見てください。
無駄に長いです。
あとがき見てくださると助かる。
「助手くん! ちょっと実験に付き合ってくれない!?」
「もう嫌な予感しかしない」
日本のとある科学研究所。
そこで何度も繰り返されたやり取りが全ての始まりだった。
今日の天気は生憎の雨。
ザーザー雨が降る中、『第4研究室』と書かれたプレートが光るドアを開ければ、彼らの仕事場である見慣れた研究室だ。
「そりゃさ? オレは先輩のこと信頼してますよ? 期待に答えるよう努力しますよ? でも、毎回のように唐突な実験を始めるのどうにかなりません?」
気だるげな、もしくは色々悟ったような表情をしながらなすがまま、歯医者などにありそうなイスに座らせられた男は凪哲哉。
大学卒業後、世話になった先輩の伝手もあって2年程前に有名な研究所で働くこととなった新人研究員だ。
少し童顔で、鈍感なところがあるとは友人談。
「まーまー、あとで美味しいもの奢ってやるからさー」
「オレは子供か」
「頭なでなでしてあげるー」
「オレは子供か」
男の言葉を無視しながら機材のセット、安全確認のチェック項目への記入をしている女性は猪澤澪奈。
凪の大学時代に世話になった1つ上の先輩だが、非常に優秀ですでに研究所でも名の知れた人物となっている。実際、海外の有名大学に飛び級で入れたぐらいには頭が良いのだ。本人は「外国暮らしとか無理」と話を蹴ったのだが。
チャームポイントは泣きぼくろ
コンプレックスは小さいこと。何がどんだけとは言わないが。
「それで、オレは何の実験に付き合わされるんです?」
「んー? ……人の意識を電脳世界へ移す実験」
「それってVRの……?」
「助手くんには特別製のVR機器を使って電脳世界へダイブ! ――する感じで深度高めのVR体験をしてもらいまーす」
VRゲームが開発され、発売されてからそれなりの年月が経ってる。
当時は「科学の限界はここまで来た!」という謳い文句ともに話題になり、そこに至るまでに培われた技術力は科学を一歩前進させたほどであった。
凪も学生時代はペット禁止のマンションに住んでいたこともあって、リアルな感触も再現できる『VR:みんなのペット』でヴァーチャル柴犬や三毛猫に囲まれる世界を堪能していた。
しかも、今はもっと進んだVR技術の開発計画がある。
「関西にある研究所で有名ゲーム会社支援の元、今まで創作の中にしかなかったフルダイブ型のVRゲーム――VRMMOの開発を行っているんでしたっけ」
「そうそう。技術の進歩でよーやく目処が立ったらしくてねー」
今までのVRゲームは体を動かすことなく頭で考えてゲームをプレイすることはできたが、ゲームの世界へ完全に意識を移せるわけではない。
しかし科学技術全体の進歩によって、今まで本やアニメの中だけの話とされていたフルダイブ型のVRゲームが開発できる可能性が見え、大規模な開発計画が始動したのである。
「で、この研究所でも別のアプローチから手を付けてくれーって話が来て、何人かやってみようってことになったの」
「別のアプローチ……」
「そ。フルダイブ型のVRMMO開発によってもたらされる恩恵は、何も経済的なことだけじゃない」
例えば体の不自由な子が自由に過ごせる世界を。
例えば警察や軍の擬似的な訓練に。
例えば寝たきりになった老後でも楽しめる世界を。
「夢が広がりますね」
「関西の方はあくまでゲーム中心で、関東側は将来の福祉サービスを見据えた開発をしていこうと上で話が付いたの――っと、準備終わり」
話ながらも作業の手を止めなかった猪澤は、実験の最終確認を終える。
「うわ、オレめっちゃコードだらけだ」
「そりゃ様々な面から観測しなきゃいけないしー、人の意識に関わることだから安全面を二重三重にするのは当たり前だよ」
「具体的にオレはどうすれば?」
「やることは助手くんの知ってるVRゲームと大して変わらないよ。ほんの少し潜り込む意識の深度が高いだけ。モルモット使った実験で安全なのは分かったから、今度は人間がやった時の詳しいデータが欲しいの。指示はこちらから出すんでその通りにするだけ」
最近別の研究チームに駆り出されてたから知らなかったけど、すでに動物実験までしてたんかいと実験に付き合わされたモルモットに合唱。
「早く終わります? 何か天気どんどん酷くなってきましたし、もしかしたら2階の窓開けっぱなしにしたかも知れないんで定時で帰りたいんですけど?」
「それじゃあ楽しい実験の始まりだー!」
「聞けよ」
振り回す先輩と振り回される後輩。
それが彼らの関係だった。
猪澤の方は凪と一緒に働くようになって少しだけ心情に変化はあったが、それだけの話。自分たちの関係は変わらず、今後も二人三脚でがんばっていくのだと思っていた。
今日、この日まで。
「それでは命令です。凪哲哉.EXE、トランスミッション!」
「そのネタ分かる人、今の時代にいるか? ――ログイン」
VR機器を操作して猪澤の作った電脳空間へ入ろうとする凪。
事前の説明通り、知っているよりも意識が深く深く潜っていくような感覚となって、ちょっとだけ楽しみだなーと思って、
――ゴロゴロ……ドカアアアアアアアアアアアアンッ!!
