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7 最弱冒険者の冴えない日々、終わる。

"キタアァアアアアア!"

"やっぱやんの!?"

"大鬼とのリベンジマッチが見たい!"

"つかヒヨりんはどうなったの!?"

 

「いや、えっと……」

 戸惑う蒼汰など置き去りにして、コメントは加速的に盛り上がっていく。


"大鬼とリベンジまじか"

"次は本気で格上殺しするんだよな?"

"まじで伝説の幕開け"


「ちょっと、待って……」

 

 焼けたように喉が痛くて、心ここにあらずといった具合で、急速に流れるコメント欄に置いていかれるような感覚がして、蒼汰は画面に思わず手を伸ばした。


”いなばんに求めてたのはそれだ”

”大鬼倒したらまじで伝説だし、というかMeTuberとしても冒険者としても世界史上初の記録出る”

”お前なら出来る。やろう、いなばん” 

 

「だ、だから……」


 額に手を当てる。くらりと立ち眩みがした。

 キュッと唇を結んで、溢れ出そうになる言葉を口の中に封じ込めた。

 

「——お前は、格上殺しをしなきゃいけないにゃ」

 ヒヨりんの言葉は、間違っていなかった。彼女は、何もかも正しかった。

 

「……でも、無理だって。俺には、無理だよ……」

 思い出すだけで鳥肌が立つ。圧倒的力の差。生物的レベルが端から違った。捕食者と、獲物でしかなかった。そこに対立など、そもそも存在していなかった。

 

”は?”

”え、格上殺ししないってこと?”

”はい解散”

”ひよりんはどうなったんだよ”

”つまんな”

”おもんなさすぎ。空気読めよ。だから一生底辺なんだよ” 

 

(……だって、だって……俺は……)

  

 稲葉蒼汰は蹲る。


 ヒヨりんの言葉は、何一つとして間違っちゃいなかった。

 彼女はすべて正しかった。稲葉蒼汰が一億稼ぐ方法。それは、格上殺しそれのみだ。彼女は的確にそれを当ててみせた。きっと、それ以外のことも、彼女は正しかったのだ。

 

「俺は……俺は……」

 喉から、震えた声が漏れる。


「――あー、待ってよ、おにーちゃん!」

 ふと妹の声が聞こえた気がして、稲葉蒼汰はハッと顔を上げた。

 耳を澄ますと、家の外から和やかな兄妹の会話が聞こえてくる。


(俺が、欲しかった幸せ……)

 

 ぎゅっと、稲葉蒼汰は拳を握りしめる。

 

 億万長者とか、世界に響く名声だとか、大それた夢じゃない。ささやかで、ちっぽけな、誰かにとっての平凡な日常。帰る家があって、待つ人がいて、笑顔でその日の夕食の献立を相談して、アイスを買いに夜、コンビニへと散歩する。そんな、ささやかな幸せ。

 それが稲葉蒼汰にとっての、かけがえのない夢だった。

 

 ささやかで、ちっぽけな、1億円の夢。

 

 何もかもが変わった中学2年の冬のことを、ふと稲葉蒼汰は思い出した。

 

『――妹さん……ユズハちゃんは残念ながら、約3年かけて少しずつ、魔物に至ります』


 治療法はエリクサーのみだ、と医者は言った。それが1億もする代物だ、とも。

 

 中学一年のその夏、稲葉蒼汰は死にたかった。来る日も来る日も、病院の屋上から地上を見下ろして、そのたびに己を嫌いになった。


『――ユズハの病気、治る……?』

『――うん、治るよ。……治すから、俺が』

『――やった! 退院したら、絶対遊園地、行こーね!』

『――……うん。約束だ』 


 来る日も、来る日も。

 嘘を塗り重ねて、そのたびに死にたくなった。 

 

 全部、嘘だよ。本当は、君の病気は治らないんだ。人を襲ったら危険だから、もちろん、外にも出られない。この鳥かごで、一生、寝たきり。

 

 ……なんて、言えない。言えなかった。言ってたまるか、とも思った。

 

『――……治るよ。絶対に、治る。……本当に』


 中学3年の冬のことだ。稲葉蒼汰は、気づけば走り出していた。

 なけなしの二万円を握りしめて、がむしゃらに走った。交通機関の存在など忘れ去って、隣町まで走り続けた。

 初心者御用達の冒険者グッズを買って、突拍子もなく迷宮に潜り込んだ。

 冒険者免許が取得できるのは、15歳以上から。そんなこと、知ったこっちゃなかった。

 涙も垂れ流しにして、迷宮内を駆け抜けた。

 

 Aランク冒険者の平均年収は、一億。……これしかないと、思ったのだ。

 稼ぐ。一億円を、稼ぐ。どうなってもいいから、魔物を倒して、宝を見つけて、それで。

 

『――グルァァァアアァァァアア!!』

 

 幼き未熟な少年の前に立ちはだかった、大きな黒い影。大鬼よりも、ずっとずっと強力な魔物だった。けれど、蒼汰は斬りかかった。無謀にも、くたびれた剣一つで。

 

