入所式
「カイン君、こちらへ」
ルディが彼の手を引いて講堂の奥へ向かった。セントラルガーデンには整列時の暗黙の了解があったが、単身で士官養成所に来たカインはその事情を知らないだろうと、彼女なりに気を遣った行動だ。二日間の訓練では整列を意識していなかったので、今回が初めての整列となる。案の定、他の組は綺麗に整列しており、彼女たちセントラルガーデンの組がやや遅れて整列を終えた。他の新入生も気を遣ってくれたらしく、彼女が普段並んでいる列の中央ではなく、最後尾に二人を迎えてくれている。
「新入生諸君、楽にしたまえ」
整列を終えて静粛を保っていた会場に、声が響く。壇上には年配の騎士が一人。
「入所式を始める前に、担当教官を紹介しよう。それと諸君のクラス分けも発表するので、後で整列をし直す」
年配の騎士が壇上の脇へ合図をすると、十人の男女が壇上に並んだ。向かって左から順に男女が交互に並んでいる。その最も左の男性は初日に馬房で見掛けた青年だった。その隣がルディたちの寮監であるオルガ。順に紹介が始まる。
「戦略担当、ランディ教官」
「ランディです、よろしく」
名前を呼ばれると順に一歩前に出て手短に名乗る。
「彼は基礎魔術も兼任する。続いて馬術担当、オルガ教官」
「はい、オルガです。新入生諸君は寮で会っているね」
オルガの隣は年配の男性だ。
「歴史担当、ガラハド教官」
「うむ、私は厳しく教えるのでそのつもりでいるように」
順次紹介された教官は、ランディとオルガ以外がクラス担任も兼務するようだ。そのクラス分けは東西南北それぞれの学び舎から集まった新入生たちに、セントラルガーデン出身者が配分される形で割り振られていた。
「カイン君と同じクラスで良かった」
ルディはホッと一安心した。カインとも、ミュアリアル、グレイスに加えてスザンナやシオンとも同じクラスになったのは偶然とは言え嬉しい。
「それでは入所式を始める。ジェラルド・ドルマー所長挨拶」
厳格を絵に描いたような四角い顔の男性が登壇する。ドルマー所長は恰幅の良い身体を揺らせながら壇上の中央まで来ると、勿体付けたような動作で手にしていた書状を広げた。
「なんか、気に入らない野郎だな」
ボソリとカインが呟いた。ルディが振り返ると彼は身を屈めている。
「ど、どうなさいましたの?」
「悪ぃルディ、外で寝てるから、終わったら呼びに来てくれ」
呆気に取られている彼女が何か言う前に、カインはそのまま列の最後方を移動して講堂から出て行ってしまった。どうして良いのか分からずルディはアタフタするばかりだ。式典の中身も丸で入って来ない。いやそもそも大歓声で何が起きたのかすら理解もできない。ルディが壇上へ視線を移すと、ドルマー所長が講堂の二階席を見上げていた。所長の視線の先を追うと貴賓席に向いており、そこには煌びやかな衣裳を纏った男性が大歓声に応えるように手を振っている。
「本日は陛下の臨席を賜りましたこと、恐悦至極に存じます」
皇王ジュリアス三世の登壇と、カインの退出は重なっていたので彼は誰にも見咎められなかったのだ。式典は所長挨拶、来賓挨拶と滞りなく進み、いよいよ新入生代表が決意表明を行う運びになった。
「それでは入所生を代表して、百人抜きを達成したカイン君に決意表明を行って頂きます」
彼の名が聞こえて来た時、ルディは目の前が暗転するかのような気分に襲われる。
「入所生代表、カイン、前へ」
呼び掛けに応じる人物はいない。
「カイン君、いないのか?」
司会進行役が再度カインを呼び出すが、応答はない。堂内がざわつき始めた。
「あ、あの!」
居たたまれなくなったルディは意を決して手を挙げる。
「先程、気分が優れないとお手洗いに向かったようですので、わ、私が連れ戻して来ます」
言うが早いか、彼女は講堂から飛び出した。
「おや、これは後でお仕置きが必要ですね」
「わ、わしに恥をかかせおって」
講堂の二階席で一部始終を見守っていた黒髪の男性が立ち上がる。壇上では所長のドルマーが顔を真っ赤に染めて怒りも露わに地団駄を踏んでいた。騒然とした講堂内で皇王のみが泰然自若と座したまま状況を愉しんでいる。
「カイン君が行きそうなところ……」
講堂を飛び出したルディは廊下を走り、正門の方へ向かった。寝ているとすれば建物の裏で、他人から見つかりにくい場所のはずと見当をつけ、彼女は校舎南側にある弓道場の横手に回り込む。予想通り彼は弓道場の南にある外壁の、地面から少し高くなっている木陰で寝転がっていた。
「カイン君、本当に寝ていますの?」
恐る恐る近付いて、彼女は彼の枕元に腰を降ろす。寝顔を覗き込もうとして、彼と視線が合った。
「起こしてしまいましたか?」
「ルディか、式は終わったか?」
彼はやや不機嫌そうだ。ルディは首を横に振る。
「まだ続いていますわ」
「じゃあ、何でここにいるんだ?」
式典が終わってから呼びに来るよう頼んでいた彼は、露骨に不機嫌な声を出した。それでもルディは怯まない。
「カイン君を探していたのですわ」
「俺は式典とか堅苦しいのは嫌いなんだよ」
「あなたを連れ戻さないと、私も戻れません」
ゴロリと寝返りを打って背中を向けた彼に、彼女は諦めずに説得を続けた。
「俺はここで寝ているから、お前は戻れ」
「寝るには枕が必要ではありませんか?」
「は?」
突拍子もない提案に、彼も眠気が飛んだかのように振り返る。
「私の、こちらをお使い下さい」
彼女は自身の太股を指さした。本来なら女性の膝枕は柔らかいのだが、いかんせん全身鎧で覆われた今の彼女に柔らかさは期待できない。
「お前も、物好きだな」
「ふふ、お祖父様に似て、珍しいものが好きなのですわ」
「人を珍獣みたいに言うな」
微笑む彼女とは対照的に、彼は憮然とした表情になった。
「でも困りましたわね、入所生代表のカイン君が決意表明しないと、式典は終わりませんよ?」
「は?」
告げられた内容が理解できず、彼は間抜けな聞き返しをする。その彼に、念押しするよう、ルディは言葉を重ねた。
「ですから、成績最優秀者のカイン君が代表として決意表明をすることになっておりましてよ」
「聞いてねー、師匠だな。こういうことを仕組むのは師匠に違いない。だったら……」
不意にガバッと跳ね起きるカイン。
「ヤバい、お仕置きされる」
「ご名答ですよ、カイン君。少しは賢くなったようですね」
声の聞こえる方向に二人が視線をやると、黒髪の男性がそこに杖を片手に立っていた。その隣には白髪の人物がいる。
「し、師匠、それにじっちゃんまで……」
「百叩きではなく、千叩きがよろしいでしょうね」
「ええ、ワシら二人からですな」
不敵に笑った師匠とじっちゃんに、二人は戦慄したのだった。




