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回想

「仰りたいことは理解できます」

「それになお華(ハンナ)健人(ケント)、ワシの技がワシ一代で失われてしまうのも惜しいと思っているのじゃ」

「それが本音ですね?」

 祖父に対する祖母の声には、どことなく笑い声のような含みがあった。

「ああ、ワシの技は商会で扱っている武具では再現できぬ。再現するにはワシのこの刀が必要じゃ。商会は健人(ケント)に受け継がせた。武技は絵美(エイミー)に継がせて、その子にこの刀と共に連綿と伝えて欲しかったんじゃ」

「分かりました。そういう理由ならば私も反対はしません。先に本音を仰って下されば、よろしいのに」

「商売の癖じゃのう、ついつい本音を隠したまま商談(はなし)を進めてしまう」

 祖父は自らの言動を振り返って反省している様子だった。

「それよりも、あなたが騎士団長より強いと知ったら、みな驚きますよ」

「流石のワシも寄る年波には勝てぬ。それにあれは……」

「それは初耳です」

 祖母は驚くような話を始めた。祖父が何か言い掛けたが父親が遮るように話の続きを促す。

「ケントは知らなかったかしら、割と有名な話なのだけど」

「詳しく願います」

「この人が初めてパーシモンを訪れた時、ご領主様のパーシモン伯爵に勝負を挑まれたのです」

「いや、あれは……」

 祖母の舌は滑らかだった。対する祖父は反論しようとするが、何故か口ごもるような様子なので祖母は止まらない。

「十人ほどの手勢を率いていらっしゃった伯爵を相手に、全て返り討ちにした挙げ句の果てに当時騎士団長をお勤めになってらした伯爵まで……」

「も、もう良いであろう。昔のことじゃ」

「いいえ、もっと大事な話がありますから」

 ピシャリと祖父の言葉を抑えて、祖母の話は続く。

「母上、騎士団長の伯爵に勝った以上の大事とは何ですか?」

「その剣術の腕前を見込まれて、伯爵のご子息の剣術指南に取り立てられたのですよ」

「どうして、それを今まで黙っていたのですか?」

 父が尋ねると、祖父は不思議そうに尋ね返した。

「黙っているも何も、時折お前に稽古をつけてくれた騎士がおったじゃろう?」

「十歳ほど年長のあの騎士が何か?」

「あれが、伯爵のご子息オースティン殿で、この館の元の主じゃよ」

「は?」

「あら、本当に知らなかったみたいね」

 祖父の答えに父が絶句する。祖母はコロコロと笑っている様子だった。

「いや、あの時は私も子供でしたから、そのような大それた方とは思いも寄りません」

「それにしても久しく会っていないが元気にしておるじゃろうか、オースティン殿は」

「トレリット村で隠居生活を送ってらっしゃるそうですね」

 父の反駁を無視するように祖父母が話題を変える。

「皇王陛下の勘気が解ければここに戻って来られるやもしれぬ。それまでは我が商会の手でしっかりと領内の手入れを怠らぬようにせねばな」

「話を戻しますが、父上はルディを騎士にしたいのですね?」

 自身の今後についての話になり、ルディは物陰で身を固くした。

「ああ、それが絵美(エイミー)の本懐じゃろうて」

「……エイミーよりも父上の執念のようにも思えますが、分かりました」

「分かってくれたか、健人(ケント)

「ルディが騎士になりたいならば、私たちも止めません。あくまでも本人の意思を尊重します」

 話の流れから、ルディは幾度も出て来た女性の名前、エイミーが実の母なのかもしれないと朧気ながら理解した。けれどもそうすると父親は誰になるのか、皆目見当もつかない。

「あの子が起きたら意思確認をしましょう」

「そうね、それがいいわ」

 父親と祖母の言葉を聞いて、ルディは物陰から部屋の入り口へ姿を現した。

「あら、起きて来たの?」

「うん、お父様の声が聞こえたから」

「そうか、起こしてしまったか、すまないな」

 いつもと変わらない笑顔を見せる父親に、ルディは安心する。本当の父母が誰かなんてどうでも良かった。祖父母も父母も変わらずに可愛がってくれるのだから。

「私、騎士になりたい」

 彼女が唐突にそう告げると、父親が息を飲むのが分かった。対して祖父が喜色満面になる。

「よう言うた瑠美(ルディ)お華(ハンナ)、赤飯を炊け」

「言われなくても、明日の祝いに合わせて準備しています」

「そ、そうであったかの?」

 出鼻を挫かれた様子の祖父を余所に、父親が彼女に問い掛けた。

「ルディ、爺様(じさま)の修行は厳しいが大丈夫か?」

「うん、頑張る。頑張って騎士になる」

 ルディは幼いながらも決意に満ちた表情で大きく頷く。ところがその彼女に水を差すような発言を祖母が行った。

「でもね、我が家の騎士はルディが初めてではないのよ」

「何じゃそれは、初耳じゃぞ。誰が最初なんだ?」

 祖父が色めき立つ。騎士は貴族階級だ。平民に開放するのはこれからである。なのに平民のフレグランス家から騎士が出ていたならば、没落貴族だとでも彼女は言いたいのだろうか。

「我が家の初めての騎士はお爺さん、あなたですよ」

 薄らと頬を赤く染めて祖母は言い切った。祖父はあんぐりと口を開けて絶句している。あの時、助けてくれた姿が素敵だっただのと、祖母の思い出話が始まった。

「母さんの惚気話は、今度にして下さい」

 どうにか父親が話を遮って、この時は話がまとまる。ルディは日記を読み返しながら幼い頃の記憶を辿り、胸を熱くさせた。彼女が騎士を目指すきっかけになった出来事に、カインが関わっていた。祖父の厳しい修行に耐えられたのも、彼に再会したい一心だ。しかし進学試験で十年ぶりに再会した彼は、彼女のことは忘却の彼方にあるようだった。

「私、魅力がないのかしら?」

 ふうと深く息を吐いて、彼女は物思いに耽る。彼に再会したい一心で願掛けに伸ばしていた髪の毛も腰を越えて股下にまで届くぐらいになっていた。

「彼に振り向いてもらえないなら、切ってしまおうかしら」

 髪は女の命と言い聞かせられて育って来た彼女ではあるが、一つの願いが叶ったのを区切りと考えてもいるのだ。

「どうか彼が、あの時の約束を守って下さいますように」

 士官学校の合格通知書を前に、彼女は日記に何を綴ろうか考えをまとめらなかった。

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