進学試験
「優勝して、首席卒業は頂きだ」
卒剣の会場内では金髪の少年が周囲の生徒たちに自らの筋肉を誇示していた。
「レイモンドほどに強いのはいないからな」
周囲の生徒たちも彼の腕を認めている。彼らは卒剣が始まるのを今や遅しと待ち構えていた。例年であれば既に対戦相手を決めるくじ引きが始まっていてもおかしくないのだが、今年は何やら様子が違う。教官たちが集まって、白い長衣を着用した見慣れない男性を取り巻いて長々と協議をしているようだった。
「一体、何をやっているんだ?」
彼らが訝しんでいると、闘技場の責任者である教官が発言を始める。
「今年の選抜試験は、異例の百人組み手とする」
瞬間、会場内が水を打ったように鎮まる。百人組み手とは、たった一人を相手に対戦者が総掛かりする方法で、腕試しの一環として行われるのが通例で、卒剣では行われた前例がなかった。
「どこのバカだ?」
セントラルガーデンではレイモンドが突出した実力者で、当のレイモンドですら百人組み手を勝ち抜く自信は持ち合わせていない。困惑する彼らの目の前、闘技場の中央へ真っ赤な髪の少年が進み出た。彼は試験用の模擬剣を背中に、その手には模擬槍を持っている。
「それでは、試験開始とする」
「あの赤い髪が標的か、セントラルガーデンを舐めた代償を払わせてやれ」
詳しい説明すらなく開始が告げられ、生徒たちは得意の武具を手に獲物と定めた少年へと一斉に打ち掛かった。
「遅ぇよ」
カインがその手の槍を振り回す。彼の実力を見定めようと遠巻きにしていたルディたちは驚愕するしかなかった。槍の先端が閃いたと思った瞬間には、十人近い生徒たちがその場に蹲っていたからだ。動きの速さに目がついて行かなかった。恐らくあの速度に対応できるのは、セントラルガーデンで最強を誇るレイモンドぐらいしかいないのではないかと、その場の誰もが思った。そのレイモンドもルディとは反対側で彼の動きを見て、顔面蒼白になっているようだ。
「グレイス、どうしましょう?」
「疲れるのを待った方がいいかもしれないな」
グレイスと呼ばれた少女は模擬剣を手に、鮮やかな槍捌きを見せるカインの動きを追っている。
「ある程度まで人数が減ってから、私たちの連携でどうにかするしかない」
「そうですわね」
ルディはグレイスの提案を肯定したが、目は会場中央で大立ち回りを演じるカインの動きを追い続けていた。積年の想いを寄せていた相手が目の前にいる。その事実がルディを舞い上がらせる寸前だった。辛うじて残されていた理性が彼女に平静を装わせているだけである。
喚声が響く中、あっと言う間に半数ほどの生徒たちが戦闘不能と見なされて闘技場の隅で治療を受けていた。
「セントラルガーデンも、この程度か?」
闘技場の中央で豪快に槍を振り回すカインは、疲労の色を全く見せない。既に残りの生徒も三割ぐらいにまで減っていた。
「お?」
「しめた!」
カインの使っていた模擬槍がその中央部で折れた。これ幸いと一斉に模擬剣で襲い掛かる生徒たちを見ても彼は不敵な笑みを浮かべただけだった。
「だから、遅ぇって」
折れた槍の柄で模擬剣を弾き返すと、カインの脚が唸る。打ち掛かった生徒たちが今まで以上に派手に弾き飛ばされた。
「素手で剣相手に勝つとか、尋常じゃない強さだな」
グレイスが呆れたように感想を漏らす。カインがギロリと一睨みしただけで他の生徒たちが立ち竦んだ。その一瞬の間を利用して彼は背中の模擬剣を抜く。槍を持っていた時よりも数段上の闘気を放つ彼を見て、グレイスも呆気に取られた。
「さながら、ここからが本番という雰囲気だな」
「ええ、でも私たちも本気を出せば、どうにかなりそうではありませんか?」
ルディは自分自身に言い聞かせるように答える。カインは確かに強いが、剣の間合いであればそれほどの実力差はないのではと思えた。これまでの展開は、槍の長い間合いを封じようと闇雲に突進した生徒たちが自滅した印象を持っている。
「女を殴るのは、正直言って気分が乗らねぇんだけどな」
カインはぼやきつつも、掛かって来る女生徒たちを軽くあしらった。槍で突き込んだ一人の女生徒はアッサリと躱された挙げ句、首筋に手刀を入れられて崩れ落ちる。
「一体、どんな訓練を積めば、あれだけ強くなるのかしら?」
「考えても仕方ないし、そろそろ仕掛けるか?」
ルディはグレイスと、待機している仲間たちを見回した。彼女たちは四人のパーティだ。全員が剣を装備しているので、人数の減ったこれからが勝負所とも言える。
「……と、その前にスカーレットたちが仕掛けるみたいだな」
六人の女生徒たちがカインを取り囲んだ。全方位から一斉に仕掛ければ、どんな剣豪でも一太刀は受けるのが常識だ。彼女たちは互いに呼吸を合わせて打ち掛かるが、逆に言えばその呼吸に合わせてカインも受けやすくなっている。
「流石ですわね」
振り下ろされる模擬剣の内、一人を狙ってカインは受け止めに行った。彼は受け止めた模擬剣を強引に押し戻して相手の体勢を崩すと、そこを突破口にして他の攻撃を躱す。模擬剣を振り切って体勢を崩した他の女生徒も首筋に手刀を入れられて脱落した。
「鮮やか過ぎて、彼が同年代とは思えないぐらいだな」
「加勢しましょう」
ルディがそう告げると、四人は残っていた二人を庇うように彼の攻撃を受け止める。
「くう……」
グレイスと二人がかりで受けても手が痺れるぐらいの重さを感じて、ルディは距離を取ろうと下がった。