まるで雷が直撃したのではないかと思うほどの轟音が聞こえて……そこで、彼の意識はプツンと途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『――り返します。先程、研究所に雷が落ちました。職員は速やかに避難すると共に、倒れている人がいないかを確認してください。ならびに、予備電源で動いている機材以外には決して触れないようお願いいたします。……繰り返します。先程、研究所に――』
「う、あ……何が……」
クラクラとする頭を押えて猪澤は起き上がる。
ようやく頭が回るようになり、そこで初めて自分が床に倒れ伏していたのだと気がついた。
(確か実験を始めようとして、急に機材が爆発して……)
現在の状況をできるだけ落着いて分析し、研究所内に響く声を聞き、信じられないような奇跡――もとい不運に見舞われたと知る。
額を切ったのか血が流れて大変なことになっているが、命に別状はないだろう。むしろ、自分以外の人物の安否が気になった。
そう、今もイスに体を預けたままピクリともしない助手とか――
「じょ、助手くーーーん!?」
何ということだ!と飛び起き、力が入らない体へ活を入れて大事な後輩であり助手でもある凪の元へ駆け寄る。
「うおぉい無事かー!? 意識はあるかー! 歩けるかー!? 歩けないようなら私が女子力(物理)で引っぱって――助手くん?」
凪は答えない。
頭を覆うVR機器によって、顔が見えにくいということがこれほどまで怖いと思ったことはない。
「おーい、返事はー?」
肩を揺らすが反応はない。
周りの機材――凪と繋がってたものはバチバチと音を立てているが、息をしてるのかさえ怪しいぐらい彼から音が聞こえない。
「ねぇ…………助手くんってば」
いくら待っても返事はない。
彼の意識は――ここにはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森の中、青年は息を潜める。
目視できる距離にはスライムの特殊個体。
ターゲットはまだこちらに気付いていない。
(今っ!)
スキルを発動し、ターゲットへ急接近。
直前になって襲撃されたことに気付いたスライムは、その特異性である異常な速度で回避を試みるが――
「『喰血骸』」
振るった刃は避けられた。
しかし、当たってないはずのスライムは弱点である核を両断され、その体は徐々に溶けていく。
「うぉおおう! 貴重素材回収。貴重素材回収」
スライムを倒した青年は取り出した大きなビンに、完全に溶けきる前のスライムを入れられるだけ詰めていった。地面に吸われるまでにどれだけビンに収納できるかが腕の見せ所だ。
「良し、エリクサーの原料ゲット! これだけあれば10本分は堅いな。今回はどうしよかなー? 売って金にするか、錬金するのに取っておくか……」
ホクホク顔で現在拠点としている街へ戻っていく青年。
その姿はシンプルながらも随所に髙ランクの素材が使われた装備からなっている、歴戦の冒険者のものだった。
彼の名はカーム。
またの名を凪哲哉。
日本で事故に合い、異世界に来てしまったと思い込んでいる男だ。
「このゲームチックな部分があるくせ、変にリアルな世界に来てもう5年目かぁ。先輩、今頃どうしてるかな?」
街への帰り道をぶらつきながら、かつて凪哲哉という日本人として研究所で働いていた頃を――自分が死んだらしい日のことを思い出す。
(意識が沈む前に聞いたあの音……十中八九、雷が落ちてきた音だよなー。オレの死因って感電死とかその辺りだろうな)
雷の音が鳴ったと知覚してからしばらくの記憶は無い。
夢でも見ているかのような感覚のまま、周りの景色が高速で過ぎ去っていく光景を見るだけの時間がずっとずっと続いていたのだ。
一体どれほどの時が流れたのかは知るよしもないが、突然何かに引っ張り出されるような不思議な感覚に襲われ、気付けば見知らぬ世界に降り立っていた。
……全裸で。
(あの時は焦った。異世界転生だか転移だか知らないが、服ぐらいどうにかならなかったのか……)
