第007話 審禍者④
そしてそのなぜかより悍ましい禍に憑かれた者から恐れられるという効果は、人だけに作用する訳ではなかった。
と思う。
迷宮や遺跡、冒険者である『ONE&ONLY』が命をかけて戦う場においての方が、より顕著に効果を発していた気がする。
魔物。
言うまでもなく冒険者が狩る対象であり、人の脅威であると同時に魔石や素材、時にドロップアイテムなどで利益をもたらす存在である。
主に迷宮、遺跡、魔物領域に湧出、生息する。
その本当の意味での正体や仕組みは、人が初めて魔物と邂逅してから数千年を経た今もなお解明されてはいない。
あらためて考えてみれば、確かに魔物とは不思議な存在である。
多種多様なモノが存在し、その種においてほぼ強さは一定している。
いくら倒しても同じ場所に一定期間を置いて再湧出し、そのために迷宮や遺跡、魔物領域が空っぽになることはない。
弱いモノから順番に倒していけば冒険者――『祈る者』は経験を経て成長し、より強くなっていく。
時に街を襲う集団が出たりはするものの、基本的には各々の生息場所から離れることはなく、そこへ踏み入った冒険者を襲う。
まるで『祈る者』が強くなるための導線のようだともいえる。
魔物を斃して得ることのできる、あらゆるものもひっくるめて。
人に倒されてはその糧となり、再び湧出することを繰り返すだけの存在。
聖シーズ教会や冒険者ギルドが言う「神の子たる人の脅威」「滅ぼすべき敵」というよりも、ただ人に都合のいい適度な障害としか思えない。
それに加えて、『審禍者』である俺には疑問なことがあった。
魔物とはいえ間違いなく生物の一種であるはずなのに、それを倒した冒険者たちに一切『禍』が憑くことが無かったのだ。
獣を狩る猟師たちにはそれらしいのが憑いていたので、魔物だけが例外であったことは間違いない。
だが逆はある。
冒険者が魔物に対して常勝かといえば、もちろんそんなことはない。
駆け出しパーティーが全滅することなどざらだし、中堅どころはもちろん、S級であってもちょっとした不運が重なって命を落とすことはままある。
迷宮とは、魔物と戦うといことはそういうことなのだ。
万全の準備も、慎重に慎重を重ねた攻略も、完全な安全など保障してはくれない。
どんな強者であっても、死ぬときは死ぬ。
だからこそ迷宮、遺跡、魔物領域から持ち帰られるありとあらゆるものにはとんでもない値が付き、市井で生きている者には到底不可能な富をもたらすのだから。
そうやって人に勝った――人を殺した魔物には禍が憑く。
魔物にも成長があるかどうかは知らないが、禍憑きの魔物は俺が知る限り同種の個体と比べても巨大化し、その脅威度を上げているモノがすべてだ。
中には色が変わったり、通常個体は行わない攻撃手段を持っていたり、角が生えたり尻尾が二本に増えたりと形状変化を起こすモノもいる。
それは希少唯一種とみなされ、通り名を得て名付魔物となる。
知恵も増すのか常は姿を見せないようになり、ときには本来の生息階層から移動する個体などもいる。
そうやって不運な冒険者パーティーを襲い、脅威度を増してゆく。
名付はその存在が確認され次第、冒険者ギルドによる正式任務が発令され、A級以上の複数のパーティーが動員されて討伐部隊が結成されるが、無事狩れることなどほとんどない。
狩れたとしても、必ず大きな犠牲を伴う。
その名付もまた、人の悪人たちと同じように俺を恐れるのだ。
それは『ONE&ONLY』が結成以来、一度も名付と接敵したことが無い事実から導き出した結論ではない。
まだ『ONE&ONLY』がA級に昇級したばかりだったころ、S級パーティーを襲っている名付と遭遇したことがあった。
そいつは正式任務による討伐隊から三度も生き延びた有名な個体で、S級も含めた冒険者たちの犠牲者は数えきれないほどの大物。
もちろん斃せれば大きく名を上げることができる。
だが1パーティーや2パーティーで遭遇することは、理不尽な人生の終焉を迎えることとほぼ同義な、迷宮の死神ともいえる相手だ。
不運に不運を重ねたかの如く、遭遇した時点ですでにそのS級パーティーは半壊しており、一人の瀕死者と二人の重傷者、なんとか戦線を維持している三人も満身創痍だった。
そこへ格下のA級5人が加わったところで、S級パーティーをすら苦も無く壊滅させる名付が相手では、犠牲者が増えただけのことに過ぎないはずだった。
