私は停まらない
「言い残すことはないか?」
男は断頭台に固定された少女に声をかける。
少女は「またお会いしましょう」と答える。
断頭台は落ち、少女の首は胴体と離れる。
首は断頭台の1メートルほど先にコロコロと転がる。
--少女の名はユリカ・ワイヤフィールド・カバードルナール たなびく銀髪、透き通るような白い肌、黒曜石のような怪しい瞳の持ち主である。
ユリカは、この国の王の命を奪った。
断頭台に固定されたのはそのためであった。
なぜこのようなことになったのか、それを語るためには半年ほど前に遡る必要がある。
ユリカはある日この世界に転生してきた。その前は別の世界にいたのだ。別の世界でユリカは若くして命を落とした。享年20才である。恋愛も遊びも知らずに命を落とした。多くの人に看取られて、眼を閉じた後、見知らぬ空間で目を覚ました。
天国か地獄かとあたりを見回していると、頭上より声がする。
「ユリカよ。 そなたに今一度チャンスを差し上げよう。 新しい世界に記憶を保持したまま転生させてあげよう。 しかも、そなたの望みも一つだけ叶えよう」ユリカはいぶかしむが、黙って話を聞いていた。
声の主は続ける「ただし、その世界にはそなたのような転生者が100人ほどいる。 そなたには新しい世界で、転生者たちと戦ってもらう」「なんのため?」ユリカは初めて疑問をぶつける。
「新たな神を決めるためだ。 最後まで勝ち残った者には新しい世界の神になってもらう」「なるほど… 拒否権もなさそうですね」ユリカは髪をくるくるといじりながら、ぶっきらぼうに答えた。
「話が早い… いいかな?」「ええ… 蘇ることができるなら、かまいません」「能力はどうする?」「決まっています…」ユリカは初めて笑顔を見せる。
「な…そんな能力…」「できませんか?」「可能だが… しかし良いのか? 他の者は時間停止や消滅等の能力を得ているぞ」「…だからですよ?」
かくしてユリカは転生した。
ユリカ・ワイヤフィールド・カバードルナールと名乗るようになった。
ユリカは言語の差異、価値観の相違を心配していたが、以前の世界とほとんど変わらず、すぐになじむことができた。さらに、転生直後から、領主の令嬢としての地位が用意されていた。(…戦いに専念できるようにってとこね… それ以外のことでわずらわしい思いをしないようにということかしら…)ユリカはしばらくこの環境を楽しむことにした。
快適であった。
いくら走っても息が切れない。好きなものを好きなだけ食べられる。本もいくらでも読める。話し相手に事欠かない。だれもが自分を尊重してくれる。(こんなに快適なら、戦う必要ないじゃない… このままずーっと、ここで過ごしたいわぁ)ユリカはケーキを頬張りながら、呑気に構えていた。
しかし、安息は半年間ほどで終わりを告げた。
ここで話は、戻る。
隣国から書状が届いたのだ。要約すると、令嬢を差し出さぬ場合は攻め入ると書いてあった。
(随分ピンポイントな狙い撃ちねぇ… まあ…そういうことがなくちゃ、戦いは起きないでしょうからね)とまどう人々に対してユリカは堂々と言い放つ「私が行って済むのなら、行きますわ」
ユリカはその日のうちに隣国に移動する。しばし楽しい時を提供してくれた屋敷に手を振る。(さて…鬼が出るか蛇が出るか…)
心地よい揺れに身を任せ浅い眠りについていると、大きな城が見えた。
(立派なお城ね… さぞかし良い生活をしてるでしょうね…)ユリカはこの微妙な格差に少し苛立ちを覚えた。城に着くと、使者に案内されるがまま王の待つ広間に通された。王と呼ぶには若い。その男性は玉座からユリカを見下ろす。王は一言「下がれ」と部屋から従者を一人残らず追い出した。