何せ下着すらない状態なのだ。
真の防御力ゼロだ。いい年した大人として泣けてくる。
その後、紆余曲折あってどうにか服を手に入れたことで、ようやく冷静に状況を分析し出す余裕が生まれた。
――恐らく、自分は雷が研究所に直撃したことによって起こった事故で死んでしまったのだろう。
――夢のようにフワフワしていた空間はたぶんあの世へ行く道。
――引っ張り出されるような感覚は超常的な存在が自分の魂を回収した時だ。そのまま異世界へポーイとされてしまった違いない。
異世界転生モノはジャンルとして知ってはいたが、ここまで雑に転生されるとは思わなかった。様々パターンがあるらしいが、少なくとも説明もなく全裸で放り出されるのは珍しいだろうな逆にラッキー!と、遠い目になって現実逃避したのは記憶に新しい。
そこからは必死だ。
何せ戸籍も無ければ、身分を証明するためのものも無かったのだ。
幸いこの世界は余所者に対しての対処がかなり雑だったおかげで怪しまれることもなく、戸籍や身分が無くとも就ける冒険者になることができた。
依頼をこなし、戦う。
そんな日々を毎日のように繰り返してきた。
今では最高峰のSランク冒険者となり、最初の頃は死に物狂いで倒していたボス系のモンスターも大半は雑魚同然となった。
ようはこの世界で生きるのに心の余裕が出てきたのである。
だからこそ、この世界の違和感を最近は感じ始めている。
「あ、カームさんおかえりなさい! お仕事お疲れ様です」
物思いにふけっていればいつの間にか街の出入り口へ差し掛かっていた。
門の側にいるのはちょっとオシャレをし始めたといった年齢のアスリー。素朴な笑顔が可愛らしい16歳程度の少女。
……そう少女だ。
なぜか門番や衛兵ではなく街に住んでいる少女。
カームに“嫌いなタイプには定型文を繰り返すことで追い払おうとする女”として覚えられた、日中から門の側でウロウロしているヤバイ少女である。
「……普通に挨拶してくれるまで2年は掛かったんだよな」
「あれ? 初めてお会いした時、緊張してたのまだ怒ってます?」
「当たり前のような会話をしてくれるまでさらに2年」
「だから緊張してたんですって」
(絶対緊張してたのが理由じゃないでしょ!)
第一印象は素朴な可愛い子、だったのだ。
初めて顔を合わせた時は「中央都市ダルジムへようこそ!」と花の咲いたかの笑顔で歓迎してくれた。
その日は異世界初の街で冒険者登録をし、翌日には冒険者の仕事として街の外へ出掛ける予定だったので再び門へ。その際にも同じ場所にいたため声を掛けてみたのだが――
「キミ、昨日もここにいたけど何かの仕事なの?」
「中央都市ダルジムへようこそ!」
「えっと、よろしければお名前を……」
「中央都市ダルジムへ、ようこそー!!」
会話のドッジボール完全拒否。
カームからすれば副音声で「私はアナタみたいなパッとしない男とか興味ないんですよ」と言われたに等しい。
確かにカームの姿は凪だった頃からほとんど変わってない。
外国人風の異世界の住人からしたらむしろ変に見えたのかもしれない。
そもそも異国人風の男が急に話しかけてきたら警戒するし嫌われるよねHAHAHA!
……カームは涙が出そうになった。
(にしても……)
目の前の少女とは5年の付き合いだ。
そう、初めて会ってから5年も経っている。
しかし、彼女は全く変わらない。少女のままだ。
(この世界……何かがおかしい)
なまじ、リアルな部分も多いために気付くのが遅れた。
生きるのに必死だった。剣なんて最初はまともに振れなかった。
もしかしたら、自分がこの世界に来たのは意味があるんじゃないか? もしかしたら、神様特典で魔王的存在を倒せば生き返らせてくれるんじゃないか? そう思って高難度ミッションを、強力なモンスターと戦い続けた。
だが、世界の危機的なものも無く、情報もほぼ出尽くしたために妙な期待をするのをやめた。
強くなったこともあり、焦燥感もなくなって今までおざなりにしていたことに目を向けるようにした。
そこで初めて異常だと気付いた。
どうしてこの世界の人は年を取らない?
