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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
24/27

入所式

 入所式を終えて、ルディたち新入生は寮へと戻っていた。

「髪飾り、どこへ仕舞ったかしら?」

 ルディはこの後に開催される歓迎会に備えて、身支度を整えようと慌ただしく動いている。士官養成所に入所して四日目、初日に手荷物を運び込んだのは良かったのだが、訓練等で片付けや整頓をする時間がなく、彼女は目当ての髪飾りを探して鞄の中身を全て寝台の上に広げていた。

「これですわ」

 目当ての化粧箱を見つけて、彼女は蓋を開く。星型に黄色い宝石を散りばめたその髪飾りは、祖父が若かりし頃に心引かれた髪飾りの模造品と聞かされていた。ルディの黒髪に()える髪飾りは、まるで夜空に輝く星のようだ。

「新入生の歓迎会を開催するとのことですが、少し不安ですわね」

 騎士服に身を包みながら、彼女は言い知れぬ不安にも包まれていた。歓迎会には上級生である従騎士や卒業生である正騎士たちも参加すると聞かされている。聖皇国の正騎士たちは厳しい修練を積んでいるので品行方正を絵に描いたような人物ばかりだが、養成所を卒業するまではそうとも言い切れない。

「どうしたのルディ、せっかくおめかししたのに、そんな暗い表情じゃ勿体ないよ?」

 同室のミュアリアルが声を掛けて来た。彼女も騎士服を着用して、普段は着けないようなブローチを胸元に飾っている。

「何でもありませんわ」

 ルディはそう答えたが入所式の後、思い人のカインがどのような仕打ちを受けたのか、気が気では無かった。仮に彼が歓迎会を欠席ともなれば、言い寄って来る男性がいないとも限らない。無用の諍いを避けるには、やはりカインの力添えが必要とルディは気弱になっていた。

「ルディはそう言うけど、気にし過ぎだよ」

「そ、そうかしら?」

 心の中を覗き込まれたような感覚に彼女はドキリとする。自意識過剰だったかもしれない、と。

「今朝のことで気に病む必要はないから」

「え、ええ……?」

 思っていた内容とは違う指摘に、ルディは当惑した。一方のミュアリアルはキョトンとした表情だ。

「あれ、違った?」

「いいえ、ミュウの言う通りですわ。気にし過ぎないようにしますね」

 幼馴染みの勘違いも訂正せず、ルディは気弱になりかけた自身を心の中で叱責した。

「会場に参りましょう」

 入所以来の着用義務付けだった鎧を脱いで、身も心も軽やかになるかと思えたが、ルディの心持ちは沈んだままだった。

 それでも彼女たちは互いに身嗜みを確認すると、連れ立って部屋を出る。歓迎会まではまだ間があるので、他の部屋の面々は身支度を整えて休んでいるようだ。ルディたちが廊下の端の階段まで来ると、上の階から栗毛の少女が降りて来た。

「あら、ルディも出発?」

「はい、少し早めに会場へ赴こうかと」

 スザンナに声を掛けられて、ルディはにこやかに返答する。対してスザンナは小首を傾げた。

「カイン君が迎えにいらっしゃるのではなくて?」

「そのような約束は取り付けておりません」

 少女たちは寮の玄関を出たところで立ち竦んだ。玄関先には青い髪の少年が待ち構えている。その隣には赤髪の少年が機嫌の悪そうな雰囲気で並んでいた。

「麗しきスザンナよ、迎えに上りましたよ」

「シオン様、お待たせ致しました」

 にこやかな笑みで答えたスザンナはシオンの隣へ向かう。美男美女の取り合わせは一枚の絵画のような雰囲気を放っていた。

「……ったく、キザったらしいな」

 赤い髪の少年は悪態をついたがルディへ手を差し出す。

「一緒に行くぞ」

「はい」

 ぶっきらぼうに告げる少年の手を、頬を赤らめつつルディは取った。絵になる二組の男女を見ながら、ミュアリアルは深々と溜息をつくのであった。


 第三教場、士官養成所の教育棟には六つの教場がある。その一つである第三教場はルディたちの組が使っていた。

「支度が調うまでここで待機か」

 百人の新入生を四つの組に分けたので、この教場には二十五人の騎士見習いが揃っている。半数はシオンたちと同じ北方の出身で、残る半数はセントラルガーデンの出身者と留学生で構成されていた。

「実際に講義を受ける席順としても、このままでいいかな」

 教場の席は後ろへ行くほど高くなっており、最後尾は教壇を見下ろすぐらいの高さになる。その最後尾の席にシオン、スザンナ、カインと並んでルディとフェリシアもいた。ミュアリアルとグレイスはルディの目の前の席に座っている。並び順としては窓際にフェリシア、隣席一つを空け更に通路を挟んでスザンナとシオン、再び通路を挟んでカインとルディである。新入生たちが雑談に興じていると、教場の入り口に人影が差した。

「よし、全員揃っているか?」

 筋骨隆々の若い男性は体術教官のフィリップだ。

「歓迎会の準備が調った、慌てず速やかに大講堂に集合せよ」

 教官の号令に従い教場から新入生たちがぞろぞろと出て行く。最上段にいたルディたちは列の最後尾に並んだ。教場から大講堂への移動には正面玄関の前を通る必要がある。正面玄関を過ぎて二階の貴賓席へ繋がる階段から二人の人物が降りて来た。

「じっちゃんとカレン、どうしたんだ?」

 カインが階段から降りてきた人物に声を掛ける。白髪の男性とそのお供と思われる女性の組み合わせは、貴族の子弟たちの目には日常の風景にしか映らなかったが、ルディはほんの少しばかり違和感を覚えた。

「旧友に()うたので、少し話し込んでしまってな」

 白髪の男性は優しげな眼差しをカインに向ける。一方の女性はやや固い表情をしていた。

「カレンまでいるのは珍しいけど、屋敷は大丈夫なのか?」

「セリナもおるし、面倒事はリチャードに押し付けて来たから心配ないわい」

「オホン」

 軽口めかした男性を制するように女性が咳払いをする。

「ところでカイン、そちらのお嬢さんはどなたかな?」

 白髪の男性はカインの後ろにいたルディへ話題を変えた。

「師匠から何も聞いてないのか?」

「アルフォード殿から?」

 男性が考え込むと女性が口を開いた。

「オースティン様、そちらの方はフレグランス家のご息女、シェルディーア様です」

「フレグランス……、シェルディーア……?」

 オースティンは口の中で彼女の名前を数度繰り返し、思い出したとばかりに頷く。

「ハルヲ殿の孫娘じゃったな。カインとは許嫁の。久しく会うておらなんだからスッカリ忘れておったわい」

「頼むぜ、じっちゃん」

 三人のやり取りを見ながらルディはホッとした。彼女とカインが許嫁というのはつい先日、急に決めたことなので周知が徹底されていない。思わぬところから偽りが露見しないとも限らないのだ。

「ところでカイン様、歓迎会が始まりますよ」

「そうだった、いけね。じゃあなじっちゃん、カレン」

 カレンに指摘されてカインは本来の用事を思い出した。溌剌とした笑顔を向ける彼とは対照的に、ルディはやや緊張した面持ちで頭を下げてその場を後にした。

「ハルヲ殿の孫娘か……。あの髪飾り、懐かしいのぅ」

 二人を見送ったオースティンの呟きは隣のカレンにしか届かなかった。

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