第005話 審禍者②
どうやら聖シーズ教においては、問答無用で処するほどに忌むべき存在であるらしい『審禍者』
確かに普通ではない力を与えてくれる職だとは自分でも思っていた。
それでも冒険者ギルドの『神判の石板』でそうだとされた職に、それ以上の疑問を持つことなどなかった。
これは別に俺だけではなく、みなそうだったと思う。
元仲間たちの唯一職はもちろん、ありふれた職である剣士や魔法使いにも純粋な戦闘能力においては遠く及ばない。
唯一ではあれど、いわゆるハズレ職の一つだと思っていた。
なにしろ他の職であれば必ず複数習得できる、武技や魔法が一切覚えられないのだ。
そればかりかそれぞれの職に応じた『加護』の類も全くない。
極めつけは戦闘を繰り返した果てに職持ち、すなわち『祈る者』であれば必ず訪れるはずの『成長』すらできないと来ている。
純粋な戦闘力という点においてはまさにただのヒトでしかなく、普通の『祈る者』であればどれだけ重装備であっても、それが己の職にあったものであれば負担にならないという最低限の加護すらない。
よって足りない戦闘能力を武装で補うこともできず、ごくありふれた軽装で精いっぱいとなる。
まさに今俺がしている装備が、普通に動ける上限といったところだ。
防御に関しては最も軽装となる魔法系職よりもちょっとはマシな程度に過ぎない。
戦闘能力がまったくないのであれば、代わりに運び屋でも加えた方がよほど有意義だとどんなパーティーでもそういうだろう。
俺自身ですらそう思う。
だが『審禍者』にも特殊能力が確かにある。
『祈る人』も含めた普通の人にはまったく見えないらしい『禍』
それが俺にははっきりと視えたのだ。
『禍』とは世界のどこにでも存在している正体不明のシロモノであり、その多くは俺の目には黒いナニカとしか言えないようなモノとして映る。
わりと個体差があり、煙のようなモノもあれば澱んだ水のようなモノ、ぬらぬらと艶めく内臓のように見えるモノもある。
共通しているのはその悍ましさだ。
程度の差こそあれ、どれもこれも絶対に触れたくないと思わせるには充分なほどに。
そしてそれらは無作為にそこらに存在しているわけではない。
必ずなにかに付いている。
そのなにかとはほとんどの場合は生き物であり、あるいは憑いているといった方が正しいのかもしれない。
俺以外誰にも視えなければ、正体不明なそんなモノをなぜ『禍』と呼ぶのかといえば、伝説や神話の類で似たような存在が語られているからだ。
そこで語られる『禍』とは、一度は神に滅ばされた『異教者』――いわゆる魔神、悪魔の類が人や動物を依り代にして再び受肉し、神の愛するこの世界を滅ぼさんとする、まさしく神敵である。
だからこそ神話の時代に古代竜『黒竜』をその器、『生贄の聖女』を縛鎖としてすべての『禍』を集め、英雄たちの手によって奈落の底に封印されたと記されているのだ。
その伝説に語られる地がまさにここ、『禍封じの深淵』なのは少々出来すぎだとは思わなくもないが。
現代よりもずっと神の寵愛が強く、それゆえに比べ物にならないほど強かったとされる当時の英雄たちに封じられた『禍』が現代にまで存えているはずがない。
だから俺の目に視えるそれら悍ましき黒いナニカを『禍』と呼ぶのは、単に俺がその知識になぞらえているだけに過ぎない。
そもそも見た目こそ悍ましいが、そんな神敵などという大それた代物ではないのだ、少なくとも俺に視えていた『禍』については。
どれだけ大量にべったりと張り付いていても、その対象はなんのこともなく元気に生きている。
憑いている相手の身体を奪って悪魔として受肉するなど論外で、体調どころか気分を悪くさせることすらできていなかった。はずだ。
大体見た目が悍ましいとはいっても、それが視えているのは俺だけだ。
はっきりとは聴こえないが、モノによってはぶつぶつと何か呟き続けているような個体もいるが、それとて俺以外にはなにも聴こえない。
虚仮脅しにすらなっていない、生者には何の影響も与えることもできない、取るに足りない、いてもいなくても変わらないただ悍ましいだけのモノ。
