長崎屋にて
「ルディ、話はついたか?」
「お父様、どうしてこちらに」
父親のケントが現れてルディは驚きを隠せない。その後ろには金髪の少年二人もついて来ていた。
「貴様がルディ殿の恋人か」
「だったら何だ?」
碧眼の少年が高圧的に進み出て来るが、カインに臆した風は全くない。ルディはハラハラしつつも成り行きを見守るしかなかった。
「端的に言おう、彼女を諦めてこちらに譲り渡し給え」
「嫌だね」
カインは即答だった。
「大体よぉ、人を物扱いするような連中が俺のルディにちょっかい掛けるだけでも苛立つってのに、自分自身では何もできないお子様に譲る訳がねぇだろが!」
激昂しつつカインは立ち上がり、後ろにいた蒼眼の少年を指差す。
「お前、他人の女を奪おうってのに、人任せか?」
「下郎め、分を弁えよ」
間に立つ碧眼の少年がカインを抑えようとするが、ギロリと睨まれて立ち竦んだ。
「何様のつもりか知らねぇが、そんなやわでこいつを守るなんて笑わせんな」
「くっ……」
カインの迫力に金髪の少年二人はたじろいでいる。ケントとジョージは少年二人の身分を知っているので、どこで止めに入ろうかと逡巡しているが、これまたカインの迫力に負けている様子だ。ルディはこの部屋で唯一事態を収拾できそうなアルフォードに期待を込めた視線を送った。彼は呑気にお茶を飲んでいる。
「け、決闘だ!」
蒼眼の少年が胸ポケットから真っ白な手袋を取り出すと、それをカインの顔面に投げつけた。カインはその手袋をしっかりと右手で受け止める。
「いいぜ、どちらがルディを守るに相応しいか、たっぷりと教えてやんよ」
「決闘ですか、それでは丸剣を用意しますね」
何故か嬉しそうな声のアルフォード。呆気にとられている一同を気にもせず、嬉々として準備を整える。
「それではカイン君とアーネスト君の、ルディ嬢を賭けた決闘を行いましょう」
あれよあれよと言う間に準備が進んで、気が付けば店舗の中庭にカインとアーネストが丸剣を手に相対していた。立会人として亭主のケントが臨み、ジョージ、ルディ、ルークはアルフォードたちがいた座敷に留め置かれ、他の座敷に通されていた客までもが見物人になっている。
「おい、何だこの状況は?」
「お前ぇが二度と俺のルディにちょっかい掛けられないよう、多くの人に証人になってもらうんだよ」
まさかの衆人環視での決闘にアーネストは焦りを隠せない。対するカインは常の態度で不敵に笑う。
「既に勝った気でいるのか、貴様こそ恥を晒さない内に彼女を譲れ」
「御託はいいから、さっさと始めようぜ」
ウキウキという表現が似合うぐらいにカインは嬉しそうな表情をしていた。焦燥感が漂うアーネストとは対照的だ。
「それではこれより、フレグランス家のルディ嬢を賭けた男同士の決闘を開始します。立会人は不肖、セントラルガーデン講師のアルフォード・ルフィーニアが務めます」
「は?」
ルークは思わず声が漏れた。
「カイン・アシャルナート、前へ」
「はい!」
溌剌とした返事をして赤髪の少年が進み出る。
「アーネスト・ケイリー、前へ」
「お、おう!」
名乗ってもいないのにいきなり本名を呼ばれてアーネストは挙動不審になるところだった。
「あの男、殿下の正体を知りながら丸剣の決闘を仕組んだのか?」
「殿下は丸剣が得意なのですか?」
次男とは言え上流階級なのだから丸剣の修練は積んでいるとルディは予測したが、その技量までは想像もつかない。
「殿下の腕前は、並の騎士と互角だ。士官学校に入学程度の腕前では勝負にすらならないだろう」
「そうですか、ではやはり、私のカイン君が勝ちます」
ルディもまた微笑む。
「では、両者構えて」
アルフォードの号令に、二人の少年は丸剣を構えた。アーネストは丸剣を水平に構えると、空いている左手を反対方向へ伸ばす体勢をとる。カインもまた丸剣を水平に構え、左手は肩の高さだ。
「あの構えは……」
「何かご存知なのですか?」
ルークの呟きを聞き漏らさず、ルディは問い掛けた。しかし彼はカインの構えを凝視していて彼女には目もくれない。
「いや、まさか……、そんなはずはない」
一人の世界に入ってしまったかのように、ルークは目の前で構える二人に見入っていた。
「始め!」
アルフォードの号令と同時にアーネストが仕掛ける。素早い踏み込みで間合いを詰めると、その剣先がカインの胸を襲った。木材同士がぶつかり合う乾いた音が響き、アーネストが尻餅をつく。カインは丸剣を高々と掲げていた。
「ば、バカな。こんな平民ごときに……」
「残念だったな」
アーネストの衝撃は勝負に負けたことではなく、カインの技量の高さにあった。ルークもまた驚きを隠せない。
「今の技、話に聞く姫殿下の技に似ていた」
「そこまで! 勝者、カイン・アシャルナート」
アルフォードの宣言に座敷席から拍手が送られた。
「これに懲りたら、二度とルディにちょっかい掛けるんじゃねぇぞ」
勝ち誇った表情のカインに、アーネストは戦慄する。
「士官学校には、セントラルガーデン始まって以来初めて、百人抜きを達成した者がいると聞く。そやつ以外にこんな化け物がいようとは」
彼の呟きを聞きつけて、ルディが立ち上がった。そしてその場の全員に聞こえるような大声を出す。
「ご安心下さい、殿下。その百人抜きしたのが、私の恋人のカイン君ですから」
ニッコリと微笑んだ彼女の笑顔が、その場にいた一同には悪魔の微笑みのように見えていた。




