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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
26/27

歓迎会

「ねえルディ、少しいいかな?」

 ミュアリアルがモジモジしていた。ルディは大方を察する。

「お花を摘みに行って来ますね」

「気をつけて行ってらっしゃい」

 スザンナたちに見送られて、ルディとミュアリアルは馬房の横にある手洗い場へ向かった。ミュアリアルが用を済ませている間、ルディは近くで待機する。するとその彼女に向かって、上級生である従騎士数人が近付いて来た。

「一人?」

「いえ、友人を待っております」

「友人ねぇ」

 従騎士たちはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、舐め付けるような視線を送って来る。彼女の全身を爪先からじっとりと品定めするかのような視線は、ルディの背筋をぞわぞわと刺激した。気持ち悪くて吐きそうになるのを堪える。

「あの、用事がないなら、会場へ戻られては如何ですか?」

「いやいや、俺たちが用事があるのはお嬢ちゃんの方さ」

 勇気を振り絞って拒絶の意思を示したが、従騎士たちは全く意に介することなく間合いを詰めて来る。反射的にルディは後退るが、壁際へ追い詰められてしまった。

「お待たせ、ルディ?」

 間が悪くミュアリアルが戻って来た。

「おっと、これは……」

「今年の新人は、粒ぞろいだな」

 従騎士たちの笑みが下卑たものに変わる。

「お嬢ちゃんも一緒に特別訓練に行かないかい?」

「えっと……?」

 ミュアリアルが逡巡する間隙を衝いて従騎士の一人が彼女の手首を掴んだ。

「ほら、こっち来いよ」

「や、やめて下さい」

 男たちは人気のない場所へ力ずくでミュウを引っ張って行く。手洗い場の南側には校舎と校庭を仕切る壁があり、そこは校舎内からも死角になる部分だ。引きずり込まれれば、誰からも気付かれないかもしれなかった。

「ひ、人を呼びますよ?」

 ルディもまた周囲を従騎士に囲まれて校舎と壁の間に連れて行かれる。このままでは二人とも貞操の危機に繋がり兼ねない。言い知れぬ不安と恐怖からルディは心の中で想い人に助けを求めていた。

「ああ、呼んでも無駄だ。俺たちの仲間が見張りについているからな」

「それよりも、大人しく特別訓練を受ければ楽になるぜ」

「ひ……」

 ルディとミュアリアルの二人が身体を強張らせて縮み上がろうとした刹那、何かが倒れる音が響く。

「特別訓練なら、俺も混ぜてくれよ、先輩」

 ルディの耳に届いたのは想い人の声だった。入り口から堂々と入って来る彼の足元には、見張り役をしていたであろう従騎士が転がっている。

「なんだ手前は?」

「随分と楽しそうな場面だったんで、混ぜてもらおうと思ってな」

「ガキはすっこんでろ!」

 従騎士たちが凄んで見せるが、カインの歩調は変わらない。ドンドンと近付いて来る彼に男たちも浮き足立つ。

「つか、見張りはどうした?」

「あん?」

 ポキポキと指の関節を鳴らしてカインがルディたちの目の前までやって来た。

「お、お前なんかはお呼びじゃねぇ、帰れ!」

「そうもいかねぇな、俺の女に手を出そうってんだ。まずは俺から稽古をつけてくれよ」

 不敵に笑うカイン。

「お前の女だ?」

「へへ、じゃあ、たっぷりと稽古をつけてやらねえとな」

 無防備にも見えるカインに、最も大柄な従騎士の一人が殴りかかる。

「か、カイン君!」

 心配の余り叫んだルディの目の前で、殴りかかった男は声も出さずに崩れ落ちた。

「弱ぇ、これでも従騎士かよ?」

 率直な彼の感想は従騎士たちの闘争本能を目覚めさせる。

「手前ぇ、無事に帰れると思うなよ!」

「弱い犬ほど、よく吠えるってな」

 カインの煽りに男たちは我を忘れる勢いで掴みかかろうと殺到した。彼は先頭の従騎士の右腕を掴むと無造作に校舎側へ振り回す。それだけで先頭の従騎士は体勢を崩した。先頭が体勢を崩した影響で後続の従騎士たちは出鼻を挫かれる。そこへカインは先頭の従騎士を足蹴にして押し出した。

「ほらよ」

 彼は喧嘩慣れしているというか、彼我の場数の差が出ている。校舎と壁の間はさほど広くない。従騎士が二人並べば、それだけで子供一人が通り抜けできるかどうかの広さしかないのだ。だからカインは迫る男たち二人ずつを相手にすれば良く、それはほぼ一対一の戦いでしかなかった。

「……今の内に、誰かを呼びに行けば」

 ルディは従騎士たちの注意がカインに逸れている間に、ここからの脱出を企てる。カインが暴れている逆方向へ目を転じると、入って来た倍の距離はありそうな闇が広がっていた。見張りを立てていた男たちの様子からして、この反対方向にも見張りがいない保証はない。

「ミュウ、少しこの場を離れましょう」

「そうだね。私たちが彼の足手纏いになっても良くないものね」

 ミュアリアルは助けが来て落ち着いたのか、冷静に事態の推移を見守っている。それでもしっかりと握った手を彼女が離さないのは、ルディにとっても安心感を与える材料になっていた。

「おら、従騎士ってのは、弱い者イジメしかできない、腰抜け揃いか?」

「何を、この……!」

 カインの挑発は、男たちの注目を集めるのに効果的だった。ルディたちに気を向ける者は一人もいない。彼の拳が唸る度に、気を失って横たわる従騎士が増える一方だ。

「お前で最後だ」

 カインは言いつつ、最後の従騎士の頭を掴んで壁に打ち付けた。鈍い音が響いて従騎士は力なく崩れ落ちる。

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