俺はおそらく意志持つ者が他者に向ける負の感情が寄り集まったモノ――何か不幸を起こす呪いとすら呼べない、恨みの残滓のようなものだと思っていた。
生きている以上、まったく『禍』に憑かれていない者など、少なくとも俺の経験上はいなかった。
『禍』が俺の思ったとおりのシロモノであった場合、逆恨みだの一方的な怒りだの、その手のものも多くあっただろうし。
それでも明らかに常人とは比べ物にならない数の『禍』に憑かれている人はいた。
そしてそのほとんどは、まず間違いなく悪人だった。
生きた人間が発しているであろう『禍』など可愛いもので、明らかに死者が発したであろうそれは、文字通り禍々しさがまるで違う。
多くのそれは巨大でぬめぬめとしていて、対象と一体化しているかのようにべったりと張り付いている。
はっきりとは聞こえないなにかをぶつぶつと囁き続けているのもこの類だ。
そういうのを複数張り付けているようなのは、まず間違いなくやばい。
夜街の顔だの、その護衛だの、そんなモノが見えなくても充分にやばいと誰でもわかる感じの方々であればいいのだが、一見すれば普通にしか見えない人たちの中にもそういう人は確かにいた。
冒険者ギルドの職人であったり、依頼人であったり、ごく普通に暮らしているとしか見えない街の人であったり。
戦闘能力が皆無である俺が、所属していたパーティー『ONE&ONLY』に貢献できていた数少ない一つが、そのやばい奴と関わるのを避けるということだった。
やばさが一定を越えている――具体的に言うと獣や魔物ではなく、間違いなく人を殺していることがはっきりとわかる相手とは接点を持たないことを、徹底して進言してきた。
べつに『禍』が視えているからといって、それが憑いている人が具体的になにをやったのかまでわかるわけではない。
その『禍』がもともとはどこの誰だったのかも。
よしんば分かったとしても、なんの証拠をつかめるというわけでももちろんない。
俺以外には誰にも視えない、だけどヤバいものが憑いているからこの人は人殺しです、などと公言しようものなら、俺こそが最もヤバい人だと思われるのが常識というものだ。
それでも回りくどくはあれども忠告を続けていれば、一応は仲間の言うことなので表面上はどうあれ警戒心を以てその相手との距離を取ってくれた。
そして冒険者ギルドも、聖シーズ教も、もちろん国家も無能などではなく、度が過ぎた犯罪者の多くは遠からずその罪を暴かれ、お縄を頂戴することになる。
俺が警戒することを忠告した相手がそういう風にして捕縛される。
そんなことが何件か続けば、元仲間たちも俺の言う「やばい」をかなり精度の高いただの勘としてではなく、説明のしようがないだけで一応は唯一職である『審禍者』の能力の一つだとして、あてにしてくれるようになっていた。
一度はみんなに「実は俺にはこんなものが視えていて」と一通り説明はしてみたものの、ものすごく複雑な表情を向けられたのでそのあたりは諦めた。
目に視えるカタチで情報の共有ができなければ、信じてもらうというのはなかなかに難しいことなのだと、その際によく理解できたのだ。
とはいえそのおかげといっていいだろう、『ONE&ONLY』が犯罪性の高い――いわゆる裏系のトラブルに巻き込まれることは皆無だった。
冒険者ギルドの厄介事に迂遠ながら協力することなどもあり、実力のみならずそういった貢献度も加味されて、他の追随を許さぬ速度でS級まで駆け上がれたともいえるかもしれない。
一応は共有できるカタチで俺がパーティーに貢献できていたのはそれのみだ。
それでもリーダーであるダインや、副官であるフィンはもちろんのこと、サラもアイナも「こればかりは強ければどうにかなるという問題でもない」として重宝してくれていた。
だが俺の自己満足として貢献できていたことはまだもう少しだけある。
自分なりに追放、報復もののプロットを考えていた物語です。
コロナでお盆の予定がすべて吹っ飛んでしまったのでその時間を有効活用? して一応の着地点まで書けたので、投稿開始いたします。
※着地点までは基本的に毎日投稿します。本日は第007話まで投稿予定。
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