誰もそのことに違和感を覚えてない。赤ん坊は赤ん坊のまま。老人は老人のまま。5年間で一切年を取っていない。
どうして最初の内はまともに会話すら難しかった?
帰ってくるのはまるで決められた文章だけだった。最近になってようやくほとんど違和感のない会話になってきた。
どうして他の冒険者はオレと組んでくれない?
いつも適当な理由で断られる。
どうしてモンスターを解体する時、嫌にすんなりといく?
グロいのには違いないが、決められた区切りになっているみたいに簡単に解体ができる。
どうしてオレは1度もトイレに行ったことがないんだ?
1番おかしいだろ何で気付かなかったと自分に問い詰めたい。この世界、そもそもトイレが存在しなかった。
心に余裕がなかった、と言えばそれまでだが鈍感を通り越してアホの域に達している。子供時代からの短所だった。
「そもそも流通もクソもないし、自分の体にも違和感を持ってるからな……。口に出さずにいたけど、ここ本当に異世界か?」
商店の建ち並ぶエリアを歩きながらぼやくカーム。
見慣れてたはずの景色どこらか自分にまで違和感を感じ、何を信じて生きていけばいいのかとため息しか出てこない。
と、そこで見知った顔が近づいてきた。
「やあやあ、そこにいるのはカームさんじゃありませんか! 長旅から戻られたようで何よりですね!」
「オマエか笛吹き男」
目の前までやって来たのは吟遊詩人と名乗っている男、ハーメルン。
腹が立つほどのイケメンで案の定5年前から何も変わっていない、その名前から“笛吹き男”とカームから呼ばれている者だ。
ちなみに、笛は不得意らしい。
(コイツとも長い付き合いなんだよな。情報通だし)
この男、初めて会った時から最低限の会話ができたうえに様々な情報を提供してくれるので、先程のアスリーより付き合いが深いのである。
酒を飲む時の愚痴相手はもっぱらハーメルンだ。
情報屋に転職しても生きていけるほど耳が早く、「〇〇にレアモンスターが大量発生したそうですよ」と言われればそのモンスターを乱獲しに出掛け、「〇〇って街、今治安が悪くなってますよ」という話を聞いてしばらく遠くで活動していれば、本当にその街で変な奴らが出て騒ぎになったと後に聞くこととなった。
その精度はほぼ100%。
ゲームにでてくるお助けキャラのような存在だ。
「はるばる魔境まで行ったと聞いて心配したんですよ? すごく遠くでしたし、こうして会うのも何ヶ月ぶりか……」
「オマエの情報で向かったの忘れてないか? 結論から言うと、隅々まで調べたが最後の希望(元の世界への生き返りなど)が断たれたんだよ。諦めから心に余裕ができたせいで今大変だけど」
「私の情報も完全に正確であるとは言えませんが、そうですかハズレでしたか。封印された魔王がいるというお伽話は……」
「ああ、オレはこの世界に骨を埋めることになりそうだ。死ねるかどうかかなり怪しいけど」
しんみりした雰囲気が流れる中、話題を変えるようにとっておきの情報をカームへ披露することにした。
「ところで知ってますか? 最近話題になっている予言を」
「予言?」
「えぇ、どこから噂されたか定かじゃないんですがね? この世界に異邦人が大勢やって来て新たな時代が幕を開ける――らしいですよ」
「何じゃそりゃ?」
「ちなみに予言の日は……明日です。場所は『始まりの街メーレ』」
「すぐじゃないか! てか、あそこかよ」
余りに早すぎる予言の日時に驚愕するカーム。
そもそも『始まりの街メーレ』は悪く言うと半端な位置にある、どこが始まりなのか分からない田舎の街だ。ついでに言うと、少し前に素行の悪い余所者が出たのがその街だったりする。
「嫌な予感しかしない」
「同意見ですが、もしかしたらおもしろいものが見れるかもしれませんよ? 騙されたと思って見てみれば?」
「うーん……まぁ、いいけどさ」
どうせ気分転換したかったし。
そう言って自らの拠点に戻るカームを、笛吹き男はじっと見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何だよ、これ……」
翌日、せっかくだからと『始まりの街メーレ』へやってきたカーム。
自身の知っているこの街は可もなく不可もなく、必要な設備などは一通り揃っているがそれ以外特色のない人気の少ない街――のはずだったが。
「うおーーー! すげー! 本物と変わんねーよマジすっげ!」
「感動しすぎて語彙力が低下している件W」
「パーティーメンバー募集してまーす!」
「最新情報があれば是非ウチへ! 有益と判断されれば高額で買い取りますよ! 検証結果次第じゃ一攫千金も!」
「配信者のユミっち☆です! 今日は皆さんと冒険したいと思います」
す っ ご い 人 が 増 え て い た 。
(どっから湧き出たんだコイツら!?)
