進学試験
皇暦七百七十年初夏、皇都リフティアの一角、セントラルガーデン。聖皇国の人材育成を目的として設立された学舎は多くの人々にその門戸を開き、卒業生は多方面で活躍している。
「はい、出来上がり」
セントラルガーデンの一室で、ソバカスが目立つ少女が微笑んだ。彼女は親友の髪を結っていたのだ。
「ありがとうミュウ。これで心置きなく戦えますわ」
艶やかな黒髪を三つ編みにして項の上で一つにまとめ上げられた少女は、鏡に映る自らの姿を確認するように左右へ首を振った。
「ルディの髪は綺麗だから、切るのが勿体ないよね」
親友の髪を結っていたソバカスの少女が、自ら結い上げた出来映えを満足げに眺めていた。
「時間も大丈夫ですね」
「簡易防具を着用して、卒剣に向かおう」
ソバカスの少女は櫛を箱の中に片付けると、身支度を整え始める。
「ミュウ、髪を整えてくれた御礼に手伝いますわ」
黒髪の少女が親友の着付けを手伝う。簡易防具とは言え、着用に慣れていないと手間取るのを彼女たちはよく知っていた。
彼女たちはこれからセントラルガーデンの進学試験に挑もうとしていた。セントラルガーデンの進学試験は筆記と実技の双方が行われる。文官を輩出する学院へ進学を希望する場合は実技が免除され、筆記試験の成績のみで合否判定が貰えるが、騎士任官を目指す士官学校の場合は実技試験を伴った。
二人は士官学校への進学を望み、これまでに実技試験として基礎体力の測定や馬術、弓術などの腕前を試され、全てに合格して最終試験に臨んでいる。最終試験は卒剣と呼ばれる総合実戦試験だ。判定方法は簡単、くじ引きで決められた対戦相手と勝負して、勝敗も含めた技術を見せるだけである。
「ルディ、先に行くね。お花を摘んで行きたいから」
「ええ、それではグレイスたちによろしく」
ソバカスの少女が先に控え室を出た。黒髪の少女は一人になって改めて自らの姿を鏡で確認する。
ルディ・フレグランス、十八歳。艶やかな黒髪を結い上げ、前髪は眉毛の高さで切り揃えられていた。垂れ目の奥にある茶色の瞳には強い意志の光が宿る、不思議な魅力を備えた少女だ。
動き易い短衣の上に革製の胸を覆う防具と肩当てを着用し、腰には木製の剣を提げる。
「いよいよですわね」
鏡の中の自分自身に語り掛けた。
「私は騎士になりたくて修行を重ねて参りましたわ。そうすれば、あの人と再会できるはずですもの」
彼女の騎士志望は不純と言われても仕方が無いと彼女自身は考えている。幼い頃に出会った少年と再会したい一心で、彼女は厳しい修行に耐えて来たのだ。
「必ず、合格します」
キッと鏡の中の自身を見据えて彼女は固く誓う。心を落ち着かせてから控え室を出ると、試合会場となる闘技場へ向かった。その途上で見慣れない少年と出会う。赤い髪の少年、セントラルガーデンの生徒はほとんどが顔見知りのはずだが、彼のような人物は見たことがなかった。しかし、その髪の色こそ彼女が騎士を目指す元になった少年と同じ色だ。鼓動が少し速くなるのを彼女は感じた。
「あの、ここは関係者以外は立入禁止なのですが?」
「ああ?」
思い切って声を掛けると赤髪の少年が振り返る。その鋭い眼光にルディは気圧された。
「……っと、すまねぇ、試合前で気が昂ぶっててな」
「いえ、お気になさらず。不用意に話掛けた私こそ、すみませんでした」
ルディの物腰は柔らかいが、少年はやや不機嫌になる。
「見た感じ、お前も騎士を目指すようだが、そんな態度じゃ悪党共はびびらねぇぞ」
「ふふ、よく言われます」
ルディは生来の垂れ目が災いしてか、凄味を出そうとしてもなかなか出ない。ほんわかした本人の性格もあって騎士に不向きと何度も言われていた。
「笑ってる場合じゃねぇよ。命のやり取りは遊びじゃねぇんだ」
ルディは少年をもう一度注意深く観察する。試合前と言うことは恐らく同じぐらいの年齢だ。セントラルガーデンで見掛けない顔なのは、外部からの士官学校受験者なのだと推察する。簡易防具を着用した身体は筋骨隆々とまでは行かないが、均整の取れた肉付きで俊敏な動きが想像できた。気の強さはその言葉の端々から感じられるし、眼光の鋭さもそれを裏打ちしている。恐らく彼が、ずっと思い侘びていた少年本人のはずだった。
「まあいい、お前も騎士を目指すなら、必ず俺と剣を交えることになるからな。実力を見せてもらうぜ」
不敵に笑って彼は卒剣会場、闘技場へと向かった。その彼に間延びした声が掛けられる。
「カイン君、ここにいましたか。手続きは済ませましたから、後は死なせない程度に思う存分暴れても構いませんよ」
「流石、師匠。期待に応えてやんぜ!」
赤髪の少年が気合を込めるように右手の拳を左の掌に打ちつけた。
「カイン君、言葉遣いを改めなさいと、何度も注意しているでしょう?」
師匠と呼ばれた白い長衣の男性は赤髪の少年の頬を摘まみ上げる。
「い、いひゃい、いひゃい。ひひょー、いひゃいっへ」
ジタバタと手足を振って抵抗する彼だが、全く効果がない。ルディはその様子を懐かしさと共に見守るのだった。




