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炎の鳥は熱く躍る  作者: 斎木伯彦
長崎屋にて
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長崎屋にて

 ハルテン商会皇都本店、奥座敷。畳敷きの室内には座卓が一つと座布団が用意されている。アルフォードとカインは座布団の上に座り、冷や水を飲んでいた。

「変わった室内だな」

 カインはキョロキョロと室内を見回す。調度品のどれもが見慣れないものばかりで落ち着かない。庭園の中央には池があるのだが、その脇に備えられた得体の知れない筒は水を受けると暫くして傾き、折角溜めた水を全て池の中に吐き出してまた元の位置に戻る動きを繰り返していた。その戻る時に筒の底が庭石を打ち付け、カポーンとこれまた聞き慣れない音を響かせる。

「あれは何なんだ?」

 ソワソワしている弟子とは対照的に、アルフォードは落ち着いた様子で優雅に寛いでいた。

「師匠は、この店のこと知ってたのか?」

「カイン君、言葉遣い」

「失礼しました。師匠はこの店を知っておいででしたか?」

 師匠に睨まれてカインは佇まいを直すと、改まった口調で尋ね掛けた。

「この店の初代が古い知り合いでしてね、庭のあれは鹿威しと言って、野生の動物を遠ざける役目を果たしているのですよ」

 師匠の説明にカインは再び庭の池に視線を向ける。規定量に達したのだろう、筒が傾き中の水を吐き出した。筒は元の位置に戻って、再びカポーンと音を響かせる。

「お待たせ致しました」

 部屋の扉が開くと、廊下にルディが座っていた。彼女は髪を結い上げた頭を下げて、それから室内へと入って来る。着ている服も街中では見掛けない不思議な装いだった。

「当店自慢の品々をお持ち致しました」

 そう告げた彼女の言葉を合図に、更に二人の女性がお盆を手に室内に入って来る。座卓を囲む二人の目の前に器が置かれた。小さな器に盛り付けられているのは、緑豆と蓮根のゴマ和え、卯の花、それに小魚の酢漬けだ。どれもカインは見たことがない料理ばかりである。

「し、師匠?」

「カイン君は初めての料理ばかりですね。彼には匙を用意して下さい」

「畏まりました」

 アルフォードの依頼にルディは軽く頭を下げ、予め持参していた箱から木製の匙を取り出す。それをカインの目の前に置いて、一方のアルフォードには木製の細長い棒を二本用意した。

「当店の亭主より挨拶があります」

 料理に手を付けようとしたカインに刺すような鋭い視線を送ってアルフォードはその動きを制した。そこへ店主がやって来る。

「この度は長崎屋をご利用頂きましてありがとうございます。本日は心ゆくまで料理を楽しめますよう、誠心誠意務めさせて頂きます」

「心遣い感謝します」

 店主の挨拶にアルフォードが返礼する。

「それではお召し上がり下さい」

 それを合図にカインは匙を手にした。しかし見慣れぬ料理ばかりで、何から手を付けて良いのか判断に迷う。チラリと師匠の様子を窺うと、アルフォードは二本の棒を器用に操り、ゴマ和えを摘まみ上げていた。

「カイン君、まずは味の薄いものから頂きなさい。ここの料理は目でも楽しむようにできていますからね」

「は、はい」

 カインは師匠の真似をしていれば大丈夫だろうと踏んで、同じようにゴマ和えを匙で掬い上げる。食欲旺盛な彼にとっては物足りない量だが、師匠の手前もあって不満は漏らさないように心懸けていた。

「美味い」

 蓮根のシャクシャクとした食感と、対比されるような緑豆の柔らかさが良い。ゴマの香りが鼻を抜け、彼の表情が和らいだ。続けて小魚の酢漬け、卯の花と食べ進む。彼らが食べ終えると同時に、再び店員の女性がやって来た。

「煮物椀です。本日は湯葉と鶏肉です」

 二人の目の前にあった器が下げられ、替わりに朱色のお椀が差し出される。アルフォードは左手で椀を押さえ、右手で蓋を開ける。カインも同じように蓋を開けた。椀の中は黒で、その中に白い鶏肉と彼が見たこともない食材が浮かんでいる。カインがチラチラと師匠の動きを盗み見ると、彼は優雅な仕草で椀を持ち上げて中の汁を口内へ送り込んでいた。

「美味い」

 師匠を真似て飲んだ煮汁は、味わったこともない風味でカインは驚くばかりだった。鶏肉は柔らかく匙で軽く押さえただけで身が解れる。湯葉と言われた食材も汁の風味を損なうことなく調和している。

「お造りは、豆腐と湯葉になります」

 平皿と小皿が二人の前に用意された。これもまたカインは見たことない食材だ。いや湯葉は今し方味わったが、それでも汁気のない状態では初めてになる。小皿にも見たことがない黒い液体が注がれていた。

「私の要望通り、冷や奴が出ましたか」

 アルフォードが嬉しそうに微笑む。カインは目の前のどちらかが冷や奴と言う料理なのだと判断した。

「カインさん、匙では食べ難いでしょうから、そちらの醤油を先に掛けてお召し上がり下さいね」

「ど、どうするんだ?」

 ルディが気を利かせて食べ方を説明したが、カインは理解できなかった。オロオロしている彼の横にルディが移動する。

「こちらの匙で、醤油を掬い」

 彼の手を取って小皿へ誘導する。匙で醤油を掬うと、それを平皿に盛られた豆腐と湯葉へ適量掛けた。

「このように致しますと、食べ易くなります」

 ニコリと微笑んだ彼女に、カインはドキッとした。そのような二人の様子を見ながら、アルフォードは微笑みを浮かべたまま冷や奴と湯葉を味わう。豆の香りがやや甘く感じられた。

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