もはや恐怖だった。
例えるなら、特に理由も無いのに突然自分の住む地域に観光客が押し寄せて来たかのような異常な光景。
余りの人口上昇に驚き、咄嗟に建物の影へ隠れてしまった。
(いや、それだけじゃない)
良く見ればその特殊性が分かる。
まず、ほぼ全員が初心者冒険者が着るような服に身を包んでいること。
たまに違う人もいるようだが全体数からすると少ない。
さらに、頭の上に色つきカーソルのような変な物体が付いている。
何やらマークのようなものも一緒に見えるが詳細は不明だ。
ついでに、なぜか美男美女ばかりだった。
何よりも……
「何だ……? この懐かしい感じ?」
突然やって来て騒いでる謎の人物たち。
そのノリに酷く懐かしさを覚えているのだ。
(………………)
カームは非常に鈍感だがバカではない。
もうすでに答えには行き着いていた。
「ここは……この世界は――」
タイミング良く聞こえてきたアナウンスが全ての答えだった。
『皆様、《GTO》ジェネシス・テイル・オンラインへようこそ! 世界初のVRMMOがついに解禁! 新たな創世の物語を作るのはキミたちだ! 第1陣プレイヤーの皆様方には剣と魔法のファンタジーで、楽しく自分だけの物語を体験してください!』
街から少し離れた森の木の下でカームは座り込んでいた。
あのあと、どうやって街の外に出たのか覚えていない。
ただ、この世界の違和感の大半が分かったことに関して頭が付いていけなかったのだ。その衝撃度は半端じゃない。
(オレがいるこの世界は……ゲーム)
どうして今日サービスを開始したゲームの世界に5年もいたのかは考えても答えが出なかったが、1つ分かったことはある。
(先輩や家族と連絡ができるかもしれない)
難しいのは分かっている。
そもそも自分の今の状態がどれだけ異常なのか、カーム自身が1番分かっているのだ。
慎重に事を進めなければいけない。
下手を打つと、とんでもなく面倒な事態に繋がる。
だから、すぐ側で起きている事態に介入するのも避けるべきなのだ。
「やめてください!」
「残念でした~PvPは許可されてんだよ」
「一方的にプレイヤーを襲うのはマナー違反ですよ!」
「うっせえ! 公式が許可してんのにマナーも何もあるか! とっととそのレアアイテム置いてけ!!」
いかにもなチンピラと襲われそうになっている少女の図だ。
テンプレ過ぎて罠ではないかと疑うほどである。
しかし、
「このまま見過ごすのも違うよなー」
逆にチャンスであるとポジティブに考えることにする。
今後どう転ぶにしてもゲームプレイヤーの知り合いがいなければ何も始まらない。その取っ掛かりを作るのだ。
「おい、アンタ何してんだよ?」
「え!? だ、誰……?」
襲われそうになっていた少女を庇うよう前に出るカーム。
正面から顔を見ることになったチンピラ同然のプレイヤーは、腹が立つほどイケメン顔だったこともあってより醜悪さが滲み出ている。
「あん? ……んだよ、NPCかよ。どっかで特殊イベントでも踏んだか?」
「NPC……か」
カームにはプレイヤー全員に付いていると思われるカーソルが存在しない。
なら、AIで動くキャラ――NPCに間違えられるのも無理はない。
今回はそれを最大限活かすだけである。
「邪魔だからあっち行ってろ。しっしっ!」
「そうはいかない。『始まりの街』が騒がしいからやって来たが、初心者冒険者を襲おうとするなんて、先輩冒険者として放っておけない」
「あっそ……なら死ねよ」
チンピラはごく自然な動作で手に持った斧をカームの首に叩き付けてくる。
当然、当たってやる義理は無いので余裕をもって避ける……が。
「……想像以上に遅いし、動きが雑だな」
「うおっ!? いつの間に逃げやがった!」
余りにもカームとチンピラでは実力差に開きがあった。
もちろん相手が弱いのではなく、この世界がリアルだと思い込んでいた5年間で文字通り周りが見えなくなるほど必死で生きたカームが強すぎるのだが。
その後、何度もチンピラは攻撃を仕掛けるが何1つ当たることはない。
「くそっ、くそっ! 何でNPCがこんな……! オレはβテスターだぞ!? 何人もプレイヤーを倒してるのにこんな!」
「すごい……スキルを使ってる様子もないのにどうして」
焦り始めるチンピラに、感嘆の声が漏れる少女。
