かいけつゾロリがおもろすぎるって話
後半、下品な表現が出てきます。苦手な方は閲覧をお控えください。
前回、小説家の修行のためにかいけつゾロリを読み直すと書きました。なので、早速かいけつゾロリを何冊か読み直してみたのですが、面白過ぎました。
「きょうふのカーレース」や「てんごくとじごく」の読んでいてハラハラする場面やほっこりする場面ながたくさんある所は、大人ながらに衝撃的でした。やはり、子供に読ませる作品は、面白さがきっちりしており、展開が分かりやすかったです。
今述べた作品は非常に面白かったのですが、特に面白さが限界突破している作品がありました。
それは、「ちきゅうさいごの日」です。
この作品は、話の展開がありえないくらい凄いです。これは、後世に語り継がれるべき名作だと胸を張って言えます。
この作品の凄さを語る上で、私が信じている物語の作り方のコツを一つ語っておきたいと思います。まだまだ未熟な作家である私の物語のコツなどあてにならないかもしれませんが、怒らず読んでください。
そのコツとは、まず、皆が信じていることとそれと反対のことの二つを意識します。その後に、その根底を覆す答えを考え、それを物語の軸にすることです。
抽象的にコツを述べたので、よく分からないでしょう。なので、具体的な例を挙げていきます。
例えば、世間一般では、たけのこの里派が多いようです。しかしもちろん、きのこの山が存在します。みんなはこのたけのこの里ときのこの山の二項対立のみを信じ切って、日々議論がかわされています。
しかし、この対立のみがはびこる社会において、どっちも嫌いだからおっとっとを食べましょうという人間が現れると皆はとてつもない衝撃を受けるでしょう。
皆、その衝撃から頭を冷ます。こんなしょうもないチョコ菓子如きで何を争っているんだ。黙って、おっとっと食べよう。となるのだ。
この衝撃が物語の一つの面白さだと思う。これを意識することで、小説の軸を作りやすくなるのだ。
さて、長々と語ってしまったが、本題のかいけつゾロリの話に戻していく。
「ちきゅうさいごの日」のあらすじは、ある日テレビのニュースを見ていると、明日、隕石が地球に落ちて、地球が終わってしまうということが報道された。それを聞いたゾロリの仲間は、最後に大好きなものを食べたいと畑の芋を盗み食べる。すると、屁でゾロリの仲間は空を飛ぶ。
どうやら食べた芋は、屁の威力を異常に高めるものだった。そして、この芋を使って、隕石を吹き飛ばそうという計画があることをゾロリ達は知る。なので、屁のスペシャリストを集めて、地球を救おうという話だ。
皆、このあらすじを聞いて、人生最大の衝撃を受けてしまっていると思う。
まず、隕石が落ちるという出来事がある。この話を聞いて、世間一般の人間は、地球最後の日に何をしようかと考えをめぐらす。しかし、この反対の勢力として、向かってくる隕石を命を懸けて、食い止めるハリウッドのハゲがいる。
なので、人類の滅亡を受け入れて、好きなように生きようとする人間と命を懸けて食い止めようとする人間がせめぎ合う中で、一人の人間がみんなで屁をこいて、隕石をずらしましょうと言う。
すると、皆は衝撃を受け、冷静になる。そうか、地球の最後に怯える必要も、誰かを犠牲にする必要もない。黙って、みんなで屁をこけばいいだけなんだ。となるのだ。
この解決法は、子供に見せるには衝撃が空前絶後です。
しかし、この空前絶後の衝撃をも優に超える人知を超越した結末が待っています。この結末が気になった方は、自身の目で確認してみてください。
かいけつゾロリを読んで分かったことですが、原作者は、神の領域にいます。人として体現しているのか怪しいレベルです。
そして、児童文学にも不覚を取ってしまう私の作品をもう一度考え直す必要があると感じました。




