回想
しかし、世の中には例外も存在した。
「どうしたのかな、お馬車が停まったよ?」
不意に隊列が停まる。何事かと家庭教師が車窓の外を確認すると、人相の悪い複数の男たちに車列が取り囲まれていた。
「お嬢様、こちらへ」
家庭教師が幼女を抱き寄せる。彼女の震えは幼いルディにも伝わった。
「どうしたの?」
ルディの質問に答えようとした家庭教師を遮るように甲高い音が響き渡る。馬蹄の音に続いて金属同士が打ち合わされる音。馬の嘶きに混じって人の悲鳴らしき声も聞こえて来た。護衛の戦士たちと取り囲んでいる人相の悪い男たちのどちらが優勢かは馬車の中からでは確認できない。車窓からは逃げ惑う商会の使用人たちの姿が見えた。
「おい、まだ見つからねぇのか?」
「へい、後二つの馬車を見ればしまいでさあ」
山賊たちは何かを探している様子だった。
「ハルテンの娘をかっ攫って、奴から大量の身代金と武器を手に入れる計画だ。さっさと見つけろ」
大きな声で計画を漏らす山賊たち。ルディを抱きしめる家庭教師の腕に力が入った。
「お嬢様だけは何があろうと、必ずお守り致します」
「この馬車が最後でさあ」
馬車の扉が開かれ、屈強な男性たちが中で震える二人の女性を舐めつけるように見ている。
「この黒髪の小さいのが娘だろう。おい、素直に差し出せば命だけは助けてやる。その娘っ子をこっちへ寄越しな」
山賊に凄まれても家庭教師はルディを離さなかった。
「面倒だ、二人とも連れて行け!」
少女と女性は抱き合ったままに、山賊たちの強い力で馬車の外に引きずり出される。馬車を守っていた戦士たちは数人が地面に倒れ、残りは散り散りに逃げてしまったようだ。多勢に無勢、所詮は金銭で雇われた者たちなので命惜しさに逃げてしまうのは仕方ない。
「目当ての娘を捕まえたぞ、引き揚げだ」
「おおぅ!」
山賊の頭目が号令を掛けると、一同が集まり少女と女性の処遇を決める。
「娘は根城に連れて帰る。この女はここで解放して、ハルテンの野郎に娘を返して欲しければ、金と武器を持って来るように伝えさせる。取引場所はここだ」
「お、お嬢様を置いては帰れません」
気丈に振る舞う彼女の声はうわずっていた。
「おいおい、他人の優しさは素直に受け取れよ。無事に帰してやると言っているんだ。望みとあれば、そこに転がっている連中みたいにしてもいいんだぜ?」
「ひっ……」
血糊のついた刃を向けられて、流石に家庭教師は悲鳴をあげる。血の気が失せた彼女の耳に馬蹄の音が響いた。
「そこまでだ、悪党ども!」
「何奴?」
凡庸なやり取りを交わす山賊に、外套を翻した騎馬武者が迫る。
「皇都近郊で傍若無人なる振る舞い、騎士団が到着したからには、悪事もここまでだ!」
「てめぇ一人で何ができる? 返り討ちだ!」
頭目が叫んだ横で、山賊の一人が胸板に矢を突き立てられて倒れた。
「んな? どこから?」
続けて更に二人の山賊が矢で射抜かれる。
「クソ、憶えてろよ」
「お嬢様!」
山賊たちは遁走に移った。抜け目なくルディを小脇に抱える山賊が一人。家庭教師が腕を伸ばしたが届かない。
「娘を返して欲しければ、武器と金を持って来るんだな」
捨て台詞もそこそこにルディを抱えた山賊と共に頭目は逃げて行く。
「誰か、お嬢様を」
家庭教師は周囲を見渡した。助けに来た騎士たちは山賊と切り結んでいて足止めされている。如何に騎士団が精強とは言え、数を頼みに抵抗されては一筋縄で済む相手ではない。それに山賊たちは時間稼ぎが目的なので防御に徹しているのも騎士団を手こずらせる理由になっていた。
「ヴァネッサ」
「お嬢様!」
ルディに名前を呼ばれた家庭教師ではあったが、戦闘技術のない彼女ではどうすることもできない。どんどんとルディを抱えた山賊は離れて行く。悲嘆に暮れる彼女の横を漆黒の影が通り過ぎた。
「あ……?」
呆気に取られているヴァネッサではあったが、漆黒の影は立ち並ぶ山賊を素早く躱すと見る間に逃亡中の山賊に追いついた。
「お、かし、らぁ……」
ルディを抱えていた山賊は胴体から頭が泣き別れになっていた。漆黒の影と見えたのは黒一色の衣裳に身を包んだ青年で、その手には長大な剣が握られている。彼は倒れ行く山賊の腕の中からルディを抱え上げていた。
「ケガはないか?」
「はい」
抱き起こされたルディは何が起きたのか理解していない。
「はっはっは、正義は勝つ」
高笑いする騎士の横を別の騎士たちが走り抜けて行った。
「隊長、突出しないで下さいよ」
最後に女性騎士が駆け寄って来る。その姿に少女の瞳は輝いた。
「カッコいい」
後続の騎士たちに指示を飛ばす女性騎士の姿は、少女の脳裡に強烈な印象を焼き付ける。ルディは青年に抱えられたままヴァネッサの元に連れ戻された。
「山賊に襲われているようでしたので騎士団へ通報しましたが、間に合って良かった」
「あなたが騎士団を呼んで下さったのですね。ありがとうございます」
家庭教師は安堵の表情になる。改めて救援に駆け付けた青年の姿を確認すると、黒い衣裳は魔術師が纏うような長衣で、先程まで手にしていた長大な剣は姿を消していた。家庭教師は剣が魔法で作られていたのだと解釈する。
「ししょー」
遠くから少年の声が聞こえて来た。彼らが振り向くと赤い髪を揺らして一人の少年が街道を走って来るのが見える。
「カイン君、ここですよ」
青年が手を振って居場所を報せた。ややあって息を切らせた少年が到着する。
「ししょー、置いて行くなんて酷ぇよ」
「一刻を争う事態でしたからね。ほら、美しいお嬢さんに挨拶して」
「んなの、リナに比べたらどうでもいい」
少年の歯に衣着せぬ物言いはルディの神経を逆撫でした。
「失礼しちゃうわ」
「お嬢様、こういう時こそ淑女としての心構えを見せましょう」
家庭教師に耳打ちされてルディは気を取り直した。作法に適うよう優雅に一礼する。
「お助け頂き誠に感謝致します。私、フレグランス家の次女、ルディと申します」
「これはご丁寧にありがとうございます。トレリット村のアルフォード・ルフィーニアと申します。以後、お見知りおきのほど願います」
青年が頭を下げる横で、赤髪の少年はそっぽを向いたままだった。
「カイン君、あなたも挨拶をなさい」
「カインだ、よろしくな」
ぶっきらぼうな挨拶をした少年の頭に拳骨が振り下ろされる。
「バカ弟子が失礼しました」
「……って~、ししょー、何で殴るんだよ?」
少年が抗議すると、アルフォードは彼の頬をグイッと摘まみ上げた。
「い、いひゃい、いひゃい。ひひょー、いひゃいっ!」
「何度も言いますが、言葉遣いを直しなさい。それと殴ったのはキチンと挨拶ができない悪い子だからです」
厳しい教育方法にルディとヴァネッサは顔を見合わせる。
「お、男の子はあれぐらい厳しくても宜しいかと思います」
ヴァネッサはそう絞り出すのが精一杯だった。