始まってからまだ10数秒の攻防だが、カームが未だに武器を抜いていないこともあってチンピラ側が遊ばれているようにしか見えない。
「クソが! こうなったら――」
「マズい、必殺技です! 避けて!」
「もう遅え! 『裂刃暴虐』!!」
斧の必殺技スキル――『裂刃暴虐』。
斧に強力な風のエネルギーを溜め込んで振り下ろした瞬間、周囲の敵に対して風の刃による攻撃を行う、高攻撃力かつ多段ヒットも狙える使い勝手の良い必殺技である。
この技は初心者レベルではまだ覚えることができない。
βテスターとして《GTO》をプレイした経験があるからこそ、その特典として得た装備やスキル等によって発動が可能なのだ。
「だから遅すぎるんだって」
だが必殺技を放とうと腕を振り上げた時、脇の下に僅かな痛みと大きな衝撃がきたことで発動がキャンセルされる。
動きが止まったチンピラの背後では、自身の武器である刀を抜いたカームが子供に言い聞かせるよう丁寧に説明する。
「斧系の技は強力だがその分隙が大きい。大抵は大きく振りかぶる必要があるから、タイミング見て脇に攻撃仕掛ければ確実に不発にできる」
「…………何だよ、それ? フルプレートじゃねえが防御力の高い装備を身に付けてるんだぞ? なのに、何で攻撃判定にクリティカルが出てHPが目に見えて減ってるんだよ……? そんなノックバック効果、オレは知らねえし……どうして脇から血が出てるんだ?」
必殺技スキルを途中で止める方法はあるが、それはカームがしたような1度きりのチャンスで針穴に糸を通すような方法ではない。技同士の相性であったり専用のスキルであったりで、技術によるキャンセルなど聞いたこともない。
そして《GTO》には、流血表現やグロテスク表現が苦手な人向けにフィルター設定が存在する。通常ならば自分や相手のダメージが崩れたポリゴンの表現になるのだが、最低にまで設定するとスプラッター映画も真っ青な表現となるのだ。当然血が流れる表現もある。
しかし、チンピラはフィルター設定を弄っていない。
にも関わらず、脇からは本当に刺されたかのように血が流れ落ちる。
カームは知らない。
自分の存在自体が一種のバグであることを。
常にフィルター設定が最低なうえ、自分がしたこと全てを――周囲の相手にまで適応させるバグとなっていることを。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいい!」
「逃がさねえよ。……『喰血骸』」
そこで初めてその異常性を認識し、恐怖を覚え逃げるチンピラ。
カームは悲鳴を上げて逃げ出した相手に対し、その場で刀を振るう。
普通ならば絶対に届かないはずの斬撃は――
――ザンッッッ!!
チンピラの首を見事に斬り落とした。
刀の必殺技――『喰血骸』。
それは本体の刀とは別に斬撃が発生するポイントを作り出す技。
相手からすれば避けたはずの攻撃が当たって血に沈むこととなるのだ。
刀を武器に限界までレベルを上げたカームだからこそ習得できた技である。
そんなカームは派手に流れる血を見ながら「ゲームだしどうせ復活の泉的な場所で蘇ってるよなー」と事の重大さに気付かず考えている。
「さて、大丈夫です……か?」
「………………」
自分が助けたはずの少女が返り血らしきものを顔に付けたまま固まっていた。
実は斬り飛ばされた首から出た血のエフェクトが近くにいた少女に掛かったわけだが、もちろん少女の方のフィルター設定は通常通りだ。普通の感性であるが故に、流血表現など以ての外なのである。
なので当然、
「……きゅう」
「ちょ、気絶したああああああああ!?」
キャパシティオーバーで気を失ってしまった。
今頃ゲーム機器からは異常を知らせる音が鳴り響いているだろう。
現実世界で飛び起きるか、眠ったように意識を失いっぱなしなのかはカームの知るところではないが、少女の体がポリゴンとなって消えていくのを見て「せっかくの協力者候補が~」と途方に暮れてしまうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【世界初】《GTO》についての雑談スレpart.34【VRMMO】
このスレは《GTO》について様々な意見を交換し合う掲示板です
マナーを守って楽しく雑談しましょう!
