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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
士官学校 初年度九月
21/27

入寮

「手始めに、諸君の目の前にある騎士鎧の装着方法を講義する。シェルディーア、立て!」

「は、はい」

 名指しで呼ばれて、彼女は慌てて立ち上がった。

「良い返事だ。呼ばれた者は今のように返事をするように。養成所では血筋や出身地、家名、親の地位、肩書きなどは一切使用禁止だ。諸君は個々の能力のみによって評価される。万が一、家名や肩書きなどを利用して他者を圧迫するなどの不正行為を行えば厳罰に処す。これは諸君の家にも波及するので心に留め置くように」

 オルガの説明はやや難解だが、セントラルガーデン出身のルディにとっては当然の諒解事項だった。血筋や身分を不問とし、優秀な人材確保を目指して設立された教育機関なので地位や身分を用いての不正にはかなり厳しい処罰が待っている。実際に放校処分や、貴族の中には取り潰しに遭った実例があった。

「さて、シェルディーアは騎士鎧を着用したことはあるか?」

「ありません」

「そうだな、騎士鎧は騎士見習いからでなければその着用は許されない。仮に着用したことがあればそれはそれで問題だ」

 オルガは床上にあった脚甲を持ち上げる。

「騎士鎧の装着順序だが、まずは脚甲を履く」

 持ち上げられた脚甲がルディの目の前に差し出された。黙ってそれを受け取った彼女は、蝶番を外して自ら装着する。靴の甲を覆う部分に続いて脛を覆う部分、更に太股を覆う部分を両足に装着する。

「鎧を先に装着すると脚甲の装着が難しくなる。身体の遠い部分から装着するのが基本だが、鎖帷子が先でも構わない」

 続けて差し出された帷子をルディは再び黙って受け取った。オルガは淡々と説明を続ける。その間にルディは騎士服の上から鎖帷子を着用した。ズッシリとした重さが彼女の身体に掛かる。

「そして胴当て、籠手の順に着用するが、ここからは他の者の手を借りることになる」

 実際に胴当ての留め金は背中部分にあるので一人では絶対に着用できない構造だ。ルディは隣のミュウに手伝って貰って騎士鎧に身を包んだ。

「よし、では他の者もここまで着用せよ」

 オルガの指示に従って入所生が一斉に動き出す。ガチャガチャと金属同士が当たる音が食堂内に響いた。

「着用を終えた者は着席せよ」

 オルガの指示に従って一同は着席する。静寂の戻った食堂内に彼女の声が響いた。

「それではこれより寝る時以外、騎士鎧を着用して生活せよ。それが養成所の決まり事だ」

 伝達された内容にどよめきが起こる。うら若い乙女たちに鎧を着用しての生活は過酷な指示だ。

「鎮まれ!」

 オルガの厳しい声に食堂内が水を打ったように静まり返る。

「諸君、勘違いしては困るが、ここは淑女を育てる場ではない。騎士を育てる場だ。騎士ではなく淑女を目指すならば今からでも遅くはない、故郷へ帰りなさい」

 騎士を目指す乙女たちはしんと静まり返ったままだった。

「よろしい、それではこれより食事を提供します。今後の生活についても説明しますので、卓上を片付けなさい」

「それでは、ここからは私が説明しましょう」

 オルガの隣にいた若い女性が進み出る。ミリアムと名乗った、その女性の説明によれば、ルディたち騎士候補生は騎士鎧を着用したまま日常生活を送り、食事時間にも制限が設けられる。今は用意されていなかった兜については、それぞれの意匠を養成所に提出して許可されてから製作するように、また校舎までの移動には各自で乗馬を用意するか、聖皇国からの貸与に頼るように周知された。

「あなた方の騎士叙勲を楽しみにしています」

 柔らかく微笑んだ彼女のその内側に厳しさが潜んでいるとは、新入生たちの誰も思いもしなかった。

 二日後、入所式を翌日に控えたこの日、ルディは走っていた。

「ぜえはあ、ぜえはあ……」

 騎士鎧を着用したままの長距離走は、彼女の体力を確実に消耗させている。鎧が肩に食い込むような感覚と、足首に錘を付けられたような感覚が彼女を襲う。

「さあ、もう少しだよ」

 寮監のオルガが檄を飛ばした。養成所の東門が見えて来る。

 出発点は寮の前だった。男子たちと合同で行われる基礎体力作りとして、長距離走が始まったのだ。敷地内の馬房まで走り、寮の玄関前までの往復で済むのかと思いきや、先導する教官はそのまま寮の前を通り過ぎ、東門を出て北へ曲がった。

 朝の新鮮な空気を吸い込みながら、養成所の外周をグルリと回る。普段であれば何の変哲もない距離が、騎士鎧を着用しての走り込みでは過酷にもなる。

「もう、走れませんわ」

 グレイスやスカーレットたちに遅れはしたものの、ルディは女性陣の中では上位で寮の玄関前に到着した。しかし疲労のあまり、その場にへたり込んでしまう。

「どうしたルディ? もう限界か」

 全身鎧に兜を被り、背中に大きな盾を背負った男子が近付いて来た。

「その声はカイン君ですか?」

「ああ、そうだぜ」

 兜の面頬を上げると、彼女の想い人である少年の笑顔が現れる。

「か、カイン君は平気なのですか?」

「ああ、師匠のシゴキに比べれば、こんなのへっちゃらだぜ」

 ニッと笑う彼を見上げながら、ルディの頭の中で疑問が広がる。それは昨日、全体で礼式の訓練をしていた時、カインは身勝手な行動をして厳重注意を受けた。更に罰としてこの長距離走では唯一、錘として盾を背負わされていたはずなのだ。

「その背負っていらっしゃる盾が、錘でしたわよね?」

「ああ、こんなの錘の内に入らねーよ」

 彼はあっけらかんとしていて、本当に何とも思っていない様子が窺える。

「それにしても、どいつもこいつも弱過ぎるだろう」

 その場にへたり込んでいるのはルディだけではなかった。女子のほとんど全員が鎧の重さに耐えかねて音を上げる寸前だ。

「もう、無理ぃ」

 ようやく走り終えたミュアリアルが彼女の横へヘロヘロになって座り込んだ。ルディが周囲を見回すと、スザンナとフェリシアが疲れた表情でこちらに歩いて来るのに気付く。

「ルディさん、意外と体力がありましたのね」

「ええ。父の仕事を手伝う関係で、体力には自信があったのですが……」

 スザンナに声を掛けられてルディは苦笑しつつ答えた。チラリと隣で立っているカインを見ると、彼女の自信はその土台から揺らいでしまいそうだ。

「スザンナ、こちらにいたか」

 青い髪の少年が近付いて来た。どうやら彼も先に走り切っていたようだ。

「シオン様、不甲斐ない私をご容赦下さい」

「気にすることはない。鎧を着用しての走り込みは慣れるまでは大変だからね」

 彼はスザンナを労った。

「それにしても、カイン君には参ったよ。兜を被った上に、あれだけの錘を背負って真っ先に走り切ってしまうのだから」

「ええ?」

 その場にいた少女たちは驚きを隠せない。

「教官も呆れていたよ、並外れたその体力に」

「へへん、師匠の特訓はもっと厳しかったからな」

 得意満面の笑顔で胸を張る彼に、一同は心底から呆れるのであった。

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