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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
25/27

歓迎会

 新入生歓迎会、大講堂で開催される創立以来の恒例行事は今年も百名の新入生を迎えて盛大に開かれようとしていた。従騎士として参加する養成所の上級生と、その上級生を従える養成所出身の騎士たちが歓迎する側だ。平民層からの騎士叙勲が増えることを見込んで、創立当初から親睦を目的として開催されていた。回を重ねるごとに平民出身の騎士が増えた結果、歓迎会の雰囲気は緩い。会場である大講堂には卓が持ち込まれ、その卓上には多くの料理が並んでいた。既に騎士たちと共に新入生は会場入りしており、ルディたちが最後だった。

「……今年も粒揃いの新入生を迎えられたことは、聖皇国の繁栄を確約する慶事として……」

 養成所所長のドルマーの話が延々と続く。騎士や従騎士が苦笑しているのを見るに、所長の話は冗長なのだとルディは判断した。

「話が長ぇんだよ」

「ちょっとカイン君、声が大きい」

 ルディが彼の袖を引いて止めようとした時点では、既に遅かった。顔を赤く染めたドルマー所長が鋭い視線を周囲に送って発言主を探している。

「今のは誰だ?」

「どなたでも宜しいではありませんか、お集まりの騎士の皆さんもこの後の予定があります。早く始めましょう」

「ランディ教官、そのような態度では規律ある養成所の教育方針が……」

 ドルマー所長がクドクドと話し始めたが、それを無視するようにランディ教官は聞き流している。

「フィリス教官、始めて下さい」

 ランディ教官が声を掛けたのは妙齢の女性だった。彼女は礼式教官で初日にカインに対して罰を与えている。ルディが聞いた噂では西方の侯爵夫人とのことだった。

「それでは僭越ながら、わたくしが乾杯の音頭を取りましょう」

「フィリス教官、物事にはケジメをつけなければなりませんぞ」

「ええ、左様でございます。ですが本日この場は祝いの席ですので、些末な出来事に目くじらを立てることもないでしょう。それにわたくしにはどなたが発言したかはおおよその目星がついております」

「ならば、この場で厳罰を下し……」

 言い募ろうとしたドルマー所長に対して、フィリス教官は手にしていた扇を突きつける。

「予定が遅れております。速やかに式典を進行しなければなりません」

 彼女の鋭い眼光に、さしものドルマー所長も気圧(けお)される。悔しそうな表情を貼り付けたままドルマー所長は(きびす)を返した。

「皆様、お手元に杯をお持ち下さい」

 フィリス教官の言葉に従って新入生、騎士たちは卓上に用意されていた杯を手にする。

「聖皇国に栄えあれ、乾杯」

「乾杯」

 手短な挨拶と共に一同は杯を高く掲げ、中身を一気に飲み干す。お酒ではなく柑橘類の果汁を水で薄めたものだ。ルディは飲み慣れた味だったのだが、セントラルガーデン出身者以外の新入生は飲み慣れない味だったのか、眉根を寄せて杯を卓上に戻していた。

「カイン君、こちらへ」

 ルディは大講堂の中で幼馴染みの姿を見つけると、彼の腕を引っ張る。

「どこへ行くんだよ?」

「あちらでミュウたちが、あなたの食事を確保しておりましてよ」

 食い意地の張った彼を従わせるには、これぐらいの方便も必要だ。

「ルディ、こっちこっち」

 幼馴染みであるミュアリアルと、知り合って間もないシオン、スザンナたち、それにセントラルガーデンでは仲良くしていたグレイスやスカーレットも揃っている。

「カイン君、どこに行っていたんだい?」

「ちょっとな……」

 彼が言葉を濁すのをルディは初めて見た。なのでこれ以上の詮索を受けないように助け船を出す。

「あ、あの、それは私が……」

 オズオズと発言すると、スザンナが機敏に反応する。

「そういうことでしたのね。シオン様、これ以上の詮索は不要ですわ」

 スザンナの勢いに圧されてシオンはタジタジになった。振り返った彼女はニッコリと微笑んで、ルディに対しバチンとウインクまで飛ばして来る。

 和気藹々と親睦を深める一同にトゲを含んだ声が掛けられた。

「下々の皆さんがお集まりですか?」

 振り返るとそこには新入生の少女が一人。彼女は何故かルディに突きかかって来るのだが、今朝も嫌味を言われている。

「本日の食事は下々の皆さんには到底手の届くことのない代物でしょうけど、あなた、またあの変な言葉を発するのでしょう?」

「おい、言い掛かりはよせ」

 グレイスがルディを庇うように間へ入った。しかし勢いは止まらない。

「そもそも、食材を提供するのは庶民の務め。我々貴族はそれを食べて当然なのです。それを頂きますなどと、おかしな言葉で……」

「いっただきまーす!」

 会場に響き渡るような声。ルディに詰め寄っていたパメラが呆気に取られてポカンと口を開けたまま動きを止めていた。声の主は赤い髪の少年だ。彼は卓上の料理を信じられない速度で平らげて行く。

「美味い、美味い。みんな食べないのか?」

 本当に美味しそうに食べる彼を見て、ルディはクスリと失笑していた。

「カイン君は本当に天真爛漫ですわね」

「こ、これですから下賤の者は……」

「おい、彼は歴とした貴族の跡取りだ。何も知らないのにそのような発言をするものではないぞ」

 シオンの冷たい視線は少女を射抜くようだった。青冷めた表情でパメラは立ち竦む。

「そ、それでも下級貴族なのでしょう、あなたも……」

「シオン様への侮辱はおよしなさい」

 今度はスザンナが冷たい視線を送る。一触即発の雰囲気を察したのか、フィリス教官が近付いて来た。

「あなたたち、何をなさっておりますの?」

「教官殿、こちらの女性が我々を下々の者と見下して参りましたので、落ち着かせようとしておりました」

 スザンナがそう告げると教官は深い溜息をついた。

「養成所の方針はご実家の権威や権力を排除して、当人の実力のみを査定しますが、見過ごせませんわね。あなた、こちらにいらっしゃい」

 フィリス教官は少女を連れてその場を離れた。妙な言い掛かりから解放された一同は疲れたように大きく息を吐き出す。

「やれやれ、未だにあのような手合いがいるのだな」

「言いたい奴は言わせておけばいいさ。それよりもこれ美味いぞ」

 相変わらずの我が道を行く態度に、カイン以外の面々は呆れるのであった。

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