→《GTO》公式サイト https:XXXXX~
・
77:名無しのプレイヤー
じゃあNPCにも好感度があるのか
78:名無しのプレイヤー
最初のVRMMOとしては破格の出来らしいからな
噂では超天才科学者によって一気に開発がすすんだとか
79:名無しのプレイヤー
今時そんなマンガみたいな天才がいるかよ乙
80:名無しのプレイヤー
でも本当に信じられない技術力だぞ。
フィルター機能最低にしてモンスターと戦ってみろ
飛ぶぜ(ニヤリ
81:名無しのプレイヤー
>80
うん飛ぶね、意識が。ついでにモンスターの生首が。
グロさMAXで試して公開したわ……うえ
82:名無しのプレイヤー
痛覚フィルターまであるらしいからな
さすがに怖くて試せないけど
83:名無しのプレイヤー
表現&痛覚フィルターは18歳以上でないと運営から許可されず
最低&最大するまでに何度も契約書にサインしなきゃできない徹底ぶり
完全に自己責任です
84:名無しのプレイヤー
フィルター機能で思い出したけど、変なNPCがいるらしいぞ
85:名無しのプレイヤー
何々? どんな?
86:名無しのプレイヤー
人伝に聞いたから信憑性は微妙なんだけどな?
『始まりの街』近くの森で偶然レアアイテムを手に入れた美少女(ここ大事)
がいたんだけど、それ狙ってβテスターがPvP仕掛けてきたらしいんだ
87:名無しのプレイヤー
あ、オレ知ってるかも
β時代からマナー悪くて運営からも注意されたやつ
片手斧装備した金髪イケメン(中身チンピラ)だろ
88:名無しのプレイヤー
いたなー自分より弱いやつばかり狙ってPvPしてたの……
アイツのせいで街の住人NPCの協力が必要なクエスト失敗したんだ
悪さばかりしてプレイヤー全員に対する好感度が超下がったから
89:名無しのプレイヤー
たぶんソイツ
で、一歩的にPvP仕掛けてアイテム奪おうという時に先輩冒険者って立ち位置の
NPCが助けてくれたんだってさ
90:名無しのプレイヤー
序盤のお助けキャラか?
91:名無しのプレイヤー
何でもチンピラの攻撃全部避けただけじゃなくて
必殺技の発動を技術力だけでキャンセルしたらしいぞ
92:名無しのプレイヤー
しかも攻撃した場所から血が出てるのを、フィルターが掛かってるはずの
チンピラや美少女も確認しているとのこと
93:名無しのプレイヤー
バグか?
94:名無しのプレイヤー
分からん
最後は謎の技で逃げ出したチンピラの首を切り落とし流血ブシャ!
助けられた美少女(後に情報提供者)は掛かった返り血で気絶
気付いたら強制ログアウトになってたんだって
95:名無しのプレイヤー
最後だけ草
96:名無しのプレイヤー
何かのイベント専用NPCの誤作動か
小さなバグの報告はあるんだし、今回もそれなんじゃ
97:名無しのプレイヤー
βテスターのチンピラ、無事に死に戻りできたのかね?
98:名無しのプレイヤー
言うタイミング見計らってたんだけど、チンピラのその後なら知ってる
『始まりの街』の広場に戻ってくることはできたみたいだぞ……パンイチで
99:名無しのプレイヤー
は?
100:名無しのプレイヤー
はぁ? インナー姿だったってこと? 何で?