それほどまでにA級とS級の間には大きな実力差がある。
ましてやA級五人のうちの一人は戦闘能力皆無なこの俺なのだ。
だがあとは嬲り殺すだけの状況だったにもかかわらず、その名付は逃げた。
それはもう鮮やかに、俺がその名付にへばりついていた膨大な『禍』を視界に捉え、認識した瞬間にすっ飛んで逃げたのだ。
俺たち『ONE&ONLY』はもちろん、完全に死を覚悟していたS級パーティーの生存者たちはあっけにとられていた。
それはそうだろう。
一度は増援に喜びはしたものの、それがA級に昇級したばかりの『ONE&ONLY』――唯一職だけで結成されていることから、B級時代から名と顔は売れていたのだ――と知った瞬間に「逃げろ!」と言い放った、言い放てた古兵たち。
迷宮ではありふれた自分たちの不運に、将来有望な若手パーティーを巻き込むわけにはいかない。
そんなみっともない終わり方をすることだけは絶対に承認できない。
魔物と戦う力を持った『祈る者』としての矜持と強がりを全部ぶっこんで覚悟完了した途端に、そんなことが起これば目も点にならざるをえまい。
まさかの即時戦闘終了で瀕死者も九死に一生を得、まさかの犠牲者なしでその名付から逃げおおせたということでそのS級パーティーはもちろん、『ONE&ONLY』の名も随分と上がったものだった。
結局なぜそうなったのか、肝心な部分はなに一つはっきりしないままだったわけだが。
いやそれは今もか。
結局俺は、俺の職である『審禍者』の可能性をいろいろと感じる機会を得ながらも、「使えない職」だとして思考停止していた。
結果、己が殺されるというこんな事態になってなお、その能力をまるで活かせてはいない。
今俺にかけられている、これだけの封印をあれだけの人数をかけて行う必要があると、今この世界で最も力を持っているであろう聖シーズ教と冒険者ギルドこそが認めているのだ。
使いこなせていれば、言葉だけではなく神の――世界の敵にすらなり得た力かもしれなかったのに。
その片鱗が、今走馬灯の如く思い出している出来事の中におそらくはあったのだろう。
だがもう遅い。
目も耳も口も封じられ、身体は不可視の力で磔にされている。
あとはこのまま落とされるのか、魔法や遠距離攻撃で可能な限り壊されてから落とされるのか、いずれにせよ終わりだ。
俺はせめて俺に視えていた禍と化して、せいぜい禍々しくとり憑いてやることくらいしかできない。
誰にとり憑くか、それすらわからないままだけれど。
――しかしえらく引っ張るな。
走馬灯というものが、置かれた必死の状況から助かるための方程式を人生全ての経験から引きずり出すためのいわゆる思考加速状態だとしても、いくらなんでも封印をかまされてから時間が経ちすぎているように思う。
それともすでに触覚――肌感覚まで封じられていて、今は奈落の底へ自由落下中なのだろうか。
あるいは身体はもう四散して、意識だけが残っているとか。
そこまで考えた時点で、指先にさりさりとした感触を覚える。
ああ、触覚は封じられてはいないらしい。
よく知っている感触。
だが今こんな状況で、こんな場所で得るはずのないものでもある。
それに慣れ親しんだその感じよりも、それはずっと弱々しい。
――アディが、俺の指を舐めている。
急速に意識が覚醒する。
――アディ!
叫ぼうにも喉は封じられていて、声は出ない。
目も封じられ姿を視ることもできず、耳も封じられていて鳴き声を聴くこともできない。
だが確かに側にいる。
いるはずがないのに。
いたら一緒に死んでしまうのに。
具体的になにを考えてるかではなく、叫びのような思考が灼熱する。
だがその瞬間、全身をずたずたに引き裂かれるような衝撃を喰らい、奈落へと落ちてゆく感覚を得る。
おそらくはアディと一緒に。
――殺してやる。
俺だけではなく、アディも殺した奴ら全員を。
自分なりに追放、報復もののプロットを考えていた物語です。
コロナでお盆の予定がすべて吹っ飛んでしまったのでその時間を有効活用? して一応の着地点まで書けたので、投稿開始いたします。
※着地点までは基本的に毎日投稿します。本日は第007話まで投稿予定。
……でしたが、次話008話『使い魔①』を21:00前後に投稿します。
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