 結局、すぐに通りすがりの冒険者に保護されて、家に帰されたのだが。

 それでも、稲葉蒼汰は鮮明に覚えていた。蒼汰を保護した冒険者の一人が、警察を待つ最中に胸ぐらを掴んできたときのことだ。


『――テメェ、ガキが……冒険者舐めてんじゃねぇぞ。免許も責任も持てねぇクソガキがAランクダンジョンだぁ? 準備、経験、下調べ、Aランクの俺達でさえあらゆる下積みの上でようやく迷宮に足を踏み入れんだ。……それを、テメェみてぇなガキが思いつきで攻略できると微塵でも思ったか、ぁあッ!?』

『――だったら、教えてくれよ……』

『――あ?』

『――どうやったら、あんたみたいに強くなれる……? ……2年だ。あと、2年しかない。……待って、られるかよ。どうやったら、あんたみたいに……っ』

『――10年だ。俺が、Aランクになるまでにかかった時間。そんで、43人。……俺の目の前で死んでったやつの数だ。どいつも手練れだった。事情は分かんねぇが、諦めろ……甘くねぇ世界だ』

『――諦めちゃ、だめなんだよ。ダメなんだ。……助けないと。約束、したんだよ。遊園地行くって。だから……待ってちゃ、ダメなんだよッ!』

『――んなっ、テメッ、バカ野郎!』 


(あの後……もっかい迷宮に突っ込もうとして、ぶちギレられたんだっけ)

 

 過去を思い出しながら、稲葉蒼汰は唇をきゅっと結んだ。

 部屋の片隅で、あの日買った初心者用の装備がくたばっているのが見えた。溢れ出る想いの名前を、蒼汰は知らなかった。とにかく、胸が苦しかった。 


 頭の中で、幼い蒼汰が蒼汰に剣の切っ先を向けて挑発している。


「おい」と。「あと半年だろ。……Aランク、いけんのかよ」

「俺は……」

 

 ぎゅっと、拳を握りしめる。妙な焦燥感に駆られて、気づけば初心者用装備に手を伸ばしていた。

 初心者用装備のポケットをまさぐると、懐かしい感触が指先をなでる。


 病を患う前のユズハとの、幸せそうなツーショットと、期限切れの遊園地のチケット二枚。

 

「……あ」

 呆けた声が漏れて、涙が一筋頬を伝った。

  

 何度触ったのか、端のほうが指の形に色褪せたくたびれた写真。その裏にアホみたいな字面で大きく書かれた、『Aランクになる! 一億稼ぐ!!!』の文字。

  

 なぜ、忘れていたんだろう。

『わんっ!』頭の中で、もうひとりの弱い自分が吠えている。

 

 タカシがニタリと笑って、蒼汰の耳元で囁いた。


『――お前は、俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ』

 

「うるせーよ……」

 震えた声で、言葉が漏れた。

 

 サッカーをやめた。責任に向き合うのが怖かったから。

 ゴブリンに負けた。だから諦めた。才能がないと気づくのに、時間はかからなかった。

 タカシに負けた。だから彼の命令に従った。そむいて殴られるのが、蹴られるのが、恐ろしかったから。 


 ……ずっと、ずっと逃げ続けてきた。

 

『また、逃げるんだ?』

 頭の中で猫耳の少女が、挑発するように笑う。


「もう、逃げない……」気づけば、蒼汰は立ち上がっていた。「……行ってやる。絶対に。……Aランクになって、一億、稼いでやる……っ」


”は?”

”待て待て、なにがどうなってんの”

”情緒不安定すぎて怖い”

 

「うるせぇッ! 俺は、稲葉蒼汰はァッ! Aランクに、行ってやるって言ってんだッ!」


 夏。高校一年の稲葉蒼汰は、気づけば走り出していた。

 初期装備のくたびれた胸当てと剣を抱えて、全力で。

 二年間の微睡みから目を覚ました熱い衝動を抱えて、いつかの冬の日のように。

 

 裸足のまま、突き飛ばすように玄関を飛び出して、炎天下の民家街を駆け抜けていく。

 幸せそうに歩く親子も、公園で遊ぶ子どもたちも、何もかも気に食わなかった。

 ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、すぐに息が切れる。それでも浅い呼吸を繰り返しながら、足を止めなかった。

 

「諦めてた……心の何処かで、ずっと……っ!」

 

 転ける。生傷がまた一つ増える。それでも、止まることはなかった。不安定なリズムで、走る。


「……でも、思い出した。約束したんだ……。そうだよ、俺は……っ、俺はぁっ!」


 ずいぶんと長い時間を無駄にしたと、蒼汰は思った。

 残された時間はもう、半年だけ。

 

 なんで、忘れていたんだろう。

 病院の屋上から毎日見下ろした景色を、ふと思い出した。

 

 ――中学二年の稲葉蒼汰は、死にたかった。

 両親を失い、友人に裏切られ、妹を失い、世界に絶望したから。

 

 けれど、死ななかった。約束をしたからだ。妹と、ユズハと、遊園地に行く約束。

 

 叶えるため、あの日、稲葉蒼汰は暗闇に飛び込んだ。

 

