6 最弱冒険者、配信をする。
呼吸を整える暇もなかった。
コメント
:きたああああああああああああ!!!
:はい、伝説の幕開け
:史上最強の最弱冒険者
:最強なのか最弱なのかはっきりしろ。いや、めっちゃ分かるけどwww
「……は? えっと、俺、今配信付けたばっかだよね……?」
開始二秒にして雪崩のように爆発するコメント欄。
シーカーズでの配信で流れるコメントとはまるで違う。速すぎるし、敵意に満ち溢れたゴミみたいなコメントが少ない。
コメント
:クソ動揺してて草
:いなばんまじ可愛い!
:めっちゃ応援してる!
:今日はなにするの!
なんてぽかぽかなコメントの数々に、蒼汰は思わず瞳を潤わせる。
「えっと、今日は何かするってわけでもなくて、つか、俺も混乱してて、何がなんだか、みたいな――って、は? なんだ、これ……」
訥々と言葉を繰り出す内に、視界の隅に映る同時接続数がみるみるうちに急増していく。それは止まることを知らず、すでに2万もの視聴者がこの配信を見ていた。3万、4万、分刻みに1万人ずつ増えていく。
蒼汰は逡巡する。
えっと、確かトップ配信者のミルケラさんが平均視聴者数8万で、次点で人気なあの人が5万くらいだから……え、今俺、トップ配信者レベルじゃね?
嘘だろ? 昨日まで、ゴミみたいな配信してた俺が?
「どうなってんだ、これ……。バグ? バグだよな? このまま行くと俺、えっと……どうなっちゃうんだ、俺……?」
コメント
:落ち着けwwwどうにもならねぇよwww
:ああ、大人気だぞ。つぶやいたーのトレンド一位がお前な
:はぁああ、相変わらず陰キャ感あってまじですこ
「いや、ヒヨりんさんのお陰で人気出たのは知ってたけど、まさかこんな……。俺なんて、道端に落ちてるゴミクズより無価値なのに、なんで……」
それは、心の底からの疑問だった。
なぜ、こんな俺が。不釣り合いな名声だ、と率直に蒼汰は思った。
コメント
:本当、この人まじでだれ? 強い人? なんでこんなに人いんの?
:ほい、これURL【最弱冒険者稲葉、10分まとめ】
:簡単に言うと、ゴブリンにもボコされる雑魚なのに格上殺しに挑戦するヤバイやつ
:改めて聞くとヤバすぎるwwwwしかもそれで良い感じに戦ってたのが凄すぎるwww
:ちな格上殺しってのは、未だに成功者が世界に一人もいない挑戦。具体的には3ランク上の魔物を狩る行為を指す。今いるSランクの奴らも割りと失敗者多い
:いなばんはFランク、すなわち『無覚醒者』なのがなによりヤバイ。あれが素の力なの、普通にフィジカルギフテッドすぎる
慌てふためく蒼汰本人のことなど気にもとめず、自分勝手に盛り上がっていくコメント欄。その勢いは留まることを知らずにますます熱を帯びていく。
一方の蒼汰はといえば、とうとう10万まで増えた視聴者数を見て、逆に冷静になりつつあった。
(なんか、現実味が薄れてきたというか。もはや実感、湧かねぇ……)
ただ気になることは一つだけだ。
「こんだけ人集まったら……いくらくらい稼げんだろ」
"初配信にして爆弾発言出てて草"
"いいぞ、いっぱい広告付けろ"
"【ウルチャ:50,000円】はい、これ妹さんへ"
コメント欄を流れる赤い文字に、「ひぅ」と変な声を漏らす。
腹の奥底に熱のわだかまりが出来て、ゆっくりと喉元まで迫り上がってくる。気づけば、熱が口先から迸っていた。
「ご、5万んんんんんんんぁぁああああ!? な、なんだこれ、は!? なになになに!? ちょ、待て待て、お前ら一旦落ち着け!」
"落ち着くのはお前だよwww"
"【ウルチャ:50,000円】ん?"