101:名無しのプレイヤー
分からん
本人も驚いてたし、βテスター特典の装備一式全部無くなってたっぽい
結局、初心者装備でとぼとぼ広場を出て行った
102:名無しのプレイヤー
かわいそ
103:名無しのプレイヤー
カワウソW
104:名無しのプレイヤー
案外やられたあと、そのNPCに装備剥ぎ取られてたりして
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アッハッハッハ! 初日から面白いことしてくれてんねー」
「うーん、やっぱり彼だけ文字通り生きてる世界が違うね。表現フィルターは常に最低で、痛覚フィルター常に最大となってる」
「そんな世界で5年以上も戦ったら、そりゃ強くもなる。しかもシステムによる動きの制限も受けていないときた。自由度は驚異の95%。まさにバグの塊だ!」
「ま、AIを自己進化させるためにゲーム内時間を3倍にしていたから、実際は2年も経っていないけどね。そこに漕ぎ着けるまでにさらに数年を要しているから、私もアラサー一歩手前になったけど」
「関西に転職して開発主任の座を奪うまで長かったなー」
「クフフ……あくまでゲーム世界だから違和感は拭えないだろうけど、これからキミも楽しめるように色々イベントを用意するからね」
「あの雷のせいで意識データごとネット世界に流れていることを知った時は驚いたけど、おかげでその箱庭に誘導できた」
「大丈夫、大丈夫だよぉ。元の肉体に戻れるよう死力を尽くすし、叶わなくとも箱庭――《GTO》で幸せになれるよう取り計らうから」
「ん? やあハーメルンおかえり。昨日も彼の誘導ありがとう。おかげでこれまで彼に気付いたやつは誰もいなかったよ」
「『もっと大々的に助ければいいんじゃ』? 何度も言っただろ。無理、無理だよ。彼のケースは特異過ぎる。他の奴らが存在を知ったら体のいい実験体扱いされるに決まってる」
「そうだ……キミのことレアケースとか言って変なことしようとしたクソ上司みたいに……やらせるものかやらせるものかやらせるものかやらせるものかやらせるものかやらせるものかやらせるものかやらせるものか」
「他の奴らなんて信用できるか」
「私が護るんだ。今度こそ遠くに行かせるか」
「それが私の罪と罰なんだから……!」
「ああぁ、あぁ、けど、やっぱり会いたいなー」
「 愛 し て る よ … … 助 手 く ん 」
コンセプトは「VRMMOの世界にやけにリアルな要素を持ったバグキャラがいたら」。
元々はお気に入りしている作者様の作品と、もうタイトルすら思い出せない偶然読んだ作品から発想を得たのでそれらしい設定をつけて書いてみようとなったのです。
難しかった。たぶん続きとかは書かない。
なので、最後に登場キャラについてだけ簡単な説明。
今後どうなるかは読者様たちの想像の自由に任せます(投げやり)。
活動報告で具体的な感想とか書きます。
・凪哲哉
実験中の事故で雷の電気がどうたらこうたらした結果、ネットの電子世界に意識だけが流された。
どのように作用してるかも分からないくらいのバグの塊。
チンピラをkillしたあと、少しの間体が残ってたので装備を剥ぎ取った。
本来ならモンスターを倒すとポリゴンになってアイテムがランダムに落ちる仕様なのが、普通に解体すれば全部手に入るような状態。「リオ〇ウスの紅玉? 心臓付近解体したら出てきますよ?」。
・猪澤澪奈
ある意味黒幕ポジション。
研究所もゲーム会社もユーザーも全て欺き続けた怪物。
後輩を振り回す面倒見は良い先輩から、疑心暗鬼気味のヤンデレ黒幕へエヴォリューション。本来の進化先のメタルグレ〇モンが、スカル〇レイモンに置き換わった感じ。
実は一緒に働くようになってから異性として後輩のことは意識していたし何ならアプローチもしてみたが、鈍感力の前に敗北した。
事故後から自己嫌悪が酷く、クソ上司がいらんことをしようとしたために壊れた。上司はギリギリ合法と言えなくない手段で行方不明に。ネットを漂流している後輩の意識データを見つけてからは精力的に動いて、保護するために開発途中のゲーム世界に誘導した(迷路の出入り口抜けたら巨大掃除機が待ち構えてたイメージ)。
大事な後輩の体はそこそこ信用できる病院で預かってもらっている。
・アスリー
昼間から村の入り口で村の紹介ばかりしている村娘ポジション。
特別重要ポジでもないAIなので、成長しないこととかそのほかの違和感も“気のせい”で済ませてしまう。ただし、カームとの関わりによってはシンギュラる可能性は秘めている。
・ハーメルン
困った時のお助け&情報提供キャラ――ではなく、猪澤澪奈が用意した特別製のAI。
カームの行動を制限し、誘導することを目的に作られているが、すでにシンギュラっているので主(猪澤)と友人のことで最近はモヤモヤしている。
どこぞのネットナビのようにゲーム世界と猪澤の持つ特別な端末とを行き来できる。
・助けられた少女
突然グロ系を見るハメになって軽くトラウマになるが、やたらカームと縁があるのでモンスターのスプラッタ映像を連続視聴。皮肉にもグロ耐性ができた。死んだ魚のような目をすることが多くなった。
最初はカームを“バグでおかしくなってしまったNPC”だと思っていたが、関わるにつれて日本人じゃないかとバカな考えが浮かぶように。
ゲームのルールを無視する行動にツッコミが追いつかない。
流血表現以外は優しい青年なのでちょっと乙女心が疼いている――が、それからたまに悪寒を感じるようになった(猪澤ぇ……)。