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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
27/27

歓迎会

「大丈夫だったか?」

「はい、危ういところを助けて頂き、ありがとうございます」

 半ば腰が抜けて立てないでいるルディたちに、カインは近寄る。

「手を貸す。掴まれ」

 ぶっきらぼうだが彼の優しさにルディは甘えることにした。

「わ、私もいいですか?」

「構わねぇよ、しっかり掴まれ」

 ミュアリアルも彼に掴まって、どうにか立ち上がる。三人は大講堂へ戻るべく、校舎と壁の隙間から脱出した。そこへ駆け寄る一つの影。

「美しいお嬢様方、如何されましたか?」

 金髪碧眼の少年はルークだ。カインにすがりついて歩く二人の少女に違和感を覚えたのだろう、彼の視線は鋭くカインを睨み付けている。

「か、カイン君に助けて頂きました。そこの隙間に、上級生の従騎士たちに連れ込まれて、乱暴されそうになって……」

「何ですって?」

「ルーク、何かあったのか?」

 もう一人の金髪の少年、アーネストも登場した。チラリとルディを見る目にはやや困惑の色が映る。

「アーネスト様、こちらに上級生の方が……」

「こ、これは誰の仕業だ?」

 気絶している従騎士が乱雑に倒れている状況に、二人の少年は驚いて立ち竦むばかりだ。

「後は任せた。俺は二人を休ませる」

 カインがそう告げて離れようとすると、三人の行く手を阻むように青年が立っている。

「君たちには聞きたいことがあります。ついて来て貰えますね?」

 笑顔のランディ教官ではあるが、有無を言わせない迫力があった。

「……従騎士とは言え、十人を相手に無傷だと?」

 アーネストの呟きはルディにしか届いていないようだ。カインにすがりついていたミュアリアルはランディ教官に支えられて校舎内に入っている。ルディは想い人の腕に掴まったままで歩くのもおぼつかない。その二人へ更に近寄る人物がいる。

「カイン、何があった?」

 白髪の男性はオースティンだ。

「何もねぇよ。ちょっと上級生に特別訓練を受けたんだが、やり過ぎちまったみたいだ」

 ニカッと笑う彼とは対照的に、オースティンは額を抑える。

「お主のちょっとは、ちょっとではないのだ。後は任せなさい。早くシェルディーアさんを医務室にお連れせよ」

「ああ、じっちゃん、後は任せた」

 カインは何事もないように振る舞っているが、それは彼女たちへの気遣いだ。複数の男性に暗がりへ連れ込まれ、許嫁の腕にすがりつくようにして歩く彼女の姿はあらぬ誤解を招きかねない。その誤解を招かないよう、彼は何もなかったことを強調しているのだ。

「怖い思いをさせたな、すまねぇ」

「いいえ、カイン君の雄姿は頼もしかったです。ただ、あの時よりもずっと覇気が強くて驚いただけです」

「そうか」

 ルディの言葉に偽りはない。初めこそ恐怖心から震えていたが、カインが登場した頃には恐怖心は消え去っていた。その後の容赦ない彼の凄味に別の恐怖心が芽生えただけなのだ。

「リナ以外の誰かの為に怒ったのは、初めてかもしれねぇな」

「え?」

 彼の呟きを明確には聞き取れなかったので、ルディは聞き返そうと顔を上げる。しかしカインはそっぽを向いていた。

「何でもねぇ、それより早く医務室に行くぞ」

 ルディは不意に浮き上がる感覚を受けて当惑する。

「ちょ、ちょっとカイン君」

「こうするのが早いんだよ」

 カインは両腕にルディを抱え上げると、颯爽と校舎へ歩みを進めた。先行していたランディ教官とミュアリアルに追いついて医務室と兼用になっている教職員控え室へ入る。

「入所日初日から医務官の派遣を請うなど前代未聞だ」

 控え室では所長のドルマーが顔を紅潮させて喚いていた。

「貴様のような問題児は放校だ!」

 ドルマーはカインを指差して怒鳴り散らす。一日に三度も問題を起こしているカインを気に入らないのは明白だが、先に入っていたランディ教官は、ミュアリアルを手近にあった椅子へ座らせてからドルマーに抗議を始める。