"富豪の悪ノリキタァアアアアア!!!"
ぽんぽんと赤やら青やら黄色やら、色つきのコメントが質素な画面に彩りを添えていく。目にもとどまらぬ速さでそれらが流れていくものだから、そこに注がれた金の価値が一瞬分からなくなるほどだ。
蒼汰があわあわと慌てて「待て待て! 金は大事にしないと!」なんて説き伏せようとするのだが、むしろ火に油を注ぐばかりだった。
すでに100万は流れている。行政やら企業にいくら持っていかれるのか分からないが、低めに見積もっても30万は手元に残るだろう。この勢いが続けば、ものの一時間で100万は稼げるかもしれない。
――1億円稼ぐなんて、できっこないよ。
――おそらくこの一か月でお前は、ヒヨりんの言う通り動けば、2000万は稼げるにゃ。
盲言が真実味を帯びていく。
「……まじか」
学校を休んでまで続けた冒険者活動、バイトの掛け持ち、法律違反すれすれの死体漁りに、値切り交渉や節約術で金をなんとかやりくりする日々。
そんな日々が、しかもその積み重ねが、呆気なくこの数分間に吹き飛ばされた。あばら家に嵐が吹いたみたいに、跡形もなく、一瞬で。
――いや、しかしちょっと待った。
稲葉蒼汰は思索に耽る。
昔から感情が昂ぶれば昂ぶるほど、己を俯瞰してしまう質だった。
己に起こっている現状。これは長くは持たない一過性のものだ、とすぐに理解した。そう、浮かれている場合ではないのだ。
ヒヨりんの誘いを断ってしまった今、このコンテンツの人気をとにかく持続させることに全意識を削がなければならない。
いかに上手く立ち回るか。
これをどれだけ長い間維持できるか。
これを逃したら次はないと、痛いくらいに分かっている。
そう、分かってる。冒険者の才能なんてなかった。大鬼を前にした瞬間、それを悟った。俺は目の前の魔物を討ち滅ぼす興奮よりも、ただただ恐怖に打ちひしがれた。
俺にはもう、冒険者になって一攫千金! なんてドリームはない。
だからこれが最後のチャンスだ。神様が俺にくれた、一度きりの。
1億円を稼ぐ。何が何でも。全ては、日菜の病を治すため。
そのためなら、恥も外聞もかなぐり捨てねばならない。
それこそ、本気で。
そして稲葉蒼汰は、ひりつく喉から、勢いよく声を振り絞った。
「どうもぉぉおおおおおおお、稲葉蒼汰でぇえぇえぇす! 違う違う、本名じゃねぇかそれっ! えっと、いなばんでーす!! まじでなんでもするんで、なんでも言ってください! 俺まじでやるんで、まじなんで、つかもっとウルトラチャットくれ! まじで!」
"あっ……(察し)"
"「待て待て!金は大事にしないと!」……???"
"キャラ変RTAかよ"
"出たわね、金の亡者"
"よし、スタンプとメンバーシップとファンクラブ作ろう"
"いなばんと寝落ちもちもち出来るプランが1万円で入れるって聞いたんですが、本当ですか?"
「よし、やるぞ、全部やるぞ! 寝落ちもちもちは出血大サービスで5000円だ! え? 逆立ちでバナナ食え……? やります! いなばん、なんでもやります!」
(シーカーズ、みんなの嫌がること担当にして、ポンコツキュート担当。1億円を稼ぐためなら、なんだってやってやる。視聴者のお望み通り)
透明な仮面の下でニィと笑って、稲葉蒼汰はあくまで冷静に、冷徹に、逆立ちをしながらバナナを貪り食った。
その甲斐があってか。
コメント欄は狙い通りこれまで一番の盛り上がりを見せている。
"お前、Vtuberにならないか?"
