死んではいないが傷だらけ
早朝、直線がつづく国道を自転車で走っていた。
右手には稲刈りの終わった田んぼが広がり、前にも後にも車はみえない。
白みはじめた遠くの空を、ぼんやりと眺めながらペダルをこいで、気がつけば、左側の道路からトラックが迫っていた。
驚く間もなく吹っ飛ばされた。
信号は青だった。宙に舞った身体は、たぶん放物線を描いている。痛みも衝撃も感じてはいない。吹っ飛ばされたということは、衝撃が内側にこもらなかったことを意味している。おそらく臓器は無事だろう。とはいえ、このまま道路に叩きつけられたら死ぬかもしれない。
滞空しながら、考えていた。
数秒で落下するはずなのに、いろいろなことを思い出していた。すっかり忘れていた、父との会話までも。それが走馬燈とよばれるものだと気づいて、やはりこのまま死ぬのだろうか、トラックが原因で死ぬとか典型的な異世界転生なのではと閃き、なんだか心が軽やかになった瞬間、やわらかな田んぼに叩きつけられて、生を実感した。
やりたいことをやれ。
あきらめるな。
負けを認めるまで負けじゃない。
勝つまでやれば必ず勝つ。
挑戦しつづける、愚か者でいろ。
さまざまな言葉が頭のなかで響いていた。
動かない身体をそのままに、自分の人生について考えてみた。
いつか死ぬ。
どうせ死ぬ。
この人生を、いかに生きるべきか。
正しく?
賢く?
効率よく?
目を閉じれば、勝負をつづける父の姿がそこにあった。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきて、近くで止まり、何人かが走ってくる気配がした。
「大丈夫ですか?」
「意識はありますか?」
強くありたい。
勝つまでやる、愚か者でありたい。
決意を宿して、救急隊員の呼びかけに、はっきりとした言葉でこたえた。
担架にのせられて、国道に止まった救急車まで運ばれる。パトカーも到着していた。警察官と、トラックの運転手とおもわれる、作業着姿の人物がいた。派手に吹き飛んだせいだろう。運転手のほうは、ずいぶんと重苦しい雰囲気で、死にそうな表情をしている。
「死ぬこと以外かすり傷、らしいですよ」
はっきりとした口調で声をかけた。トラックの運転手は見るからに安堵して、聞いていた警察官と救急隊員も、口もとをゆるめていた。
救急車につめこまれ、病院に運ばれてゆく。宝くじ、ロト7、BIG、競馬、競輪、競艇、カジノ、FX……頭のなかではいくつものキーワードが浮かび、目を閉じれば、パチンコに通いつづける父の背中が思い出された。