「良いのですか? 無防備になりますよ?」ユリカは挑発をしてみる。「君も能力者なら分かるだろ? あいつらが束になっても俺にはかなわないよ」「まあ、それもそうか…」「随分と余裕だね? 初めて戦うのに」「ああー、そういうの分かるものなのね」「…君は… 説明を聞かなかったのか?」「聞いたわよ。 でも細かいことに興味はないの」王は呆れ気味に応答する。「うーん…まあ、いいか。 どうせこれで終わるし…」 王が手をかざすと、ユリカの動きが止まる。
王は悠然とユリカの前に立つと、ゆっくりと剣を抜きユリカを袈裟切りする。
「はい、これで終了」王は時間停止を解除する。ユリカの上半身はずるずるとずれ落ちる。
王はユリカに背を向け、ゆっくりと玉座に戻る。「なるほど、あまりルールはないみたいね」先ほど王によって切り伏せられたはずのユリカがつぶやいている。(再生能力もちか… 面倒だな)王は舌打ちをする。「時間停止能力か…確かに便利よね」ユリカが話し終える前に王は時間を停めて、再びユリカに斬撃を加える。(再生能力には弱点がある… 転生時に確認済みだ… 再生能力には弱点がある。 再生回数に上限があること、痛みや苦痛は感じること… だから、時を停めてひたすら攻撃を加えれば、すぐに上限が来る… 可哀想だが…相手が悪かったな)
王が時間停止を解除すると、ユリカの身体はバラバラに崩れ落ちた。
「これで、再生もできまい… オレの勝ちだな」王が勝利を確信したその時、王は背後から首を絞められる。「な…なんだと」王は時を停めて脱出を試みる。しかし、時を停めても、抜け出すことができない。まるで無機質な縄が首に食い込んでいるかのように微動だにしない。剣を持つ手を動かし、ユリカの足があるであろう部分を切りつけるも何も手ごたえがない。
王の時間停止が解ける。(何が起きている… 時間を停めれば動きも停まる… だから、力が抜けて…脱出できるはずなのに…)王は自分の身に起きていることを必死に整理しようとする。
王の身体は徐々に宙に浮いていく。ユリカの身体はヒモのようになり、天井からつるされている。
手のような部分が王の首に深く巻き付いている。
薄れゆく意識の中、王はユリカがいた場所に目を降ろす。
そこにはユリカの首だけが置いてある。その首は王を見上げている。
(再生能力じゃない… 体を…バラバラにできる… 能力か… 腕を完全にくっつけることで…離れないようにしているのか… くそ… 相性が悪いのは… こっちだったか…)
ユリカは王が完全に、こと切れるまで釣り上げる。
「そんな単純な能力にするわけないじゃない」
ユリカは初めての戦いでうまくいったことに安堵した。そして、改めて自分の能力の良さを認識した。
ユリカは自分の身体の疼きを感じていた。人間の命を奪った…それなのに高揚している…むしろ今は早く戦いたくてうずうずしている。
(あはぁ… これ… クセになりそう…)
ユリカはもう自分が人間とは異なる生き物になっていることに、そしてもう戻ることができないことに気付いていた。気付きながらも…戦いの愉悦が悲哀を上回っていた。
ユリカは従者が戻ってくる前に、王を降ろし、衣服をはぎ取り身に着ける。念のため王の剣を王の胸に突き立てる。血しぶきがあがるが少女は微動だにしない。
その後、従者には一切手を上げず、大人しく投降し、翌日断頭台に身を預ける。
断頭台は落ち、少女の首は胴体と離れる。
頭は断頭台の1メートルほど先にコロコロと転がる。
男は淡々と片付けはじめる。
急に辺りがざわつく。
男は断頭台の方を見る。
首を失った胴体が断頭台から、身体を引き抜き、スタスタと歩き、頭を持ち、それを元の位置に乗せる。
少女は何事も無かったかのように、服のホコリを払うと、「それでは、さようなら」と言い残し、ひらりと高台より降りて、悠々と人の壁をかき分けていく。