0 最弱冒険者の前日譚
――足を失った不動の最強、【疾風の白兎】。
三年前のジュニアサッカー界に雷鳴の如く現れ、不敗の成績を残した『全てを置き去りにする俊足』の持ち主。それであり、とある不慮の事故を境に足を怪我し、走れなくなった『落ちた最強』。
もしその正体が――
「うぃっすー! どもども、【シーカーズ】のタカシでーす! 今日はなんと、『底辺冒険者の友達を有名Cランク冒険者・プロゾンとタイマンさせてみた』をやっていきたいと思いまーす! そしてこちらが、今回参加してくれる友達の稲葉蒼汰くんでーす!」
「どうも、みんなの従順なペット、ぽんこつきゅーとの稲葉蒼汰でーすっ! ずっきゅーん!」
――初心者用迷宮で底辺配信者活動をしているこの俺だ、と言ったら、誰か信じてくれるだろうか。多分、誰も信じてくれやしない。
金髪坊主という中々にポップなキャラをした男、タカシに耳打ちされ、「いぇーい!」と盛り上がっている感じを装う。
すると視界の右から左に、大量のコメントが流れていく。
『きたー!!!』
『シーカーズはやっぱ企画力が神wwww』
『稲葉くん可哀想じゃん! よし、もっとやれっ!笑』
『やっぱり稲葉、またお前が人柱なのか……』
『まじで友達なの?w 鬼畜過ぎるっしょw』
本当その通りだ。鬼畜過ぎる。
シーカーズ。
チャンネル登録者数1万人くらいの、そこそこ駆け出しのMeTuberグループ。過激な内容が特徴的で、今間違いなく最も波に乗っているグループの一つだった。
メンバーは四人。
金髪坊主が特徴のCランク冒険者で、「女冒険者、だいたいわき毛の処理甘い」の挨拶で万バズを決め込んだタカシ。
編集担当のDランク冒険者、イズミ。
可愛い担当の客寄せパンダ、Eランク冒険者のナナコ。
それと、身体張り担当の最弱Eランク冒険者、イナバ――つまり俺だ。
そんなシーカーズのメンバーになったのは、つい一か月前の事。
半ば強制的にメンバーとして加えられ、タカシの言うままに過激な動画撮影を行っている。
今までやらされてきた過激企画の数はいざ知らず、
『最弱冒険者がBランクの知らないおっさんに急に罵声浴びせたらwwww』やら、『最弱冒険者がタバコのポイ捨てを注意したら、決闘する事態にwww』やら、
ありとあらゆることをやらされてきた。
ずっと、俺は彼らの言いなりである。
こうやって危険なことばっか任されて、毎度のごとく死にかけて、視聴者数を稼ぐ道具にされる。だが、収益を貰ったことはない。
無論、彼らに対する反骨心が脳裏をよぎることはままあるのだけれども、それが実行に移ったことはとうとう一度もない。
タカシに文句? ばかか。普通に殺されるぞ
「今日はこの初心者迷宮に、ファン感謝イベント&定期点検でプロゾンさんが来てますからねー! イナバンにはちょちょいと、タイマン挑んでもらいますよー!」
「やったるでー!」
プロゾン。またの名を【筋肉達磨】。ゴブリンにすら危うい俺が戦えば、まあ、一撃だろうな。
「(余計なこと言うなよ? な?)」
笑顔でタカシに囁かれ、冷や汗を伝わせながらこくこくと頷いた。
……怖すぎんだろ、このハゲ。
「あはは、頑張るぞ~! いってきまーす!」
口にしながら、己の滑稽さを嘆きたくなる。
お前は、なんのために冒険者になったんだよ。
こんなことをするため? そんなくそみたいな理由でなったんだっけ?
思い出していたのは、妹の、楓の笑顔だった。
病室で横たわる彼女の笑顔を思い出して、ため息をつく。
「――大丈夫。おにーちゃんが絶対に1億稼いで、楓の病気治してやるからさ」
なんて言ったくせに、半年かけて出来たことは、こうしてタカシのおもちゃになることだけ。
ここ半年間を思い返せば、吐き気をもよおすほど惨めになってくる。
:プロゾン発見!
:邂逅
:キタアァアァアアア!
:やってやれ、イナバン!
