第009話 使い魔②
その神敵滅殺の場に集っていた聖シーズ教の信徒たちは、己が信仰する神が敵と認めたという以上に、初めて目にしたはずのイツキそのものに怯えていたのだ。
イツキをよく知る正式任務を受けたS級パーティーの面々などは言うに及ばない。
この世界の人間であれば、物心ついた頃から自然に信仰している聖シーズ教の神託と加護を信じているからこそ、なんとかイツキと敵対している自分を自覚しつつも恐慌状態に陥らずに済んでいたのだ。
神敵滅殺の場に集められた者たちがいわゆる善人――つまりは憑いている禍の質、量ともに高が知れている者たちばかりであったのも大きい。
『審禍者』という神の敵をよく知る聖シーズ教だからこそ、それと対峙する際に最も大事な部分を履き違えずに済んだのだと言える。
どれだけ純粋な戦闘能力が高くても、一定以上の禍をその身に憑かせている者では、『審禍者』とまともに対峙することすらできはしないのだから。
そんな本人の自己評価とは相当に乖離した立ち位置にいるイツキが常に連れている小動物ともなれば、アディもよく知られるようになるのは当然の流れである。
濡れたような漆黒の毛皮と黄金の猫目がやたらと美しく、精悍でもあり可愛らしくもあるという、ある種の人間にとっては単体でも精神的殺傷力がやたらと高いこともある。
そもそも猫というだけで、魂を抜かれる御仁は一定数存在する。
ただ猫らしくじっとなにもいない空中の一点を見つめていたり、人を見るときもその顔や目ではなく背後を見ているような仕草も、『審禍者』の相棒となればらしさではすまされず、いちいち話題にもなる。
なによりも常に恐ろしい空気をその身に纏っている審禍者も、アディと一緒にいるときは心なしかその圧がマシなのだ。
なにもない空間をじっと見つめているアディとイツキが話しているところを見た者は、本気で肝を冷やすことになるのだが。
実際アディはイツキと同じモノ――禍が視えていた。
視えていただけではなくその声を聴き、己の鳴き声を聴かせ、触れることも可能だった。
イツキが己の意志でアディへ移す禍だけではなく、気になった禍を消す許可を仕草や鳴き声でよく得てもいた。
人の方からアディを構うのではなく、アディの方から舐められたり、すり寄られたりした者は妙に調子が良くなったり、夢見がよくなったりした者が多くいたため、『幸運のお猫様』などと言われていたものだ。
実際、その相手に憑いていた禍をアディが消した結果なので間違ってはいない。
ちなみアディはイツキが思っていたように、その身に移された禍がいつの間にか消え失せるという特異体質をしているわけではない。
禍を喰らう――つまりはその身に取り込んでいたのだ。
なぜそんなことが可能なのか。
それはまだ生まれてそう間もない子猫の頃に、とある事情で大怪我をしたイツキの手を一生懸命に舐めて治そうとしていた際、流れ出たその血をごく少量とはいえ呑んだからだ。
その時はまだただの子猫に過ぎなかったアディにはもちろん理解できていなかったが、それを以てイツキもアディも双方が自覚のないままに、主と使い魔となったのだ。
審禍者の使い魔。
それは主人と同じく視えるはずのないモノを視、聴こえるはずのない音を聴き、届くはずのない声を届け、触れ得ぬはずのモノに触れる。
禍に干渉し、使役し、己が力と成せる存在。
本来は主人の許容量を超えた禍をその身に貯め込み、主人の許可を得てその力の行使も行う忠実なる下僕。
予備貯蔵庫にして、自律行動も可能な分身体。
極端に己の職――『審禍者』に対する理解が低いご主人様よりも、今となってはその能力を最も効率的に行使できていたのはアディの方であっただろう。
人化はもとより人語を話すことなどできはしないが、使い魔となって知性も強化される以前から、猫とはもともと賢い生き物だ。
人とは違う時の流れで成長する猫ゆえに、今ではすっかり頼りないイツキの保護者気取りのアディである。
とはいえアディは使い魔となってまだ数年しか経過していないため、力と知性はあっても知識が絶対的に足りない。
人語などは人に憑いていた禍を取り込むことによって、かなり理解できてきてはいるものの十全には程遠い。
まさか猫が書物を読み漁ることもできないので、無理なからぬことではあるのだが。
だからいつもどおり迷宮攻略に出かけたはずの御主人様とその仲間たちがいきなり多くの人に囲まれ、空中に磔にされた状況ではなにが起こっているのか理解できず、元仲間たちの足元でおろおろするばかりだった。
だが御主人様の能力を封じる拘束術式が発動され、続いて明確な殺意を伴った魔法が発動されるとなれば、使い魔としておろおろしている場合ではない。
主を危険に晒された際、下僕がするべきことはなにか。
答えなど一つしかない。
主に仇なすモノは、己が全力を以て排撃する。
正しい、正しくない、できる、できないではない。
するのだ。
よってまだ誰も――主であるイツキでさえも――見たことのない今のアディの真の姿が、螺旋状大迷宮『禍封じの深淵』に顕現した。
こればかりは変わらぬ、猫らしい怒りを込めた低く長く伸ばされた鳴き声と共に。
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今日は『使い魔』最終まで投稿予定です。
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ああ、どこにも行けないままお盆休みが終わってしまう……
ツシマには結構行っていたのですが。
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