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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
22/27

入所式

 二日間の基礎訓練を終えてルディたち新入生はいよいよ入所式の日を迎えた。撫子寮の食堂には寮生が集まり、それぞれがお盆の上に提供された料理を載せ、思い思いの席に腰掛けて談笑しつつ食事を進めている。ルディとミュアリアルも揃って席に着いた。

「それでは、頂きます」

 合掌してルディが匙を持ち上げる。

「ちょっとあなた、今のは何ですの?」

 撫子寮の食堂に響き渡るような声。その唐突な質問にルディは当惑していた。

 声の主を見ると、金髪の相手は怒っているようだが、その理由は判然としない。隣に座っているミュアリアルも何が起きたのかと目を丸くして身を竦ませていた。

「何か失礼がありましたか?」

 ルディはそう訊ね返すぐらいしか対応を思い付かない。

「騎士として見過ごせない行為でしたわね」

「知らずに不快な思いをさせておりましたなら謝ります。何がいけなかったでしょうか?」

 ルディは立ち上がって相手の瞳を見詰めた。言い掛かりを付けてきた相手の瞳には見下すような、侮蔑の色が滲んでいる。

「そのような事柄も理解できない下々が士官学校に通うなど、身の程を弁えなさい」

「お言葉を返すようですが、士官学校は陛下のご意向に沿って、私たち庶民にも広く門戸を開いています。あなたは陛下のご意向に逆らうのですか?」

 ルディは冷静さを保とうと努力した。溢れ出ようとする怒りを抑制しながら、静かに問い掛ける。

「あなたのような下々の者が気安く陛下を引き合いに出すとは、世も末ですわね」

 居丈高な物腰にカチンと来るが、ルディは拳を握ってそれをグッとこらえた。

「何がいけなかったのかぐらい、ご自分の頭で考えたら如何かしら?」

「それって、ルディは何も悪くないってことでしょ?」

 不意に発言したのは、それまで黙っていたミュアリアルだ。彼女はルディと難癖を付けて来た少女に挟まれていたので、頭上を行き交う言葉の応酬に辟易していたのだ。

「変な言い掛かりをつけて、何がしたいの?」

「お黙りなさい、この下賤の者が」

 今度はミュアリアルに食って掛かる。

「貴族には貴族の矜恃があります。それを弁えずおかしな言葉を使う時点で、騎士としては不適格と言っているのです。心してお聞きなさい」

 物凄い剣幕で迫られて、ルディもミュアリアルも開いた口が塞がらない。そこへ金髪の少女がやって来た。彼女は手にしていたお盆を卓上に置いて口を開く。

「パメラ嬢、何をしておいでかな?」

 穏やかに声を掛けたのはグレイスだった。表面上はにこやかに微笑んでいるように見えるが、実際には怒気を含んでいるのが付き合いの長いルディとミュアリアルには伝わる。しかし一方のパメラは全く意に介さない様子で振り返った。

「グレイスさんからも、この二人をお叱り下さい。騎士としての気構えができていらっしゃらないと」

「二人は私の友人だが、どのようなことが原因か、教えて下さいますか?」

 グレイスの握った拳が震えているのがルディの目に入る。彼女は努めて柔和な物腰を維持しようとしていた。だが、パメラの態度は変わらない。

「他ならぬグレイスさんのお言葉ですからお答えしますが、頂きますなどという言葉は騎士として如何かと私は注意したのですわ」

「は?」

 グレイスはパメラの言い分を理解できなかった。食事を始める際の挨拶の文言など別に決められているはずもない。それぞれの家で祈りの言葉は違うものだ。そのような些末な事柄に拘泥するような硬直した考え方では、この先生き残るのは難しいのではないだろうか。

「パメラ嬢、食事の挨拶は家々によって変わるものだ。あなたの家の流儀を他の者に押し付けるのは感心しない行いだと思うぞ」

「ま……」

 まさか反論されるとも思っていなかったのか、パメラは絶句する。ルディたち三人は元より、食堂内の視線を集めていると気付いてパメラは頬を赤く染めた。

「わ、私は忠告しましたからね。恥をかいても知りませんわ」

 それを捨て台詞にパメラはその場を離れる。

「災難だったな」

 グレイスは言いつつ席に着く。ルディも腰を降ろした。

「冷めてしまいましたけれど、頂きましょう」

「未だに、あのような方がいらっしゃるのですね」

 ルディの目の前に栗毛の少女、スザンナが腰を降ろす。隣にフェリシアも来た。

「出遅れた」

 黒髪の少女はティファニーだ。彼女はグレイスの向かい側へ着席した。

「ああいう手合いは、懲りずに仕掛けて来ますから、油断大敵ですわよ」

 スザンナの言葉に一同は互いに顔を見合わせる。そして大きく頷き合うのだった。


 朝食を終えたルディたちは校舎の南側、大講堂に集められていた。大講堂の天井は高く、全体を見下ろすように二階席が設けられている。その中でも異彩を放っているのが貴賓席と呼ばれる、皇王専用の座席だ。今は(とばり)が降ろされて中を窺い知ることはできないが、その存在から時折、皇王が天覧に行幸されると予測できる。

「よおルディ、鎧の重さには慣れたか?」

 赤い髪の毛を揺らして、少年がルディの方へ歩み寄って来た。着慣れない鎧にギクシャクした動作のルディたちとは違い、少年たちの動きは実に滑らかだ。隣の青い髪の毛の少年も赤い髪の少年と遜色のない動きをしている。

「お兄様から聞いて、慣れていなければ私も笑われていましたね」

 栗毛の少女は青い髪の少年に寄り添うようにして笑っていた。

「スザンナの兄上から聞いていたとは言え、まさか本当に騎士鎧を着用して生活するとは思わなかったよ」

「俺は師匠から聞いていたし、何なら村にいる時から鎧で生活していたぜ」

 カインの言葉にその場にいた一同は目を丸くする。

「まあ、流石に騎士鎧は初めての着用だけどよ」

 屈託なく笑う彼に一同は胸を撫で下ろした。騎士鎧の着用は厳しく制限されていて、養成所に入った騎士見習いにならないと着用は許されない。仮に騎士や騎士見習いではない者が勝手に騎士鎧を着用すると、騎士を詐称した罪で処罰される。子供だからと言っても許されないので、聖皇国では自称の騎士は存在しなかった。

「にしても、兜まで用意して来たのに、今日は必要ないってんだもんな」

「カインは用意周到過ぎるだろう、貴族の誰も用意していなかったというのに」

 シオンが苦笑する。しかしカインは明らかに不満顔だ。

「訓練中、俺だけ兜を着用していて、おかしいとは思ったんだよ。師匠が用意してくれたとは言えよう」

 言われて見ると、彼の鎧は他の新入生とは少し材料が違うようだった。

「カイン君の鎧の素材、私たちとは違う?」

「これは、特注品ですか?」

 ルディが疑問をぶつける横で、ミュアリアルの目付きが変わった。ジックリと品定めするように見詰める。

「どこの工房に頼んだのか分かりませんが、皇都でもここまでの技術を持つ鍛冶師はいませんよ」

「師匠が作ってくれた鎧だからな」

 へへんとカインは得意顔になる。

「ほう、どれどれ」

「おい、こら、勝手に触るな!」

 シオンやミュアリアルがベタベタと触り始めると、カインはその手を振り払おうと身を捩った。彼らがギャイギャイと騒いでいるところへ、腹の底に響く音が轟き渡る。

 ドン!

「整列だな」

 壇上の大太鼓を叩く騎士。その太鼓の大音響を合図に、講堂に集まっていた新入生たちが整列を始める。

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