「は? 実写じゃなきゃ俺のイケメンフェイスが勿体ないだろ?」
"【ウルチャ:50000円】ううん。シンプルにブス"
"札束で殴るとはこのこと"
「……ひ、人に言って良いことと、ダメなことが、あんだろ」
"流石に50000円の喜びでは掻き消せないくらい傷ついてて草"
"【こいくちフルーツ】の狂人どもとコラボしてくれ。つかグループに入ってくれ"
「いやいや、無理でしょ、あの人達イカれてるじゃん。どこにでもいるような高校生の俺にはついてけないって」
"どこにでもいるような……???"
"一番の狂人がなんか言ってる"
"ゴブリン一匹倒すたびに50000円スパチャします"
「え、やる! ゴブリン倒す! いっぱい倒す!」
"なお→URL【ゴブリンに一発も攻撃を当てられない最弱冒険者wwww】"
「きゃああああ!? やめろ、黒歴史だから! それ貼るの禁止!」
流れるコメントにハイテンションで食らいつく。
蒼汰は早々に疲労困憊を迎えていたが、金のためと思えばやぶさかではなかった。
とはいえ視聴者の熱は収まりつつあって、既に10万を超えていたはずの視聴者は8万まで目減りしてた。更にちらほらと不満をこぼすコメントが流れ始める。
"なんか想像してたのと違った"
"もっと可愛い系かと思ってたのに"
"かかりすぎじゃない? 肩の力抜け"
"うん、なんか頑張ってるって感じ"
"金金金。人間の醜いところ見てるみたい"
"まあ、もう見ないかな。あんま面白くない"
焦燥で額に汗が滲んで、言い訳じみた言葉が口から吐いて出そうになって、蒼汰はぐっと飲み込んだ。
(……分かってる。分かってるよ)
胸の中がもやもやして、視聴者数が減るのを見るたびに鬱憤が溜まってくのがわかった。
俺には、何もない。人に誇れるようなものなんて何一つない。人付き合いは下手くそだし、頭も悪い。唯一の取り柄だった運動神経も、使い物にならなくなったのならガラクタ同然だ。
単なる一般人。ただ、偶然の積み重ねで、有名になってしまっただけ。
分かってる。だからなんだ。折角のチャンスなんだよ。
開き直りキャラの方向で舵を切ったのは、ひとえに蒼汰が『いや、そんな簡単にお金投げないで!』なんて宣うMeTuber共が大嫌いだったからだ。がっつり金儲けを企んでいるくせにそれをひた隠そうとする狡猾さが嫌いだった。
だから開き直りキャラで行こうとした。
彼はそれが裏目に出たのはなんとなく察していたし、このハイテンション芸がダダ滑りしているのも薄々肌で感じている。
(でも、諦めたくない……)
「えっと、まだまだやりたいこととかいっぱいあって、あ、ゲーム実況とか、ダンジョン探索配信とかもやる予定で! あと、あと……」
(あと、あと、なんだよ。なんかあるだろ。絞り出せって。ばか、あほ。なんで何も出ないんだよ)
いや、何も出ないのではない。稲葉蒼汰は、すでに自ずから回答を知っている。
――俺に、何もないからだ。
目に涙が滲んで視界がゆがむ。
ちっぽけな自分にひどく嫌気がさす。もし、俺じゃなかったら。ふとそう考えて、キュッと胸が痛くなった。じわじわと自己嫌悪が体を蝕む。
ああ、そうだよ。
俺じゃなかったら、きっともっと上手くやれてた。
――本当に?
(俺に、俺に出来ること。俺にしか、出来ないこと。俺にしか……)
つー、と鼻筋を鼻血がたれていく。
肌を刺すような強烈な日差しが、窓からじりりと蒼汰の首筋を焦がしていた。光を反射して光り輝く画面に、一つのコメントが流れていく。
カラカラに乾いた喉から、そのコメントを繰り返し、詠唱するようにゆっくりと、丁寧に一文字ずつ口にした。
「――格上、殺し……」
爽やかな風がふきぬける。
稲葉蒼汰は目を見開く。
心臓がバクバクとざわついて、再度盛り上がりを見せるコメント欄に全身に血が巡る。
"キタアァアアアアア!"
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