壁が放つ自然光だけが頼りの、無機質な煉瓦造りの一本道。
その道の中心に、点検用紙と睨めっこをする屈強な大男がいた。プロゾンだ。ただ、何となく彼じゃなくて、彼の背後に伸びる長い廊下の先が気になった。
あの筋肉達磨がCランクで停滞してて……あれを圧倒するBランクすらAランクには程遠くって……Aランクまで、あと、どんくらいかかるんだろ。
「――冒険者になって、Aランクになって、一億稼ぐ!それしか道はねぇ!」
Aランクにならなきゃなんだよな、俺……。
ぼーっと考えたまま、強く地面を蹴った。
まだ、程遠く先にいるあいつすら、道の通過点でしかないんだよなぁ。
……ああ、なのに俺、なにしてんだろ。
「勝ち筋とか、不意打ちしかねぇっしょぉおおお!」
叫びながら、吐きそうになって、こらえた。
弾丸よろしくプロゾンめがけて突っ走って、拳を大きく振りかぶる。
……こいつ程度倒せなきゃ、夢は叶わない。
ああ、なんて、なんて。
「あ? んだこいつ。って、最近有名な迷惑系MeTuberじゃねぇか! いっぺん痛い目見ろやコラァッ!」
「ふぼぺぇえぇぇえッ!?」
ペチン、と手のひらで虫を払うように引っ叩かれて、それだけで壁に激突する。たった、一撃。……どんだけ、遠いんだ。
そんで、俺……なにしてんだ。
……あー。
「いなばん、ノックアウトォ……」
カメラ映えするように泡を吹いて、白目を剥いてぶっ倒れながら、思う。
(すっげぇ……惨め)
「おめぇ、仮にも冒険者だろ……。プライドってのがねぇのかよ。迷惑云々の話じゃねぇ。戦うことから逃げて、こうして奇をてらったやり方に逃げるしかできねぇなら、冒険者なんてやめちまえ」
吐き捨てるように言って去っていくプロゾンの後ろ姿を呆然と眺めたまま、言葉を失った。ぐしゃぐしゃに胸が痛くて、息が苦しい。みぞおち殴られたから? それか、図星で、のくせに一億稼ぐとかアホだなぁって、気づいちゃったから?
しゅたたと駆け寄ってきたタカシが、満足げに笑った。
「いやあ、流石我らがいなばん、最弱! でも、最高に負けっぷりが画になるんだよなぁ! 今日も神回でした!」
:おつシーカー!
:いなばん最弱回は毎度神www
:一撃www
「それじゃ、チャンネル登録と高評価忘れずに! おつシーカー!」
◇
東京・新宿迷宮から地上へ戻ると、【迷宮街】は広がっている。
駅のターミナルを内包するこの都市は、かつて描かれた近未来的な都市設計を脱ぎ捨て、今では中世ヨーロッパ風のファンタジー建築と現代インフラが混在する独特の景観を誇っていた。
東西南北に伸びる鉄道はいずれも迷宮へと通じ、中央には、この世で唯一地に根ざした【最果ての塔】──またの名を【バベル】がそびえている。
当然、【迷宮街】は冒険者たちで溢れ、ともすれば冒険者をターゲットに据えるスーツ姿の商人ばかりが闊歩している。
ただ今日は、一段と賑やかな日だった。
「世界最強になるのはお前だぁ、シシガセ~!」
「きゃぁぁあああ! シシガセ様~!」
「高校生なのに凄えなぁ」
「にしても、フロントラインも大掛かりでお披露目会をやんだなぁ」
午後五時。
都内某所の広場に併設されたスタジアムは、かつてない熱気に包まれていた。
観客の波は駅前まで続き、歩道はすでに人で溢れている。誘導に追われる交通整備員の怒号が、夕暮れの空にこだましていた。
『世界最速Cランク到達冒険者・シシガセ! ようこそ、フロントラインへ!』
高らかに掲げられた旗印が、風に揺られてひらひらと泳いでいた。
今日は、日本にとって歴史的な一日だった。
兵庫県の片田舎で生まれ、平凡な家庭で育ったありふれた少年・シシガセ。
迷宮探索者になどなるつもりもなかった彼は、しかし、家の上空にダンジョンが降ってきたために、探索を余儀なくされたらしい。
迷宮内で【滅龍魔法】の才に覚醒したというリンドウは、あれよあれよと迷宮ボスをソロ攻略し、街を襲う魔徒暴走をソロで完封、兵庫では英雄と称えられた。これは、彼が冒険者になってから1週間の話である。
無論そんな規格外が鳴りを潜められるわけもなく、瞬く間に世間に目をつけられ、名付けられた二つ名は【閃光】。
あっという間に日本最強ギルド【フロントライン】のメンバーとなった。
今日は、フロントラインによる彼《新メンバー》のお披露目会、というわけだ。
(【閃光】シシガセ……一方、暦1年でゴブリンにすら手こずる【蛞蝓】稲葉蒼汰、すなわち俺……)
「ははっ、笑えねぇ……」
いや、ほんと、笑えないって。
突然、歓声が沸き上がった。ステージから悠々と一人の青年が現れる。伸びた背筋から満ち溢れた自信が伝わってくる。なのに、穏やかで、まるで鋭さを感じさえない、とらえどころのない不気味な実力。
……あれが、稀代の天才か。
そっか。そっかぁ。
「……かっけぇ」
釘付けになる。いつか、俺も、あんなふうに。……なんて、夢見過ぎか。
11月。寒空の下、ポケットに手を突っ込みながら、人の波に逆らって、俺はスタジアムから走り去った。
なんとなく、負けたくないと思った。
午後からは、個人活動。シーカーズではなく個人チャンネルでの活動だ。……今日は、なにか、大きなことを成し遂げてみたい。誰もが、あっと驚くような──。




