回想
「それではこれより、カイン君とルディ嬢の手合わせを始めます」
アルフォードが立会人となって、フレグランス家の裏庭でルディとカインが向き合う。ルディは動き易い服装に着替えていた。両者が手にするのは木剣だ。
「ルールは簡単、両人には防御魔法がかけられている指輪を渡します。この防御魔法を破った側の勝ちです」
「ししょー、それっていつものか?」
「いつものよりは弱めにしてありますよ。ルディ嬢にも勝機がないといけませんからね。ちょっと試してみましょう」
アルフォードがチラリと視線を送った先にはヴァネッサがいた。緊張した面持ちで頷いた彼女が進み出て来る。
「お二人で交互に攻撃して下さい」
「んじゃ、俺から」
カインは木剣を構えて勢いよく打ちかかった。彼の打撃がヴァネッサの身体に届く前に、淡い光がその身を包んで木剣を弾き返す。カインは続けて二撃目の木剣を振り下ろした。その打撃も淡い光に阻まれ、三撃目の攻撃で光の膜が砕け散る。更に振り下ろされようとしていた木剣はヴァネッサの目前でピタリと停まった。ヘナヘナとヴァネッサが腰砕けに近い形でへたりこむ。
「へへん」
得意気な顔で胸を張ったカインの頭に拳骨が振り下ろされた。
「交互にと言ったでしょう」
「いって~……」
「本当にバカ弟子で申し訳ない」
アルフォードはそう言って頭を下げた。カインは殴られた頭を抱えて蹲っている。
「ルディ嬢、仕切り直しますか?」
「いいえ、それには及びません」
未だにへたり込んでいる家庭教師の様子を見て、ルディは首を横に振った。
「そうですか、ではこちらをお渡ししますね」
彼女は防御魔法が掛けられた指輪をアルフォードから手渡される。それを右手の中指に装着すると、未だに頭を抱えたまま立ち上がらないカインと向き合った。
「カイン君、早く立たないとあなたの負けにしますよ」
アルフォードに促されて、彼は渋々といった態度で立ち上がる。ルディと同じ様に右手の中指に指輪を装着すると、木剣を正眼に構えて彼女と向き合った。
「手加減なしだ」
心なしか怒っているようにも見えなくもないカインからは気迫が溢れ、年齢に不相応な威圧感まで発せられるかのようだ。その気迫に飲み込まれないよう、ルディは集中して木剣を右腰の位置で後ろに構えた。
「あん?」
カインは彼女の構えの意図を読めずに訝しんだが、口元に笑みを浮かべると木剣を大上段に構える。胴体を曝け出す構えは、完全にルディを格下と見て侮っていた。
「さあ、来い!」
カインが攻撃を誘うが、ルディは動かない。ジッと彼を見詰めたままで逆に攻撃を待っているような素振りだ。カインの方も大上段に構えたままで彼女の出方を窺う。格下に見ているとは言え、迂闊な攻撃は後で師匠に叱られるとの思いが彼の脳裡にあった。
「来ないなら、こちらから行くまでだ!」
両者構えたまま暫く動きがなかったが、痺れを切らして動いたのはカインだった。大上段から振り下ろされる木剣は、大人の剣士でもかくやとばかりの速度で振り下ろされる。固唾を飲んで見守っていたヴァネッサが教え子の敗北を確信するほどの、気迫と速度を伴った一撃だった。
「どこだ?」
カインの木剣は地面を叩き、周囲に土埃を舞わせる。その彼の背中をルディの木剣が叩いた。淡い光が彼の身体を包み、実際の攻撃は届いていない。
「ちい!」
彼は振り返りざまに横薙ぎで木剣を振ったが、空を切っただけだ。ルディは俊敏な動きで後ろに退って攻撃を躱すと、剣を右脇に抱えるようにして素早く突進する。カインのがら空きになっていた右脇に再びルディの一撃が入った。
「ちょこまかと、うぜえ!」
怒りに任せてカインは大振りの攻撃を繰り返すが、その悉くを彼女は避ける。手合わせを始めるまではずぶの素人だったはずのルディがカインを翻弄する様子を見て、ヴァネッサは勝てるのではないかと希望を抱いた時だった。
「うああああ!」
カインが大きく叫ぶと、その瞳が真っ赤に光って見えた。それまでよりも速く木剣が振り下ろされる。鈍い音が響いてルディが大きく弾き飛ばされた。防御魔法の御蔭でケガをすることはないが、それでも見ているヴァネッサはハラハラとさせられる。
「お嬢様!」
「そろそろ限界じゃな」
大旦那が呟くと、ルディの動きは目に見えて悪くなった。大きく速度が落ちて肩で息をしている。そのような彼女の様子に些かの情け容赦もなくカインは再び大上段からの攻撃を繰り出した。
「そこまで!」
アルフォードが制止の声を掛けて、二人の間に割って入りカインの右手首を握る。
「引き分けですね」
「んでだよ!」
納得ができず暴れようとしたカインの眉間に、アルフォードの右手が目にも止まらぬ速さで打ち込まれた。
「聞き分けのない子にはお仕置きです」
「うぐ……」
眉間を痛打されてカインは堪らず木剣から手を離すと、顔面を押さえてその場に蹲る。一方のルディは木剣を杖代わりに身体を支えていた。疲労困憊に達した様子の彼女は既に立っているのもやっとで、膝がガクガクと震えている。
「あ、ありがとうございます」
彼女はそれだけを告げるとその場に昏倒した。