「……よう、また会ったな」

 

 深い、深い、深淵に。

 

”ちょwwww”

”この男、まじでクレイジー”

”格上殺しできない! って言ってここ来んのヤバイwwww”

”大鬼じゃ物足りなかった男”

”※彼はFランクです”

”また会ったってことは、昔一回ここ来てて草”


 Aランク迷宮【赤翼アカバネの迷宮】。

 Aランク迷宮の中でもトップクラスの難易度を誇る、一層から迷宮ボス級が頻出する超高難易度ダンジョン。


 稲葉蒼汰は、眼前にたたずむ巨大な片翼の竜に向かって、くたびれた剣の切っ先を向けた。

 

「半年だ」静寂。ひどく冷静で、冷ややかな声だった。「半年後、お前を倒してやる。そんで……」


 稲葉蒼汰は、走り出す。


「見てるか、ヒヨりんッ! ……俺は、稲葉蒼汰はぁッ!」

 息も絶え絶えに、不安定な足取りで突っ込んでいく。

 竜は取るに足らない存在を前に、ただ立ち尽くしていた。視線を向けることさえなかった。足元のちっぽけな少年を殺すのに、翼の先を動かすことさえ、不必要なことだった。

「もう、逃げないッ! なんだってやってやるっ! 格上殺しだってやってやる! 何度だって、この暗闇に飛び込んでやるッ! だから、だからぁ――ッ!」

 

 剣を大きく振りかぶった。

 こっちを見ろ。ふざけんな。そんな憤りを抱えながら、大きく、全力で。


「――だから、俺と契約して……俺を使って、金を稼いでくれぇぇえぇぇえェエッ!」

 

 腰を捻り、思い切り剣を振り下ろす。掠める剣の先が、鋼鉄の鱗をかすかに掠め取る。……空振り。次の瞬間、気づけば蒼汰は宙を舞っていた。竜が鼻をほじろうとちょっと動いた衝撃で、ピンポン玉のように弾かれたのだ。


”弱えええwwww”

”流石最弱冒険者”


「っテぇ……」

 数十メートルふっとばされ、尻から地面に着地する。立ち上がろうとする彼に、誰かが手を差し伸べた。


「いい?」彼女は、静かに蒼汰に問いかけた。それは、宣戦布告のようにも思えた。「君はこれから……大鬼も倒さないといけないにゃ。びっくりしちゃうような格上を殺して、誰にもできないことをしなくちゃいけないのにゃ。ミノタウロスも、ドラゴンだって。……それでも、いい?」


 ぼやける視界の中で揺らめく、猫耳とピンクの髪。

 手を取って、蒼汰は強がりに笑った。


「……なんだってやるよ。半年で……最弱冒険者が、あんたの思うままの最強になってやる」

「こっちのセリフにゃ。ヒヨりんが、最弱冒険者のお前を最強の冒険者に育成してやるのにゃ」

 

”あー、今俺、伝説の幕開けを目の当たりにしてる気がする”

”格上殺しかぁ……”

”なんでだろ。まじで成功してほしい”

”こんな泥臭くて応援したくなるやつ初めてだわ”


 タイミングが良いのか、悪いのか。スマホのバッテリーが切れ、その場で配信は終了となる。

 蒼汰によるこの宣戦布告配信はたちまち二度目のバズりを見せ、ネットでは激しい格上殺し旋風が巻き起こる事態となった。

 

 きっかけは、些細なこと。

 大人気MeTuberの配信に、たまたま映ってしまっただけ。

 

 しかしこの日を境に──


「最弱冒険者が、大鬼に、格上殺しに挑んでみた。それが、俺達の最初の企画だ」


 ──稲葉蒼汰の人生は、大きく変わっていくこととなるのだった。


「……あ」

 狭窄する視界に蒼汰は呆けた声を漏らす。龍の一撃で揺らされた脳が今更機能をきたしたらしい。ぼふっ。ひよりんの胸に顔を埋めるようにして倒れ、稲葉蒼汰はその場で意識を失った。


「ちょ、ちょぉっ!? ひゃうっ!?」

 キャラクター作りを忘れ、赤面するひよりん。その様子に、コメントは大きな賑わいを見せるのであった。


:胸ダイヴキターーーーーーー!

:羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい

:えっど

:格上、殺し……(ごくり)

:格上(推定Gランク級・爆乳の魔物)


 無論、稲葉が【格上殺し】と呼ばれると同時に、並行して【格上(G級)殺し】と呼ばれるようになることは、言うまでもない。



【一口ひよ抜き】

「このバカ、どこ向かってるのにゃ!? ダンジョンにゃ!? うにゃ~、飛ばすにゃああああ!!」

(実は裏で蒼汰の配信を見ながら、配信を盛り上げる演出として登場するため、全速力でバイクで追っかけていたひよりん)


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!

うだうだと悩む弱い弱い男の子ですが、果たして彼は大鬼を倒せるのでしょうか!


面白いと思った方、続きが気になると言う方は、ぜひブックマーク、評価、感想の方を!!作者の励みになります、、、

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