「ドルマー所長、カイン君の行為は正当防衛です。自らの婚約者を連れて行った従騎士を追い掛け、婚約者の身体を守る行為は騎士としても当然でしょう」

 淡々と語る彼の言葉にその場にいた他の教官も首肯して聞いている。

「それよりも、他人の婚約者を誘拐同然に人気のない場所へ連れ去るなど、騎士たる者の所行ではありません。放校処分は従騎士に対して行うのが筋です」

「な、な、な……」

 思わぬ反論にドルマーは顔を真っ赤にしたまま絶句した。十人もの従騎士を放校処分にしたとあっては、彼の経歴にも傷が付く。室内を見回しても所長である彼に賛同する教官はいそうにない。

「ただ、カイン君は正当防衛とは言え、少々やり過ぎの感は否めません。十日間の出仕停止が妥当な落とし所でしょう」

「出仕停止か。まあ、それならば良かろう」

 ドルマーの体面も考えて、ランディ教官は妥協案を提示した。

「それと、新入生に一方的にやられた従騎士については、厳しく訓練するように先方へ連絡しておきますね」

「うむ、騎士としての実力不足は厳しい訓練で鍛える以外になかろう。ランディ教官、手配は任せる」

 ドルマーは今回の事件の処分が決まると、足音も荒々しく控え室から退出した。

「やれやれ、今後は気を付けないといけませんね」

「あいつ、何であんなに偉そうなんだ?」

 溜息をついたランディ教官の横で、カインは不思議そうな表情でドルマーを見送っていた。

「カイン君?」

 ルディはその彼に驚く。

「ここにいるのか?」

 ルディが二の句を継ぐよりも早く、控え室に一組の男女が入って来る。シオンとスザンナだ。

「カイン君が従騎士と喧嘩していると聞いたのだが……?」

 喧嘩したにしては綺麗な顔つきのカインを見て、二人は困惑する。

「……、デマだったのか?」

「喧嘩なんてしてねぇよ」

「そうか、そうだろうな」

「俺の許嫁(おんな)にちょっかいをかけたバカに制裁を下しただけだ」

「……言い方」

 シオンがホッと安心したのも束の間、カインは誇らしげに胸を張った。ルディは苦笑するしかない。

「カーイーン君?」

 ランディ教官は笑顔を崩さないが、右手でカインの頭を掴んだ。

「い、痛っ、痛い痛い!」

 カインがランディ教官の腕を引き離そうとするが、その華奢に見える細腕のどこに力が宿っているのか、微動だにしない。

「少しは反省しなさい。とは言え、反省するのは手加減についてです」

「わ、分かった。分かったから離してくれ」

「それが、人に物を頼む言葉遣いですか?」

「分かりました、反省しています。どうか手を離して下さい、ランディ教官殿」

 カインの言葉を聞いてランディ教官は無造作に手を離す。たまらずカインは尻餅をついた。

「……師匠以外に、こんな目に遭わされるとは思わなかったぜ」

「カイン君、大丈夫?」

 掴まれていた頭部を撫でながら、ルディはカインの心配をする。

「ふむ、二人とも大丈夫のようですね。荒々しい歓迎会にはなりましたが、これからの成長を楽しみにしていますよ」

 ミュアリアルとルディの様子を見て、ランディ教官は微笑んだ。

「それでは、三人は我々が責任を持って寮まで送ります」

 シオンのその発言で室内の空気は和んだ。一同が部屋から出る寸前でランディ教官が声を掛ける。

「おっと、言い忘れるところでした。カイン君は謹慎処分ですが、構内ではある程度の自由が認められます。明日の朝はこちらへ出頭して下さい」

「はーい」

「おや、反省の色が見えなければ、お仕置きが必要ですが?」

 軽い返事をしたカインに向けて、ランディ教官は右手の指先を動かして見せた。頭を掴まれた感触を思い出したのかカインの顔色が変わる。

「教官殿の仰せに従います」

「よろしい」

 しおらしい彼の態度にルディはクスリと笑った。前途多難な歓迎会ではあったが、明日からの本格訓練に向けて、彼女は胸を躍らせていた。

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