入寮
夏の暑さが残る九月、黒髪の少女が皇都の石畳を歩いていた。彼女の隣にはソバカスが目立つ小柄な少女と、美しい金髪をなびかせる少女が並ぶ。
「いよいよね、ルディ」
「そうですわね」
白く高い塀に囲まれて、これまた純白の建物が並ぶ。ルディたちの目の前には皇立士官養成所と記された看板が掲げられている正門があった。入所式に間に合うように多くの少年少女たちがこの正門をくぐっている。その中には見知った顔もいれば、全く知らない顔もいた。その人混みの遥か後ろに真っ赤な物体が揺れるのをルディは見つける。トクンと鼓動が脈打った。
「どうしたの、ルディ?」
「その……、あの人が来ます、から……」
想い人とは数日ぶりに顔を合わせるのだが、彼女は緊張して来る。ただならぬ雰囲気の彼女に親友たちが心配顔で声を掛けた。
「具合が悪いのなら、医務室へ行くかい?」
「ち、違いますのグレイス。これは、その……」
ルディの顔は真っ赤になっている。どうして良いのかオロオロしている間に赤い髪の少年が目の前までやって来た。
「よお、ルディ。元気にしてたか?」
「は、はい。け、今朝はお日柄もよろしく、私は元気です」
彼女自身でもどうしてここまで緊張しているのか分からない。平素と違う態度を怪しく思ったグレイスが警戒心も露わに彼とルディの間に割って入った。
「何があったか知らないけど、ルディに変なことしようと言うなら、容赦はしないよ」
「お、同じくです」
「……です」
グレイスに続いてミュアリアルとティファニーも彼女を取り囲んで護衛するような態度を見せた。しかしカインは少女たちの行動を全く意に介さない。
「お前らには説明しておいた方が良さそうだな」
「み、み、皆さん、カイン君は悪い人ではありませんから」
ルディは庇おうとする女性陣を取りなそうとした。
「そ、その、私と彼は……」
説明をしようとした彼女ではあったが、顔を耳まで真っ赤に染めて、今にも湯気が上がりそうなほどになってしまう。
「ルディ、無理すんな。俺とお前は婚約者なんだからよ」
「え?」
カインの言葉に全員が固まった。
「ええ!?」
「驚くのも無理はないよな、何しろ決まったのがついこの前だし」
カインは飄々とした態度だが、ルディは真っ赤に染め上げた顔を上げていられず俯いてしまう。
「ルディ、どういうこと?」
ミュアリアルが問い掛けた。ルディとは幼馴染みかつ親友の彼女ですら知らなかったのだ。
「ミュウも、グレイス、ティファにもなかなか言い出せなかったのですけれど、私とカイン君は幼い頃から親同士が決めていた許嫁、だったらしいのです」
「らしい、とは?」
要領を得ない彼女の説明にグレイスが問い直した。
「俺もルディも知らされてなかったんだよ。それがこの前、師匠と偶々店に行った時に発覚したんだ」
「何か怪しい」
ミュアリアルが疑いの眼でカインを睨む。幼馴染みかつ親友の彼女だからこそ、フレグランス家の動向はほぼ把握していると言っても過言ではなかった。
「怪しまれてもそれ以上でもそれ以下でもないからな。何なら、ルディの親父さんに確認してもらってもいいぜ」
カインの開放的な言い草にグレイスは却って信憑性を感じる。
「ここで話の真偽を詮索したところで結論は出ないだろう。それよりも校内に進もう」
グレイスに促されて少女たちとカインは共に構内へ進んだ。正門を潜るとすぐに校舎が迫る。短い階段を登って建物に入ると、受付と思われるその場は入所生で混雑していた。
入ってすぐの右手が受付になっているらしく、二つの窓口で対応している。受付を済ませた者から奥へ進み、隣の建物に進んでいる様子だ。
「かったりぃな」
「カイン君は強いですから、待てないなどと弱音は吐きませんわよね?」
こらえ性がなく負けん気の強い彼の性質を彼の師匠から聞いていたルディは、その辺りを考慮した発言を行った。
「当ったり前だろ、俺は誰にも負けないぐらい待てるぜ」
得意満面の表情で彼は鼻息も荒く腕組みする。ホッと胸を撫で下ろすルディにミュアリアルがコッソリ耳打ちした。
「ねえ、もしかして彼って単純?」
「心根の美しい殿方ですわ」
物は言い様である。順調に受け付けを済ませると、一同は奥へ進んで指示を受けるように伝えられる。奥の扉を開けると優しそうな表情の若い男性が待ち受けていた。
「ようこそ、皇立士官養成所へ。これから君たちは、あの奥に見える建物に進んでもらいます。男子は向かって右の建物へ、女子は左の建物に行って下さい」
「何か違いがあるのか?」
カインは率直に質問する。
「女子寮と男子寮の違いですよ。間違えたら、厳罰が待っていますから注意して下さいね」
若い男性の注意事項を受けて、一同は目の前の建物に入った。そこは馬房のようだったが、馬は一頭も見当たらない。馬房を抜けると芝生が広がっていた。
「お馬さんだ~」
ミュアリアルが無邪気そのものの歓声を挙げる。芝生の上には数頭の馬が放されていた。
「流石は士官学校、立派な馬たちだな」
不意に背後から声が聞こえて来て、ルディは驚いて振り返る。紫がかった青い髪の毛の男性と、隣には長く伸ばした栗毛を頭の後ろで結んだ女性が並んでいた。
「ど、どちら様ですか?」
「これは自己紹介が遅れました。僕はシオンと申します」
「スザンナと申します」
男女が自己紹介したので、ルディも慌てて頭を下げる。
「ルディと申します。これも何かの縁でしょうから仲良くして下さい」
「グレイスだ」
「ミュウです」
「ティファニーです」
少女たちが名乗ったのにカインは黙ったままだった。その態度をルディが見咎めて肘で彼の脇腹をつつく。
「ちょっとカイン君……」
「ああ、カイン君とは知り合いなんだ」
シオンが快活に笑った。対するカインは少し不機嫌そうな表情だ。
「昨日、会ったばかりだがな」
「もうカイン君ったら、照れ屋さんなんだから」
「ちょっ、おま……」
反論しようとしたカインの脇腹へ、ルディの肘打ちが炸裂する。鍛えているとは言え、見事に肘打ちが急所へ入ったので彼は黙るしかなかった。
「カイン君は、少し不躾なところもありますが、私たち共々仲良くして下さい」
「ええ、よろしくね、ルディさん」
スザンナと名乗った少女が柔らかく微笑む。そのまま一同は寮へと向かった。寮の手前には高い塀が聳え、男子たちとはそこで別れる。塀の切れ間から奥へ進むと再び馬房があり、その脇から寮の入り口へ向かうと寮の入り口だ。




